05.
「親父、ちょっと聞きたいことがある」
「どうした?」
「俺、場違いじゃねえか?」
「思っても口に出さないものだ」
季節が巡り、冬。
ユエンリーナ国を日本の暦に当てるなら早すぎるクリスマス商戦のあたり。
比較的温暖な土地柄のこの国の冬はとても短い。
約二ヶ月の冬が明ければ国一番のイベント、建国祭が待っている。こちらはだいたい小正月近辺。
冬の間に祭りに向けての準備が始まるのこの時期はとにかく忙しい。
その前に待ち構えていたのが、社交界での顔合わせ。
幼少期より様々な人がいる。
切磋琢磨しあえる者を、使い勝手の良い駒を探す者、中立派を決め情報を掴む者、その他人の数だけ思惑を持って社交界へ挑む。
俺の印象はそんな感じ。
そんな中へ向かう俺の足並みは彼らより出遅れている為、今この場では格好の餌食。
ガマガエルの件がなければ、仲のいい家同士でもお披露目会などが行われていたという。
怪我もあって暇潰しに持ち出されたものに興味が他へ飛んでしまった俺は、ものの見事な引きニートに近い状況にいた。
後悔はないが、親父が気を揉んでいるのは事実。
「親父、ここに王太子殿下とか来るか?」
「そんな話は無い。心配するな、ここはほとんどお前と同年代の子達ばかり。侮られるなよ」
どう侮られたとしても同じ土俵にすらいないから初顔合わせで対等な会話は難しいだろう。
「まあ適当にしてる」
「……はあ」
溜め息はつくが、したいようにさせてくれる親父は背中を軽く叩いてくる。
「ボスティス侯爵、そちらの子はお噂の者かな?」
「これは閣下。お久し振りにございます。ええ、こちらは次男のルガートです。ルガート、こちらブルースター公爵閣下だ。ご挨拶しなさい」
夜会の主催者、濃紺の髪をオールバックで理知的にまとめ、口周りの見事なヒゲは丁寧に整えられている。
薄い水色に近い瞳がルガートを見下ろし、細められた目と視線が合いすぐさま頭を下げた。
「お初お目にかかりますブルースター公爵閣下。覚えめでたく参上した次第でありますがこの通り酷い傷があってはこちらにいらっしゃるお嬢様方を怯えさせてしまいます。閣下に御目通りが叶いましたこの機会に、私は一足先に下がらせていただきたく存じます」
横からポカンと一瞬だが声を崩した父に笑いそうになる。
おい地が割れてるぞ親父。
一息で言い終えた俺は公爵が口を開くまで頭を上げるつもりはない。
「ボスティス侯爵、噂とは当てにならんな。ルガート、頭を上げなさい」
「は」
「ここらの子より背が高い。一〇歳と記憶していたが?」
「合っています。身長は一六〇を超えたばかりかと」
「我が家で一番規格外の成長ぶりを見せております」
親父!?
驚きに今度はルガートが焦って表情を崩した瞬間、噴き出したのは目の前にいた公爵だった。
「マクベス……。ク、お前、話していないのか」
「正直ここまでとは思わず。私も驚いております」
「お知り合いで? 閣下?」
「地が割れたな。なかなかいい体付きをしている。騎士にどうだ」
「俺専門は魔法なんでお断りします閣下」
「ほう、魔士か。貴重な人材だ」
「俺のはほとんど趣味ですのでご期待には添えませんよ閣下」
「ルガート、とりあえず閣下と付ければ問題ないと思うのは止めなさい」
とうとう頭を抱えた親父に失礼に見えない程度の肩を竦める。
ブルースター公爵は父の知古だと聞きながら、周辺の様子を探れば動揺半数、猜疑三割、興味が二割だった。
あからさまに顔を歪ませる周りの態度に笑えてしまうがこちらに近づく様子はない。
このまま隠れ蓑にさせてもらうのもいいが、いかんせん相手が目立つ。
「親父、俺はもう帰るぞ」
「まあ待て。ゆっくりして行きなさい。少し彼と話があるからな、食事でも楽しんできたまえ」
「それでは有り難く下がらせていただきます。貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」
一拍置いた目元だけが、僅かに緩んだように見えた。
「ルガート」
「は」
「君はもう少し鈍感で構わんと思うぞ」
……これはもしや。
視線がバレていたのか。
背を向けて離れていく大人達を見送り、今度こそ肩を竦めて食事にするかとケータリング並の整っているテーブルへ足を向けた。
立席の食事は楽で良い。
水の入ったグラスと皿を持って一通り腹を満たせば落ち着いた内装にも目が向いた。
招待先を事前に聞いていなかったが、邸宅内の華美ではあるが決して嫌味ではない内装を興味はないのに見つめ、まだ不躾な視線にまとわりつかれ顔には出さず辟易する。
傷痕も隠しもしていないから俺の周りには誰もいない。
話さなくて良いなら楽なのだが、この場に残されたからには何かしら人脈作りもしてこいとのお達しか。
公爵……近所のおっさんみたいな人だな。
側に近づく足音にやや警戒を露わにする。
「失礼します。ボスティス侯爵が次男のルガート様でいらっしゃいますか?」
「……ああ。俺だが、生憎社交界には初めて出席した身でね。名を伺ってもよろしいですか?」
「父が失礼をいたしました。ブルースター公爵の娘、フレインでございます。初めまして、ルガート様」
「こちらこそ不躾をいたしました。初めまして、フレイン公爵令嬢」
振り返った先に居たのは、まだ小柄な、公爵の色彩によく似た美少女が微笑んでいた。
公爵よりも暗い濃紺の髪と白い肌、そして子供にしては利発さをにじませ男より更に色味を薄めた夜明けの星色がこちらを見上げていた。
「声をかけてくれたところで申し訳ないが、あまり側にいない方がいい。醜聞を知らん訳ではないだろ」
「社交界に出もしない方の噂は噂でしかありません。噂はボスティス様のご意思ですか?」
「……。勝手に流れているだけだな」
「では、私との交流を機会に、お話をしませんこと?」
なかなか大胆なお嬢さんだ。
他の者はまだ遠巻きに見ているにもかかわらず、一人で来たらしい。
「では何か飲み物を」
「いえ、お食事中のようでしたので、そのままで結構です」
「……。本当に食べるぞ?」
何せ食べても腹が減る成長期。
手にする扇子で口元を隠し、ころりと笑う。
「うちの自慢の料理長達が腕によりをかけて作った品です。お気に召しまして?」
「美味い。うちの飯も負けてねえがな」
「まあ粗暴」
このお嬢さんには先ほどの言動から素でも構わないかとさっさと地を晒したが、まあブレんな。
コロコロ笑う姿は流石の御令嬢様だ。
遠慮せずに食事を再開し、何の目的があって近づいて来たのか考える。
人脈作りもしなければならないが、こちらは難しくなりそうだ。
(計られたか、担がれたか)
「ボスティス様は」
「ルガートで構わない。粗忽者と思われているからな、気安くしてくれ」
「ではルガート様。ひと月ほど前に王太子殿下が貴方様の近隣の領地で軽いお掃除に向かわれたのをご存知でしょうか」
「ああ、夜盗と魔物の討伐か?」
兄貴にホットストーンの検証も頼んだな、あの時は。
遠征から帰ってきたら異様なハイテンションで頭を撫でくりまわされたけどあれなんだったんだ。
ちなみに石はまだ手頃なものが見つかっていない。
今は源泉近くの岩場や崖などから採取し検証しているが、自身の望む効果はまだ出てなかった。
「ホットストーンの発案者でお間違いございません?」
「ああ、だがまだ試作段階だから何も出来ないぞ?」
「え?」
「ん?」
なぜ驚かれた。
「秘匿なさってはいませんの?」
「何でだ? 元々医療用にも使用するつもりだったから隠すつもりはないぞ?」
「まあ、そのお話、詳しくお聞かせくださいません?」
「構わんが……。ブルースター公爵令嬢の領地は、確か山脈地帯も持っていたよな」
「え? はい。そうですが……」
「領地の地図を見せてもらえることはできないか? 外れたら申し訳ないが、確かめたいことがある」
「では父の書斎をお借りしましょう。おそらく父達は応接間へ向かわれたと思いますので」
これで一歩前進できたらいいがと割れないよう食器を丁寧に配膳の者に返して、お礼を伝えて飲み物も頼んでおこうかと振り返るとこちらへ伸ばされた手に一瞬、硬直する。
微笑む御令嬢の姿に苦笑した。
「ご案内をお願いする」
「よろしくてよ」
上品な扇子が揺れ、フレインの分のグラスもついでに返し、その手を取った。
途端に扇子を広げて顔の半分を隠す少女に笑いそうになったが、流石に失礼か。
フレインの身長は十歳の時点でまだ一三〇ほど。
周りの平均よりやや低め。
成長期になったはドーン、バーンとなります。