52.脅しは最小限に
ギルド長から“竜の籠”へ同行の許可を得たいという申し出に、数秒の沈黙のあと、ルガートはゆるく首を横に振った。
「じゃあこの金額では話にならないな」
「な……」
「金貨一〇枚ですよ!?」
「危険地帯と知っての単価で販売するならなおさら話にならないし売れねぇ。“竜の籠”への案内も拒否させてもらう」
地図を素早くしまい、多少見られたが細かい文字までは見えてないと思いたい。
「そんな!」
「値が釣り合いませんでしたか? では……」
「話を聞いてたか?」
コッ、テーブルに高く音が鳴るよう爪の先をテーブルに置く。
視線が皆そこへと集中した。
「危険地帯の地図を正式発表、ダンジョン探索に同行となると人の命を預かるんだ。金貨三〇〇が妥当だろう」
「金貨三〇〇!?」
「まあそこは人数で増減。地図と探索案内だけでもそれくらいはする」
職員の一人が馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに顔を歪め、ルガートを睨みつける。
金額を口にしてからその人だけ肩を怒らせ、やけに目の色が変わったのは確かだ。
「馬鹿なことを仰らないでいただきたい!」
「こちらには優秀な魔士もいるのに」
「不要だ」
「……は?」
「魔士は不要だと言った」
ぽかんと呆気に取られた、三人三様の顔を向けてくるギルドの人達。
一方で、ルガートとマクベスは至極当然と言いたげな顔で鎮座している。
人の命を預かると言ったのに、納得していないリッツァ達の様子にまた眉間に力が入った。
「ルガート君、火山へ踏み込むのだから魔士の耐熱魔法は絶対なのよ? それにこちらは未踏の地、魔士は必須要員で……」
「魔士は一人で十分だ。資金を割いてもいいなら好きにしろ。だがそいつは守らない」
「な……!?」
立ち上がって抗議しようとしてきたギルド職員に、ルガートは腕を組んでソファーの背に体を預け互いの距離が少し離れる。
今度は父の手が伸びなかったので、好きにさせてくれるようだ。
職員の前に手を上げ留まるようにしたのは、悔しげに睨み据えるギルド長のリッツァ。
先ほどの色気のある目線はすっかりなりを潜めてくれたので今は有り難い。
そして彼女は他の者よりもずっと冷静だった。
「……。人員はギルドでは最高ランクのA。剣士三人、弓士一人、盾士一人。この五人を派出いたします」
「ギルド長!」
「そして魔士一人。こちらとしてもこの先“竜の籠”は踏破したい場所。魔士が使い物にならないなど、汚名を被るのはギルドの名折れ。この者には自身の身を最優先に通達しておきますので、同行の許可をお願いしたいです」
やはり魔士の同行は譲らないのだ。
未踏の地と言うのなら魔力の配分にだって気を遣う。
魔士を加えるのは当然だな、とルガートもあっさり頷き、手を振った。
「分かった。では、現在作成途中の地図は清書してから提供しよう。依頼内容はギルド在籍冒険者以下六名をザバルト領“竜の籠”、並びに地下型ダンジョンへの護衛とする。道案内が終わり次第、その人らは誰一人欠くことなくギルドへお返しすることを約束しよう。……〆て金貨一八〇だ」
目を見開いて硬直する二人と苦笑するギルド長は端に座る者にお金を用意し直すよう指示を出し、慌てて部屋から出て行く職員を見送った。
お茶で乾いた喉を潤すルガートは内心げっそりする。
ふと、リッツァがまた真面目な顔をするので身構えてしまった。
「ルガート君、ギルドへの登録は?」
「あと一年もしないで学園へ入るから見送らせてくれ。下手に登録してもまともに身動き取れないのはそちらも困るだろうからな」
「……」
またも妙な沈黙と表情に怪訝に見つめ返す。
割りと忙しい人達だな。
「……何か?」
「十一歳なの!!?」
「は? はい。そんなことより、ダンジョンへの道は少し悪路だからこちらの指示は絶対従うよう話しておいてくれ」
「ギルド長、お持ちいたしました」
先ほどよりも膨らんだ皮袋がトレイごとギルド長側のテーブルに乗せられる。
提示したびっくり額はただの吹っかけで、二度目の金額に不満を持つかと思われたが、案外あっさりしたものだった。
トレイごとこちらへ寄越され、異変はないかつい中身を確認して頷く。
引き寄せようとしたところを止められると、なぜかトレイに追加で渡された金貨。
「合わせて二〇〇。これは、私の個人的な我儘です。どうか同行する魔士も守ってください」
「異論ない。では確かに。ああ、先にザバルト伯爵に伝えておくけれど、もし早く着くようであれば、町の宿にでも駐留しておくよう伝えてほしい。間違っても俺がいない時に“竜の籠”へ向かっても、それはそちらの過失と受け取る」
「……よく、伝えておきましょう」
金貨を受け取り、父とギルド長達からの視線を背中に、部屋をあとにした。
ギルド本部を出た瞬間、詰めていた息をこれでもかと言うほど吐き出すルガートに声を上げて笑うマクベス。
「初めての交渉相手にはなかなか有効だったな。まあ隣の者達は気付いていなかったようだし、威嚇は半減だろう。だが二度目はないぞ」
「分かってるさ。予想より高値で売れたし、あちらの貴族に対する対応もよく分かった」
いきなり様子が変わったから驚いたが、ギルドと貴族の間にはやや埋まらない溝があるのも確認できた。
先ほどまで威厳ある雰囲気だった父はくつくつと笑い出し、肩を震わせる。
「ふふ。よくもまあ、いつも以上に話したものだ」
「王都は水に合わねぇわ。学園生活がますます億劫になってきた」
「揉まれて来なさい。お前はまだ腹芸が足りないからな、そこら辺はエトラン公爵令息がいいお手本になるかもしれないな」
「あいつもなかなかぶっ飛んでそうだが?」
「手本は掻い摘んで貰うものだ」
「ほーん?」
のんびりと帰路に向かう二人はケロリとしたもの。
貴族故の矜持はあっても、領地では身分に関係なく人との繋がりを大切にしている父の姿を改めて見つめ、陽の沈む夕焼けの空を眺めた。
***
——ダンッ!
職員の一人が荒くテーブルを叩いたせいで、飲み切っていないお茶の一部が跳ねてこぼれる。
リッツァは静かに見つめながらハンカチを取り出し、何も言わずにテーブルを拭いた。
「ギルド長! なぜあそこまで値を釣り上げたのですか! あれではこちらが侮られます!」
「たかだか貴族相手に、あそこまで支払われなくとも良かったではないですか」
ギルド職員の一人は、先ほどの貴族の親子の態度に怒りを露わにしていた。
そしてもう一人も概ね同意する態度は、今まで散々と好き放題な振る舞いをしてきた貴族達を脳裏に重ね、リッツァを非難も含めた厳しい目で見つめている。
汚れたハンカチをテーブルに置いたままリッツァはこめかみに手を当てながら首をゆるく振り、先ほどの不遜な態度を見せた少年、ルガートの様子を思い出す。
「あそこまで啖呵を切って、おまけに魔法で牽制されていたのに、気付かなかった訳ね、貴方達は」
「は?」
リッツァは元冒険者から成り上がって爵位を賜った一人。
しかし、荒くれ者の多いギルドを取りまとめる据え置きの人員でもあった。
爵位は一代限りのもので、権威はあってないに等しい地位はギルドを支えるには些か弱いもので口惜しく思う時はままあった。
それでも、ギルドは居心地がいいし好ましく思うからこそ、その椅子に甘んじて座っている。
のだが、仮にも冒険者に籍を置く者。
先ほどの事態に気付きもしない部下を睨めつけ、溜め息を吐き出した。
「魔士一人というのはあの子が腕が立つから。テーブルに指先を置いたのは注意を引きつけたのではなくて、頭上にある魔法から注意を逸らす為。あそこまで気配なく行う十一歳、そんじょそこらの魔士では太刀打ちできないわよ。うちのギルドの者でさえ、下手をすると、私もね」
しかも、恐ろしいことに、殺気は皆無。
殺す気はなかったにせよそれがどれだけ空恐ろしい所業か、彼らは分かっていない。
「!? そんな、いつ……」
予想通りの返答に、また深く溜め息がこぼれた。
そう、現在役職に就いていても、彼らだって曲がりなりにも冒険者の端くれなのだ。
殺気もあれば、いくらか違ってはいただろうかと頭をよぎるが、あの魔法を前にすると遅れて気付いたリッツァでさえ自信を失う。
「あれでまだ学園へも上がっていないだなんて、末恐ろしいわ。……化け物ね」
氷の刃で脅しは鉄板ですかね。
カッコいいですし。




