49.ゴ命令ノトキ
「お返事如何でお連れせよとのご命令でございますので、急な訪問ではございますが、至急開封をお願いしたく存じます」
「……。拝見します」
翌朝。
朝食後の中弛みの時間に現れた来客。
その正体を知るなりルガートは痛くもないのに頭を抑えたくなり、ボスティス一家は緊張感から戦慄いていた。
固められた封蝋に描かれる紋章は、この国の象徴である天馬の絵姿、つまり王族の証。
中身を素早く確認し、まあ予想より早いなと溜め息を飲み込んだ。
「親父、ちょっと行ってくる。帰りはいつなるか分からねぇ」
「粗相の無いようにな」
「分かった。謹んでお受けいたします。準備をして参りますので、お寛ぎなさってください」
「お心遣い感謝いたします。馬車でお待ちしておりますので、どうぞお気遣いなく」
「ではすぐに向かいます」
素早く自室へ戻ってメイドに着替えを手伝ってもらい、髪を再びあれやこれやといじられそうになったがなんとか断り、馬車へと乗り込む。
到着したのは見事なまでの白亜の城。
朝日の光により一層の白さを放ち、初めて見た自国の立派な城に思わず惚ける。
白い粒が陽光を反射している外装は、それだけで魔力が込められているのか、何か特別な素材を使っているのか、判断しようがない。
王族の住まう場所なのだから特別な処置がされているのも頷けると城門へ向かうと、声高に呼び止める声。
城門を守る騎士に盛大に睨まれた。
「何者だ。身分を改めよ」
「イルガゲート王太子殿下より招喚を受けましたボスティス家が次男ルガートと申します」
「顔を見せろ」
そう言われるのも無理はない。
何せ目深く被ったマントはボロボロ、貴族の服を着てても中身が見えなければ見るからにみずほらしい姿なのだ。
不審者然と来たのは申し訳ないがあまり顔を出したくもなかったので、手紙も手渡し、門兵によく見える程度だけマントのフードをずらした。
「これでよろしいですか」
「……。通れ」
「ありがとうございます」
素早く再び顔を隠して真っ直ぐ進み、王城へ到着する手前で声をかけられる。
佇まいから、騎士の格好が見えた。
「ルガート・ボスティス?」
「はい。イルガゲート王太子殿下より招喚されました」
「俺はクリス・ロンブラン。殿下の元へ君を案内するよう仰せつかっている。ついて来なさい」
「ありがとうございます」
案内があるのは有り難かった。
視界もほぼ隠しているのでこんな城では絶対に迷子になってしまう。
道順を覚えようと少しだけフードをずらす。
「先日は弟がすまなかった」
「いえ。ブルースター公爵閣下の指示に従っただけですので」
「それでも貧乏くじを引かせた原因は我が家庭にある」
「謝罪は受け付けません。まだ結果も分からないですからどうかお気になさらず」
「ふふ。やはり曲者だな。一筋縄ではいかないようだ」
楽しげに声だけ聞こえるものの、その空気はヒヤリと硬い。
ルガート自身、経過も見ていないで一方的な謝罪を受け取る気はないのだから跳ね除けてもいいだろうという軽い気持ちでいた。
すれ違う者からは怪訝な様子で見られていたので、フードを深く被り直すルガートに、軽く振り返った声が降ってくる。
「顔を見せないのは理由があるのかい?」
「はい。諸事情により細心の注意を払いたいもので」
「では人の少ない道に切り替えよう」
「ご配慮感謝いたします」
人の気配は先ほどより少なくなったがやはり王城なので完全に途切れることはない。
それでも、怪訝に見てこようとする気配が減ったのは心情的にも助かったので、今度こそ道順を覚えながらクリスについて行く。
とある部屋の前へと到着したのか、ここで待っていてくれと先に中へと入ったクリスを見送り、脇に構える護衛の人からはちらりと見られただけですぐに視線が逸らされた。
教育行き届いてるー。
「待たせたね。どうぞ中へ」
「失礼いたします」
豪奢。
部屋の中へと入った感想がまずそれだった。
上品なワインレッドを基調にしたファブリックに調度品はほぼ質素な造りと言っていいが、金細工が控えめに添えられており嫌味なく鎮座する。
ソファーから斜め奥に見える書架は立派な造りで絵画やインテリアよりそちらの方に興味が惹かれた。
執務室の奥、一五歳にしては扱う書類の量がエグいと胸中で引きながらクリスからソファーへと案内される。
顔も上げずにイルガゲートは手を動かし続け、クリスにもてなしの準備を言いつけた。
「寛いでろ。すぐ終わらせる」
「ありがとうございます」
「お茶は好みとかあるかな?」
「いえ、何でも美味しくいただけます」
「ふふ。淹れるのは下手だから文句は受け付けないよ」
「多分私の方が下手だと思いますので」
また笑って近くの備え付けのミニキッチンで細々動くクリスから視線を書架へ移す。
見る限りやはり経済や帝王学などの関連が多く、見れそうな本はなかった。
天井を見上げるとまあ高い。
別邸の自室より二倍、いや三倍はあるな。
「何かあったかい?」
「いえ、広いし天井が高いなと思いまして」
「王城だからね」
「待たせたな。クリス、お前は部屋を出ていろ。何かあれば呼ぶ」
「いえ殿下。身元が分かっている者でもそれはなりませんよ」
「クリス、彼と二人で話したい」
「……かしこまりました。では、何かあればお申しつけください、殿下」
「ああ」
優雅に一礼し、おそらく部屋の外にいるだろうが出してしまっていいのかと首元がヒヤリとした。
ドアが閉じられ、完全に姿が見えなくなったのを確認し、イルガゲートに恐る恐る尋ねる。
「よかったんで?」
「お前がそうなれないなら席を外させた方がいいだろう。私も少し休みたかった」
言うなりホットアイマスクを出現させて寛ぎ始めた王太子殿下に噴き出しかけた茶が鼻に入った。
いや待てい!!
いくら何でも無防備すぎだわ!!
「殿下……殿下あの、あまりにも、無防備だろ?」
「おそらくお前は私より魔法の才能があるのだろう。何かあったら守れ」
「守りますがね? 落差激しすぎて混乱するわ……」
王立図書館にてホットアイマスクを施した時は椅子に座って不動でいたのに、今は見る影もなく背を預けて寛ぐ姿に頭を抱える。
影とか護衛とかいないのかこれ、身振り手振りで何とかしろよと見えない誰かに尋ねても返答はなかった。
「噂で聞いたのだが、お前の領地で医療用に謎の石を使っているとか」
「ああ、ホットストーンのことか?」
「よくよく温かいものが好きだな、お前は」
「単に結果としてそうなっただけだ。要ります? それなら新しいの取ってくるが?」
「どういったものなんだ?」
寛ぐ姿勢のまま話も進み、ルガートも起こすのは諦めてお茶を飲み込む。
ホットストーンの効果と使用法、ついでにザバルト領から採取してきている情報を話せばイルガゲートは呆れていた。
「溶岩石を使用するとはまた突飛な発想力だ」
「で、要る?」
「ああ。とある方にお渡ししたい」
尋ねたのは自分に使う為じゃなく、誰かに贈る品と分かり、声に出さず苦笑する。
「一応、乗せるタイプとシートタイプがあるけど、どちらが希望とかあるか? 大きさも変わるし採取量も変わってくる」
「効率的なのは?」
「断然シートタイプ。寝ている間に使えば、体も温まるし体調不良の改善も望める。長く使いたいならそっちのがおすすめだな」
「ではそちらを頼む。ちなみに加工後までどれくらいの日数がかかるものなのだ?」
「大きさにもよるが、作ってきたのは全長が俺くらいのものをベースにしてるから遅くても三日はかかる。と思うけど道中も含めれば最短でも約一週間ちょっとくらいか」
「ではそれで進めてくれ。日数は伸びても構わん」
ちょうどホットアイマスクの効果が切れて起き上がった紫紺の瞳と目が合う。
本当に、初対面での気性はなんだったのかと問いたくなる静かな瞳はあっさりしたものだ。
元々の気質はこうなのだろうとよく分かる。
「殿下の要望はねえのかよ」
「これといって思いつかなかった。なので、私にも作っておけ」
「ふ。かしこまりました」
欲がない人だ。
すっかりヘビロテしてますが、使う時間は限られてます。




