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57.絶対違う

「別にここまでしなくてもいいんだが。ここ王族専用じゃないのか?」

「特別室はこちらだけですわ」

「ほんとか? 嘘言ってないか?」

「ルガート様ったら」


 くすくすと密やかに笑うフレインの様子はあまりにいつも通りで、とりあえず寄越してくれたお茶で冷静になろうと一口飲み込む。

 案外普通の味で安堵した。

 王族御用達のたった一杯の茶を飲んでから少しだけ違いが分かり、美味いには美味いが、あまり知りたくなかった自身の舌が確実に肥えている事実に肩を落とす。


「ルガート様、今日は大変素晴らしいことをなさったのですよ? 顔を上げてくださいまし」


 高威力の魔力を扱えるだけで現在では人から称賛されるのですよとフレインは言うが、ルガートはいつも通りに扱っただけ。

 コフトにもたらした行いはもはや奇跡的なことであるのだと畳みかけられるも、そこまで特別な魔法ではないと頭を掻いて聞き流す。

 相変わらず魔法に関して熱の入りようが違うフレインに笑っていると、様子の落ち着いた紳士がようやく現れた。


「お待たせいたしました。こちらが最近アウロ国で発見されたばかりで、先日取り寄せた鉱石でございます。こちらは一足早く加工し、近日店頭へ並ぶものです」


 テーブルを挟んで目の前に差し出されたクッション付きのトレイに鎮座していた五つの鉱石。

 それから既に細かく加工されている宝石もあり、散りばめられている形は様々。

 三角型やスクエア型、長方形型に丸型、どれもまだ荒削りの段階で止まっている。

 更に手を加えるのはこれからなのだろう。

 綺麗な深い緑の色に男を見上げる。


「手に取ってもいいんですか?」

「ぜひにとも。今更ながら、お客様の瞳の色とよく似ております。入荷数はこればかりですが、どれも最高の純度のものばかりです。よい守り石になる鉱石が見つかればよろしいのですが……」


 透明度も高く、エメラルドよりも濃い色味に口端が上がる。

 拡大鏡を貸してもらい、加工済みの鉱石を持って覗き込もうとしたルガートはその手を止めて苦笑しながらコフトへ拡大鏡を返す。

 見もせずに顔を上げた様子に二人から怪訝に見つめられても、これはやや危ないだろう。


「発掘したてだからか、魔力が高くて覗いたら目を病みそうだ。持ってるだけでも十分分かる」

「左様でしたか。お好みの鉱石はございますか?」


 言われて五つしかない鉱石のすべてを一度手に取ってみる。

 どれも同じくらいの魔力に甲乙はつけ難い。

 ならばあとは好みだろう。

 家族の分と家で働く者達の分、一応お世話になってる公爵や友人ら、細かくすれば何とか分配できそうかと持ってきていた財布出しながらコフトを見上げた。


「どれも見事だ。手前の二つを買い取りたい」

「お包みいたしましょう。少々お待ちくださいませ」


 深々と頭を下げてトレイを持って梱包しに行く後ろ姿に財布が所在なく出されたまま。

 支払いはあとか?

 さっきすぐに対応されたが。

 こういうの、先の方がいいんでないか?


「……?」

「ルガート様。コフトへはどのような魔法を施されたのですか?」

「守り石本来の仕事をさせることにした。守り石はその性質と相性から持ち主の魔力浸透を補助してくれる役割がある。もちろん、瞳の色に近ければ近いほど持っているだけでも厄除けや威力次第で結界の役割と幅広い」

「え、そこまで……?」

「だが望むものを探すのはなかなかに難しい。フレイン嬢がいい例だ」

「そうですわね。わたくしの瞳の色には近い宝石が今までですと巡り合わせが叶わず、宝石自体もずっとダイヤモンドや透明度の高いものを探しておりました。そのどれも効果は今ひとつでしたので、ルガート様の仰っている効果は感じたことはありませんわね」

「フレイン嬢の場合、白に近い、淡くて薄い青味がかったものを探した方がいい。その指輪のようなものや、もしかしたらパールでもいいかもしれないな」

「パールですか? そちらもなかなか市場には出回っておりませんわね」

「貝自体が少ないなら、探すしかないな」

「まあ、パールとは、貝から取れるのですか?」

「貝が異物と判断したものを何年も長い歳月をかけて作ったものと聞いていたから……ん?」


 気付くと外に出ていた。

 振り返ると丁寧に頭を下げるコフトの姿。

 フレインの手にはおそらくルガートが購入すると思っていた鉱石の入っているだろう包み。


「いや待て支払い」


 ぐるりと踵を返してコフトに迫る。

 また丁寧に頭を下げる男は一貫して微動だにしない。


「お受け取りいたしかねます。私は本日のお支払いただいたもの以上の奇跡をいただいてしまった。利益ではございません」

「いや待て、俺は何もそこまで考えちゃ……」

「ルガート様。では先行投資と思えばよろしいのではないでしょうか」

「投資?」


 一体何に対する投資だそれは。

 人材投資?


「コフトが守り石を作成できるまで、鉱石をお預かりしては?」

「いやこれすぐにでも使いたいんだが……」


 ようやく頭を上げてくれたコフトに今だと財布からお金を出すが、両手を後ろに構えられてにこりと微笑まれる。


「構いません。こちらは最高の守り石を作成してみせる気概でございます。ルガート様はその保証人となっていただき、その鉱石は正当な配当品としては妥当かと」

「いや、だがな?」

「ルガート様」

「どうかこれからもコフト宝石店をご贔屓くださればありがたき幸せにございます」


 ようは、人的担保がわりに経過観察も行い、この先もコフトが安定するまで魔力補助の手助けをすればいいと言いたいのか。

 曲げる気が一切ないコフト。

 そして乗っかっているフレインは明らかにコフトの後ろについている。

 鉱石は先払い?

 明らかにおかしいしこれは投資じゃなくて博打だろうと再三言っても二人は笑うばかりで、頭を掻き乱す。

 下手に店先でこれ以上の騒ぎを発展させても彼の店の印象も悪くなる。

 何かあれば公爵家からお咎めの便りでも来るか。


「分かった。だがこれはすぐに加工するし、不備があったりやはり金が絡んだ問題が出るなら、いや絶対出たらすぐに支払う心積りでいる」

「十分にございます。しかしお支払いは受け付けませんが」


 頑固か。


「……。あとコフト、手を出してくれ」

「こうでございますか?」


 首を傾げて手を差し出す男に握手する形のまま魔力の塊を流しながら尋ねる。


「相性の良い属性魔法を教えてくれ」

「水でございます」

『火属性常時発動、対象者の魔力に常時反発、魔力循環補佐、消滅防止固定、第三者の複製不可』


 すぐに反対属性の魔力の塊を作ってコフトに流し、消えないように念入りに強化も加えた。

 ガレッソ用に改良した固定魔法ならば、しばらく王都に来れなくても訓練は可能と思いたい。


「魔力浸透が安定してきたらその魔力を追いかけろ。操作の訓練をすれば、いくらかは早く安定してくる。ただ無理はしないと約束してくれ」

「これは……は、はい!ありがとうございます。必ず、守り石の作り手となってみせます旨、お約束いたします!」

「あんま気張んなよ。これもありがとう。大切に使わせていただく」

「はい。またのご来店を心よりお待ち申し上げます」


 優雅でしなやかに礼をするコフトに苦笑しながら、フレインが持つ包みを受け取りその場をあとにした。

 なかなかに、大注目だったのは忘れたい。



「フレイン嬢、わざと意識を逸らしてたろ」

「ふふ。ルガート様、手を引いてもまったく気付かないのですもの。少々笑いを堪えるのが大変でした」

「ったく。次はするなよ」

「はい」

「このまま歩いて帰るか? 遠いが」

「構いません。それに」

「?」


 中指に光る指輪を嵌めた右手を差し出され、当たり前のようにルガートもその手を取る。

 こうやってエスコートに慣れたのはフレインのお陰でもあるかもしれない。


「もう少し、ルガート様のお側にいさせてくださいまし」

「……疲れたらすぐ馬車呼んで帰るからな」

「はい」


 公爵家まで無事送り届け、そこからフレインが御者に頼んでルガートは公爵家の馬車でボスティス別邸へと送られた。

 手にする鉱石を膝に乗せ、瞼を下ろす。

 今更、親父達の言葉が脳裏をよぎる。


(……。……好きには好きだ)


 だが、彼女との接し方はまだ変わらない。

 年齢を思うと、やはりまだ庇護欲が湧いて構い方も幼子と戯れる感覚は拭えない。

 今まで通り大切にしてあげて、それが友愛か家族愛から、いつかは情愛にともっと緩やかに変化するだろうと思っていた感情だったが。

 思いの外、あの子に心を許していた自身に笑う。


(案外、俺は単純だったんだな)


 守り石にした宝石よりも安い、レースの刺繍リボンを両手で握りしめながら、今まで見た中で一際強く喜んでくれたフレイン。

 展覧会で見たものとはまた違う笑顔を思い出し、馬車の窓から流れる景色を見つめて、ルガートもゆるく笑みを深めた。

本人が気付かない流れ作業の光景が好きです。

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