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54.繰る前に壊す者

「ルガート様、本日も大変気持ちのいい召し上がりで」

「おうハシェット、こんばんは。今日は一人か?」

「いえ、妹でしたらあちらに」


 目が合ったがすぐに硬直した肩と強張る表情は、気まずげに素早く逸らされた。

 先日の試合では大多数の令嬢らから冷ややかな態度を取られるも、恐怖心を煽ったのはルガートなので怒る道理もない。

 むしろあっけらかんと側にいてくれるフレイン達の肝の座り具合が普通の令嬢らと一脱しているんじゃと飲み物で口に蓋をする。

 バレたらあとが怖い。


「怖がらせたな。すまん」

「お気になさらず。僕はこれでよかったと思っております」


 意図が分からずハシェットを見下ろすと、その瞳は揺れつつ意を決した様子。

 また暴走するかと僅かに構えた。


「ルガート様、威厳とはどういうものなのでしょう」

「おい今度は哲学か? 勘弁してくれ」


 予測がつかなすぎる。

 頭が沈むルガートに、それでも真剣な目で見上げてくるので、茶化しているようには見えない。

 なぜそんなことを尋ねてくるのか、話の続きを促した。


「先日のアレックス様との対決で仰っていた言葉。果たしてこの場でその意味に気付いている者はどれだけいるのか考えていました」

「事実を言ったまでだ。地位や財産が必ずしも自分の手の中に返ってくるもんじゃない」

「……。ですから、貴方に問いたい」


 今日までの夜会で見た顔触れの言葉がよぎる。

 平民を嗤う者、見下す者、嘲る者。

 同じ立場であるのに互いを蹴落とし合おうと誤魔化す者、妬み(へつら)う者、憤る者。

 貴族としての役割が何なのかと問われると、ルガートだって答えに窮する。

 事実を口にしたところで領地にまつわる苦労はしていない正論は一歩違えば、それこそ前世の記憶もなければ、おそらく自身も落ちていた狢。

 今だって自由奔放にしているからあながち彼らを責められないかと頭を掻いた。


「……。公爵家の者が知り合いに二人いるが、そいつは貴族の役割を深く理解して悩んでる。ように、俺は思う」

「……ふふ。光栄ですね。ありがとうございます」

「いやお前、俺のが格下だからな? 下手に礼や謝罪すんなよ」

「ルガート様は少々乱暴な言葉で誤魔化しているだけですからね。立場も弁えている方ならば、多少の捻くれた態度など瑣末ですよ」


 つい先日、この国の次代を担う立場の者から謝罪されてばかりである。

 彼も彼で大目に見過ぎと妙な責任転嫁をしていた。

 寛大すぎる周りの人らに気軽すぎてかえって心労が増えそうだ。

 話を戻そうと飲み干したグラスを振り、お代わりを貰いながらハシェットを見下ろす。


「哲学なんてな、思考の坩堝だ」

「人生の議題です」


 俺には向かん。


「だからそれを俺に振るなっつの。善行悪行どちらに傾くかなんて自分の選択次第だ。明日死ぬ人生もある。なら、曲げたくないもんを貫いてりゃいいだけの話だろ?」

「では、ルガート様の曲げたくないものとは何です」

「……。強いて言えば義理。俺は普段がこうだからな。ジョシュア達に助けられている。あいつらに何かあるのなら、全力で助けるさ」 

「……。貴方は、貴族に向きませんね」

「よく言われる」


 苦笑するハシェットに真っ向から投げつける言葉はキツネとタヌキの化かし合いをする貴族社会にとってあまりに明け透けなのは自覚済み。

 裏もない効力のなさは単純な付き合いをする上では確かに楽だろう。

 一時はハシェットも利用しようとする側の一人と思っていたが、目が合うと和らぐオレンジ色の瞳は今、裏もないように見える。


「少し羨ましくもあります」

「?」

「ところで、女性をぞんざいに扱われているのに、なぜ友好関係が保てているのですか?」

「あいつらが勝手に解釈してんだろ」


 結局、誰かの側にありたいと思うと決めるのは自分じゃない。

 距離を置こうとしたように思うハシェットだったが、そんなものは知らんとばかりに距離感をものともしないルガートは、空になった皿とグラスを片手にまとめる。


「それよりハシェット、今度腹芸教えてくれ」

「腹芸?」

「貴族との付き合い方。周りの奴らはすぐ地を割るからあてになんねえんだ」

「ふふ。お眼鏡に適うかは分かりませんがルガート様の場合は……道のりが遠そうなので」

「お前が一番に思う。適任だろ?」


 ズカズカと土足で踏み入る自覚はあるが、遠慮願うとやんわりと跳ね除けられても傷付くか弱さを持ち得ていないので、更に重ねた言葉に目を見開いたハシェット。

 あまりの無遠慮と図々しさで曰うルガートに、軽く噴き出し、ハシェットが腹から笑っていた。

 一線を引いていた態度が崩れたのか、これは。

 一頻り笑いを噛み締めていたハシェットの様相がまた変わる。

 初対面の威圧的な視線とも違う、挑戦的な目。

 ……哲学なんて高尚な趣味、いらなくないか?


「では、私の側近候補となりますか?」

「いや遠慮する」

「無償で提供する気はありませんよ?」

「なら豪華な餌でも用意しておく。俺個人のな」

「ふ、それは楽しみにしていましょう」


 側を離れて他の貴族の元に行ってしまったハシェットを見送り、凝った肩をほぐし本日五回目のお代わりに向かう。

 やはり貴族の会話術は必須だなと一人物思いに耽るその背中を軽く押されて振り返ると、ジョシュアがこちらを睨んでいた。

 何か不機嫌?

 珍しい表情は初めて会った顔面に似ているが、何に対しての感情か掴めないのでお代わりの手を止めずに話し始めるのを待つ。

 新しい皿に料理を乗せ切るルガートを見届けて、ジョシュアの口が開いた。


「エトラン子息との会話が弾んでいたようだな」

「大した話はしてねえよ。側近に誘われただけだ」

「え、大出世じゃないか。受けたのか?」

「いや蹴った」


 元々腹芸を身に付けたいだけだから、側近になったら色々と支障が出そうだと柔らかく噛むとすぐにほどけるローストビーフに無言で唸るルガートを、こぼれそうになる目玉を更に見開かせるジョシュアが見上げながら硬直していた。

 どこ辺りが限界なんだその目。


「なぜ!? え、なぜ!? エトラン公爵家もブルースター公爵家に並ぶ一大貴族なんだぞ? 現当代は外交官で社交界にも明るくその辣腕は都度高評価! その令息のハシェット様だって頭脳明晰で次期外交官を目指されている有望株」

「解説ありがとう。側近なりたくて話してた訳じゃねぇぞ?」

「ではなぜ」

「単に腹芸を嗜みたいだけだ」

「……。…………君の、その思考は……たまに分からなくなる」


 苦悶の表情に笑いながら皿に盛り付けた料理を口に詰め込み、大きな溜め息を吐く沈む頭を上げさせると、ジョシュアも飲み物を近くにいた給士から受け取って一気にあおった。


「君はそれでいいのか?」

「別に出世にゃ興味はねえな。まだ中立でいいだろ」


 まあ、最近は第一王子派のブルースター公爵家とお付き合いしている時点でやや崩れていなくもない。

 イルガゲート王太子殿下とも直接交流をしている時点で更に無意味になってそうだ。

 呆れて胡乱な目つきになっているジョシュアも似た予想をしているのかと笑う。

 本当に今更だが、まだどこにも属す気はないのも確かだが、そのエトラン公爵家は中立派だぞと話すジョシュアに、目を瞬かせる。

 条件は良かったらしい。


「はあ。たまに本気で君の言動が分からない」

「平和なもんじゃねぇの。貴族間の争いなんて」

「はあ……。その楽観思考はどこから来るのか……」

「それよりいいとこのお嬢さんとの会話はいいのか?」

「俺も次男だ、大した期待はしていない」


 そういえばこいつも次男だった。

 忘れそうになるが、時期が合わずにまだ彼の領地には行けていない。

 特産のありとあらゆる美味い肉を大特価で食わせてくれるという約束もあるのだから、学園に入る前に必ずいかなければいけないな。

 屋敷内で焼肉は酷だろうか。


「学園での出会いに期待するさ」

「あんの? 大体その頃には婚約者がほぼ決まっているんじゃないのか?」

「分からないだろう? 劇的な出会いもあるかも知れんさ」

「ま、応援はする」

「ありがとう」

人柄の有無など検知せず利用するのが常。


(彼は、影に最適だと思ったんですがね……)


自分もまだまだ甘いと低く響く笑い声を聞き流した。

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