53.不審者?
「ルガート様、ギルドの方と一悶着起こしたとか?」
「向こうが勝手に突っかかってきただけだ。事実無根」
「君のことだからどうせ脅し返したのだろう?」
「すげーなジョシュア、物陰から見てたか?」
「ルガート様ってたまに素直ですわよねぇ」
「ええとっても」
「解せん」
煌びやかな雰囲気とやや反したくすくすと笑う顔見知り達との気楽な会話。
今日、親父に引っ張り出されてやって来たのはブルースター公爵家の夜会だった。
聞いてなかったが、メイドにあれやこれやといじられ馬車に詰め込まれて出発し、合流したジョシュアと連れ立って向かい、ようやくどこへ連れて来られたのか理解する。
ギルドでの騒動から既に二日経っていたので耳の聡いところへは既に出回った話らしい。
何それ早すぎじゃないか? 怖。
だからか、と以前よりチクチク刺さる視線に辟易した。
「父からお話も伺ってます。また“竜の籠”へ赴かれるとか」
「ホットストーンの材料取り。今回は個人的に向かう予定」
「では料理長にも伝えておきますわ! ルガート様、また何か教えていただけたら嬉しく存じます!」
「……ああ、まあ、お世話になります……」
「ルガート、君いい加減諦めて素直に泊まれ」
未婚の令嬢の家に泊まるのは問題ないのか。
いやフレインの家にも泊めてもらったが、あれは緊急時だったし、今更だが。
「いや普通に町の宿でいいんだがなあ……」
「ルイリアに捕まってはもう手遅れですわ。何かまた提供して差し上げてくださいまし」
「俺だってレパートリーが多い訳じゃねぇんだよ」
展覧会で披露したレシピを実家に帰ってから真似たのだろう、すっかり食への探究心が燃え盛る炎の如くとなったルイリアから他にございませんの? と食い気味で尋ねられることしばしば。
デザート系で攻めるかと頭を悩ませる。
ザバルト伯爵も済まないねと苦笑していたけど、あの人の方が目が本気で結構怖かった。
親子で食に忠実なようだ。
デザートはやはり最後の手段に留めておこう。
「ルガート様、今週は夜会にほぼ参加するのだとか」
「は? 聞いてねえぞ」
「あら失言。忘れてくださいな」
「フレイン嬢……ワザとだろう」
「おほほほ」
可愛らしく聞き流す少女を睨むがどこ吹く風。
この子もなかなか逞しいものだと溜め息を吐き出し、手にしたグラスを傾ける。
「大方人脈作りだろう。ここ最近のは失敗続きだったから、父君も流石に気にされて」
「あの顔は面白がってるだけだ。どうせまた賭けてる真っ最中だろ」
「え? ルガート様、読唇術ですか?」
ティリスフィリスが驚いた表情で見上げてくるが違うと軽く首をゆるく振る。
相手はいつもの公爵だった。
話の内容もおそらくギルドでの地図のことだろうし、言うのは伏せた方がいいと沈黙する。
一悶着の内容までは把握されていないなら、ギルドからの発表前に話すのは流石に野暮だ。
しかし読唇術なんて芸当も、体得できたら楽だな。
話の流れを変えようと、全員を見ると既に父から興味は失せていた。
「んなことより、皆は学園について何か準備しているか?」
「まだ一年ありますわよ?」
「いや、領地からは遠いから別邸から通うのかと思ってな。学園って寮とかあるか?」
「ございますわ。王族の方は政務もございますし、ほとんどの生徒は全寮制なので不便はないと思います」
別邸から通うのもアリかと考えていたが頓挫した。
話を聞けば皆も同じように寮に入る準備はどうしようかと話し始め、ルガートはこの問題はジミトリアスにも聞いた方がいいかもなと一旦区切る。
「馬は?」
「流石に持ち込めませんわ」
「別邸で預かってもらうか」
「君、どんだけ乗り回したいんだ」
構ってやらないならウィンディアは領地に残すか悩みどころだと考えていると、話は授業内容に移る。
勉強のレベルは程々にできていると思いたい。
過信しすぎもよろしくないが、ケインの勉強も見ているからそれほど酷くはないだろう。
「勉強についても問題ないと思いますし、ご心配されることはないかと」
「君の場合は、言動と行動さえ注意してれば恙無く過ごせるさ」
「聞き捨てならねえな」
「事実しか言ってないぞ」
食べ物と飲み物のお代わりに行ってくると皆から離れてテーブルへと向かい、皆もほとんど同じタイミングで離れる者もいた。
余念がないな。
特に気にせず新しい皿に取り分けた食事を補充し終えて戻ろうと振り返る瞬間、少し距離を開けて横へと下がる。
危うく打つかりかけた令嬢らしい姿は、ワザとではなさそうだが、眼帯をしている右側後方へ進んでやって来た。
気配を集中させていて正解だったが、違和感が背中を不気味に這いずり、つい表情が険しくなった。
(誰だ?)
「あの、ごめんなさい、お怪我は」
「こちらこそ失礼した。お怪我はありませんか?」
どこにでもいそうな茶髪に黒眼の少女。
更に違和感が顔を覗かせて、何なんだと自身の感覚を疑う訳ではないが、不自然さはないように思う。
「は、はい、あの……? ボスティス様でいらっしゃいますよね?」
「ああ。失礼だが、あまり社交の場に出ていなかった身でして、恥ずかしながらお名前を伺っても?」
「わたし、ステラと申します」
「? 家名は」
「あ、ごめんなさい、失礼します!」
「は? おい!」
慌ててその場から消えるように人混みに紛れた少女はすぐに人に埋もれてしまい、見失ってしまった。
なんだったんだ? と首を傾げて側に来た気配に視線を合わせず話しかける。
こちらからは険を含んだ気配が分かりやすく、お嬢様がするもんじゃないなと低い位置にある小さな頭を軽く撫でた。
「フレイン嬢、今のは?」
「どの爵位の方ともお見かけしたことがありません。招待客の方は全て把握していたと思っていたのですが……」
「侵入者か、魔法を」
非常時なら不問だろ。
「いえ、ルガート様。それではうちの衛兵が混乱してしまいます。害意はなさそうでしたので、今回ばかりは」
「見逃していいのか?」
「ルガート様に危害があったのなら真っ先に捕らえます」
「挨拶した程度だ。……念の為」
頬に手を触れ、フレインに固定魔法を施す。
『結界、反射魔法、対象固定、第三者の複製不可』
時間も設けない方がいいか。
完全に姿を見失ってしまった茶髪は夜会に招待された者もそれなりにいたし、既に屋敷にいないといっても、戻ってくる可能性もある。
触れた時に揺れたフレインから手を離してまた食べ始めるルガートに、扇子で顔の半分以上を隠し、微妙に肩を震わせながらも前を向いて笑うフレインはできたポーカーフェイスだと感心した。
「ルガート様、いきなりはお止めください」
「ああ悪い。あとで何か言われたら誤魔化しといてくれ」
「もう」
「ザバルト領で岩の採取をしたら、ブルースター領にも寄らせてもらっていいか?」
「領地へお戻りになられないのですか?」
「野暮用があって王都にトンボ返りする。個人的な依頼なんだ。サワヌァ村にも顔出したいんだが、来るか?」
「! お父様に相談してみます!」
「森の経過も見たいから、魔物がいたら狩る。そのつもりで来いよ」
「はい!」
淑やかな令嬢が魔物狩りに意欲的とは何とも頼もしい。
笑ってまた皿を空にし、今度はフレインもついて向かい、離れたところにあるデザートを選びに向かった。
こちらはまだ食べ足りないのでお代わり三杯目。
「ボスティス様、あの、先日はお誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございま……えー……」
何と、お礼を言い切る前に行ってしまった真っ赤な顔の令嬢を見送り硬直する。
いや何で?
様子を見てくすくすと笑うフレインがデザートを片手に戻ってきたが、何に笑っているのか不明だ。
「あの方はマルフラワ子爵令嬢ですわね」
「お礼言う前に行っちまったが……」
「きっとお恥ずかしかったのですわ」
朗らかに微笑ましく見送ったフレインに続き、周囲を見れば他の令嬢とも目が合うもあまりに素早く逸らされ、これは絶対に違うと原因の眼帯に触れた。
「やっぱコレは怖がらせてるだけなんじゃねえか?」
「わたくしもそれをしていないルガート様の方がよろしいと思います」
「俺も早く外してぇ……」
「ルガート様、夜会はまだ初日ですのよ? 頑張ってくださいまし」
「むりー」
「ふふ」
結局、令嬢とは誰一人として話はせずに終わり、フレインは気を遣って子息の何名かと話しに行く機会の際は離れてくれた。
やや勘繰りが目立つ子供の様子にまあいいかとかわしつつ、一人納得する。
子供ではあるが考え方は貴族の者らしい。
平民のことよりも地位、名誉。
平民の生活は恐ろしく貧相で死んでもああはなりたくないと笑う様子は、子供越しに大人の全容を見ている気になる。
冒険者の真似事をしてあちこち動き回るルガートにとって、夜会が一番楽しいと言う子息らが悪い訳ではないだけに、口端だけを上げて沈黙で返すと、残る日数でブチ切れないか言い切れぬ不安がよぎるのだった。
肉料理は必ず三回お代わりするルガート。




