50.根深く昏い
「ところでそのマントは何だ」
「念の為、自衛も兼ねて……」
王室のソファーにボロ布を置くのは憚られたので膝の上に乗せていたマントを見つめるイルガゲートに、視線を逸らしながらもし遭遇した場合も考えた末ワンクッションでもあると狼狽ないかと言えば、微妙な顔で同情を含めた眼差しを向けられた気がした。
敵(?)の総本山へ単身乗り込むのだから、これくらいは許してほしい。
「そうだな。気をつけて帰れ」
「用件はこれだけですか?」
「いや、先日図書館では邪魔をしたからな。詫びになるか分からんがコレを渡そうと思っていた」
ソファーから立ち上がり、執務机の上に置いていたのだろう数冊の本を手に戻ってくると、ルガートに手渡しまた元の位置へ座り直す。
渡された本を開かないで穴が開くくらい見つめた。
見るからに、見事な装丁。
「殿下? これ、王室管理のものでは?」
「よく分かったな。写しだから気にするな」
「するわっ、いや受け取れねえだろどう考えてもっ!」
「欲のない奴だな」
「そっくりお返しするしこれも返す!」
ともかく受け取れないと突っぱね、写本をイルガゲートの方へと寄せておいた。
中身見ないで先に確認とっといてよかった……。
ただの勘でしたとは伏せておき、心臓に悪いとお茶で平静さを装った。
「時にルガート。お前は今何歳だ?」
「つい昨日、十一歳を迎えたばかりですが」
「なに? ならばなおさら貰っておけ」
テーブルの上を行ったり来たりと忙しい本を押しつけ合うという謎の攻防戦。
「断る。ホットストーン持ってこねぇぞ」
「それは困る。だが困った。何か祝いの品でも…」
「……何でもいいですか?」
「確約はできん」
憮然と居直る彼の立場では何でもなんて気楽な言葉はリスクが高すぎるものな。
「ふ。いいですよ。俺は多分これからも好き勝手に魔物や魔獣の討伐をします。その許可を下さい」
「そんなことでいいのか?」
「初対面の苛烈さを見ると許可があった方が動きやすいし、王太子殿下直々の要請または命令だと分かれば、後々の軋轢は生まないかと」
「あれは忘れろ。ふむ。子飼いにしていると匂わせるには十分か。それならば一つ条件に加えろ」
「それならこの話は無かったことにしますわー」
「まあ聞け。悪い条件でもなかろう」
こうして、スケジュール管理の為にクリスとは違う側近が現れたことにより、この密会なのかお茶会なのか謎の招喚は終わりを告げた。
追加の書類を小脇に抱えてかなりあとが詰まっていると雰囲気から察したが、なぜかその側近にも強制的にホットアイマスクを追加してくれとイルガゲートから頼まれる。
初対面で見知らぬ人だが、怪訝にこちらへ振り返った目の下の酷い隈と血色が滞りすぎて青い顔色に、了承の返事代わりに施しておいた。
いきなり視界を塞がれたから暴れようとするその人をイルガゲートと取り押さえて、ソファーに運ぶ間にぷっつんと糸が切れたのか、寝落ちたその人に同情の眼差しを送りつつ今日のところは帰る運びとなった。
帰り道もまたクリスに案内してもらい、ルガートはまたフードを被って男のあとについて歩く。
「ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
やけにかしこまった話し方に一瞬遅れたが返事を返す。
先ほどの執務室でのやり取りでも気になるのか。
「貴方は来年学園に入る予定ですね」
まったく違う話に目を瞬かせる。
「一応は」
「弟が害を成したら、即刻父へ通達していただきたい」
「なぜですか」
「……」
まだ害すら被っていないのに、仮定の話と彼の弟が問題を起こす前提に話す事情に口を挟む義理はない。
義理はないが。
「……。学園に入ったら学園の範疇と教職員の判断に任せます。私だって人間ができてる訳ではありません。学生の内に身に付くことも多いでしょう。まだ、気長に向き合われたらいかがですか」
「ふ、我が家の恥を晒せと」
「いちご家庭の問題ですので。その様子では彼と対等に向き合ってこられたのか甚だ疑問に思えます。送りはここまでで結構です。ありがとうございました」
ほとんど城門が見えていた。
先ほどのルガートの言葉も、彼らの立場を知らぬ故の甘言だ。
彼らの薄暗さの経緯なんて知らないが、それでも僅かばかりか影のある家庭だとは思う。
ボスティス家の御者が頭を下げる姿を見つけて少し足も早くなるルガートは、面倒に足を踏み込んだ自覚はあるが、少し、見て見ぬ振りもできなかった。
「親父、学園に上がる前にちょっと聞きたいことがあるんだがただいま」
「言い切るならもう少し優雅に、三〇点」
「ロンブラン辺境伯親子って何か確執でもあんの?」
「無いとも言い切れんな。シュターノル君がああだから長男の気苦労も多かったと聞いていたし、次男もうまく立ち回っているようだ」
「……ん? 今思ったんだが、殿下の側近の人、かなり忙しそうにしてたけど、兄貴何でここにいんの」
「ルガートの訃報疑惑に合わせて今回は休暇申請を出したからだよ。同じ側近補佐に預けてきた」
「何か死にそうな奴いたんだけど」
「はは。ロシュメルか。あいつは四日に一遍は大体そうなる」
聞けば同期とな。
おい同期をちょいちょい瀕死に追いやるなよ。
何でも、最近は書類関係を任せようとしているらしく、いい機会だからと休暇申請に合わせてほぼ任せてきたという。
先日父と王城に行ったのはただの経過観察で、問題ないなと判断したと言うが、どことなくこの兄から鬼畜臭がしたかもしれない。
ドン引きのルガートを他所に気付かない二人は人員育成の一環だと頷き合っていた。
「そういえばルガート、来週は忙しくなりそうだから、約束は控えるように。殿下の場合は致し方ないから可能な範囲で対応しなさい」
「了解。あ、あと、学園って何年通うんだ?」
「そこからかルガート」
二人がドン引きする。
「勉強の進み具合から遅れを取るようなことにはなるまいが、一二歳から六年通う」
「六年か……ん? 兄貴、今休学してるのか?」
「私はこの一年は殿下の補佐官見習い期間だからな。入学式も近いし、式まではここにいるつもりだ」
「おい見習い期間に休んでいいのかよ」
「この前ロシュメルに休んでいいと言われたんだ。ちょくちょく休みを代わっていたからな。気にせずまとめて休めとのお達しだ」
だが死にそうになるのはどうかと思うが。
四日に一遍の頻度は効率が悪いなと苦笑する。
「この国では一八歳で成人となる。一五の年に上級院へと切り替わるが、入学後、すぐに学園側から特別履修の打診がある。俺のように補佐見習いと領地運営補佐の両方を挙げる者は稀だ。令嬢は行儀見習い、一足早く商業見習い、騎士見習いなどと様々な分野で選択肢を決めることができる。男女の差はあれど、選ぶものに制限はない」
「ジミトリアス、それは賭けにしようとして黙っていたのに」
「ルガートなら選択肢は変わらなそうですがね。期間は半年か再申請して一年の延長も認められるが、必ず出向先などで結果を出さなければならないのが全体的な決まりだな」
ようはインターンなどのようなものか。
体験実習的な意味合いも強そうだが、結果を出さなければとはなかなかハードルが高い。
ただのバイト感覚で働くのとはまた違うようだ。
「魔士なら新たな魔法の確立か論文・文献などか」
「まあそうなる。それでなくとも普通に学園に通ってれば単位ももらえるから、爵位の低い者ほど普通はそのまま学園生活を送る令息令嬢が常だ」
「どうせならその時期に冒険者になるのも悪くないか」
首を傾げたジミトリアスが何を言ってるんだと手元の書類から目を離す。
「お前現在進行形で冒険者だろ?」
「え? 侯爵家の息子だぞ?」
「……ルガート? ギルドの登録はしていないのか?」
今更当たり前なことを聞いてくる父もちょっと何を言ってるのか分からないと言いたそうな顔でルガートを見つめ、力強く頷いた。
話してなかったが、問題ない。
「ああ」
「……。…………こ、侯爵家の次男が……野良冒険者……」
犯罪してないんだからいいだろが。
昏さ深さは、他人が推し量るものではない。




