47.お父さんは許しません
後ろに気配がして振り返るとシュターノル辺境伯が神妙な面持ちで見下ろしていた。
皆は気を遣い、少しだけ離れてくれる。
「礼を申し上げる」
即座に頭を抱えた無礼は許してほしい。
「却下。早い。問題一切解決してない。あれが悪化する可能性のがデカいんだから安易に治めないでください」
「それでも、今まで味わったことのない恐怖を埋め込まれたんだ。あとは、親である私の務め」
「固い。まず会話。話し合い。うちの親父見習ってくれよあのユルさ!」
頭でっかちすぎだこの人。
親父を指差しながらまたも懲りずに賭け金を集めていた姿にルガートも頭に血が昇る。
あとで締める。
ルガートの声に気付いたマクベスも笑って金を避難させてから呑気にやって来ると、シュターノルに微笑んでいた。
「そうだな。君んとこの長男と次男、既に騎士団にいるのだろう? ただ寂しいだけかも知れんよ?」
「過激だわ。何で破壊衝動優先すんだよ訳わからん」
「気性はうちの息子もあまり変わらないけど、思ったことが口に出てるだけだし、言葉が過ぎれば私も言うからね、会話が一切ない日はないかな」
「聞き捨てならねぇぞ親父」
「口の悪さは同列だぞ、ルガート」
ジョシュアが堪らず突っ込んだ。
鼻息荒く返事を返して腕を組み、静観を決めるルガートの頭をぐりぐりと撫でてくる親父は何をやってる。
無表情にやっと動揺の色が見えて、男は僅かに俯いた。
「会話は……していたつもりだったのですが……」
「今度は俺も賭けてもいいぞ。今日だって俺のところへ来るから行くぞとかそれだけ言って連れてきたんだろ。道中の馬車で会話は?」
「…………して、ない」
肩を竦める。
愕然とするシュターノルは未だ倒れたままの息子に視線を投げ、呆然としていた。
「次男までは察しの良かった子達だったのだろうね」
「……何から何まで、面目ない」
「報告と会話は違う。子供だって会話がなければ当然寂しい。交流がないから気の引き方も分からなくて破壊衝動に傾いた、こんなとこだろ」
「ルガート、寂しかったのか?」
「帰ったら衛兵長に扱いてもらうよう報告させていただきますよ、チチウエ」
チベットスナギツネの顔で親父を見ると、恐怖で引きつった顔を真っ青に慌て出す姿を見て少し気持ちが浮上する。
プラマイゼロどころかマイナスまっしぐらのこの場に、何でこんなのほほんしてんだこの人は。
屈折しまくってた軌道を乗せる為の交流会じゃなかったのかここは。
「ルガート!? 止めなさい!? せめてちょっと勘を取り戻してから言いなさい!?」
「お集まりの皆さーん、お目汚し大変失礼いたしましたー。お詫びに叶うか分かりませんが、ボスティス領の温泉にお越しいただいた際は、いつどの宿に来ていただいても二泊無料券をお送りさせていただきますので、ぜひ一度お越しくまさいませー。それと後日、お詫びの品も送らせてくださーい」
「では空いた日にでも行こう」
「閣下とジョシュアは自腹切れや、当然の却下だ異論は受け付けねぇからな」
何で鳩が豆鉄砲喰らった顔してるんだこの人達は。
倒れた令嬢達に気付けを促そうとする親達を止めてゆっくり休ませて欲しいとデザートやらケーキやらをメイド達に持って行かせ、大人達も同じく振る舞い酒も追加。
下手をするとルガートの殺気を思い出させる懸念も考慮し、近寄らずに更に気を使って遠目からの指示を出した。
結局、賭け金を集め終わった親父達からすべて没収し母テレジアに託しておく。
「ルガート、貴方が使えばいいのではないかしら」
「……じゃ、ロンブラン辺境伯にお詫びの品を追加で手配しといて。それか息子の矯正支度金とかでもいい」
「ふふ」
頭を掻いて母の視線を追いかける。
実はずっと側にいたフレイン。
ショッキングだった試合に落ち着くまで放置させた方がいいかと思いそのままにしていたが、俯いたまま。
ここまで落ち込んでいる様子を見るのは初めてで、お袋から何とかしなさいと圧強めの視線で指示され頷きながらメイドの一人を呼び一つ用を頼む。
「フレイン嬢」
「はい」
「いつまでそうしてる」
「わた」
顔を上げたタイミングで行動したのでどんな言葉の途中でも遮り、無理やり突っ込むつもりでいたそれ。
「……美味しいです」
「レモンのシャーベット。言いたいことがあるなら言っていい。それとも、物理的に離れるか?」
言い終える前に、弾けるように顔を上げて首を横に振るフレインの目には、微かに波打つ光が見えた。
「いえ、いいえ。離れないでください。ルガート様が離れる方が、怖いのです」
自覚して言ってるのだろうか?
割りと熱烈な言葉に反応は示さず、またシャーベットを掬ってフレインの口元へ運ぶ。
「あの……」
「俺がこうしてたい。悪いが付き合ってくれ」
「は、は……はい……」
急に背筋を伸ばして肌が紅潮していくが、見ないフリをした。
数回のやり取りのあと、見上げてきた瞳はいつもの冷静さを取り戻しているように見えて、シャーベット攻撃は一旦止める。
「ルガート様……わたくし、今の試合で貴方を怖いと感じてしまいました」
「当然だ。そうなるよう仕向けたんだ」
「……ですが、それは」
「分かってる。俺が閣下の指示に従ってワザとああいう仕打ちで叩きのめした。あのバカが考えを改めるかは怪しいが、打ち負かした相手が現れたことで辺境伯のとこでは被害がなくなるのなら儲けだろう」
「ルガート様、それでは、貴方の身が」
「強くなれば済むだけだ」
「ルガート様」
「力でねじ伏せたのは確かだしな。まあ他にやりようは」
「もう! ルガート様!」
言葉の途中でスプーンを奪われ、結構大きめのシャーベットが口の中に無理やり突っ込まれる。
すぐに溶けた甘味を含んだ酸味を感じながら目を白黒させてフレインを見下ろすと、やや怒気を含んだ星色の瞳がこちらを睨んでいた。
「わたくしは罷り間違って彼を殺してしまうのかもと心配しておりましたのに!」
「そこまでするとは言ってねぇし、扇子じゃ無理だ」
流石に人殺しにはなりたくない。
「もう! そうでは! なく!!」
(いや可愛いから全然怖くない)
残りのシャーベットを矢継ぎ早に口の中へ突っ込まれ、スプーンを持っていない手を上下させ怒りを露わにぷりぷりするフレインからのお説教は聞き流した。
……人殺しになるかも知れないと分かっても、側にいたと?
「……フレイン」
「はい」
「まあ、もし俺が人を殺める事態が来るとすれば、お前に何かあった時だけだ。だからそう深く考える必要ねえよ」
「問題だらけだわ!!」
「きゃあ!?」
「ぐおっ……う……」
頭上からの拳骨か、かなりの渾身の力で叩き込まれたので目の前がチカチカしている。
声からしてブルースター公爵だが、背後からの攻撃に受け身など取れずにいたので痛みで返事ができない。
「娘はやらんぞ!!」
「何でそういう話になったんだよ……」
「どう考えてもそう聞こえるわ!」
人の注目を集めておいて人目も憚らずにシャーベットを食べさせ合い、互いを労わるように慈愛の眼差しで見つめ合い、終いには令嬢の危機には身命を賭す言葉を匂わせる。
肩を震わせ言い終えた公爵に、真顔で尋ねた。
「誰だそれ」
「貴様だ!!!」
「ルガート様」
「騒がしくてすまん、ハシェット。何か足りないものはないか?」
「私に殺気を放っていただけませんか?」
「は?」
なんて?
「常々感じていました。人は恐怖を覚えることで従順になる者も確かに存在しますが、行う者の力量で全ては変わってしまうのです! 出来れば恐怖などに頼らず屈服させたいのが理想なのですが!」
「ハシェット?」
「私はこのような性格なので、どうにも迫力に欠けるらしく、怒られても怖くないと妹にも常日頃言われ続けておりまして! 言葉でやり込めるには限界があると感じておりました!」
「ハシェット」
「笑みを浮かべて相手を追い詰め、じわじわと恐怖心を煽るルガート様の手腕! 体感するのが一番の近道かとおもいましたので、是非とも見習わせていただきたい! そして殺気を放ってください!」
「人の話を聞け!」
脳天に軽く拳を落とし、ハシェットから変な声が上がる。
ちなみにフレインは公爵に連れられてどこかへ行ってしまった。
今日はバイオレンス過ぎる日だな。
間近で目を剥くカーラもルガートの行動に仰天し、悲鳴を上げるのだった。
そこそこできる奴だがそれとこれとは話が別だ!!
手順もすっ飛ばすとは何事だ!




