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46.狂犬

 ロンブラン辺境伯の鉄拳制裁を受けたのだろう、実はシュターノルの隣にいたアレックス。

 ずっと涙をこさえて沈黙しているその顔は痛々しい殴られた跡が見えるも、子供であっても擁護しようもない振る舞いに誰もが素知らぬ振りをする。

 大人しいなら突く必要もなし。


「しかしこちらの気が治まらない。それだけのことはしたのだから何か」

「おっさん。もっと気楽にしてくれ、ただのガキの口喧嘩だ。俺は気にしてないから、もうこの件は水に流していいと思うぞ?」

「だが」

「相変わらずだな、シュターノル」

「これはブルースター公爵」


 すぐに頭を下げたロンブラン辺境伯は真面目一徹を曲げないものだからほとほと困っていた。

 いつもの雰囲気は形を潜ませ、緊張感を持った貴族らしい顔で現れた公爵に、念の為頭を下げる。


「君の息子さん、アレックス君だったかな? 威勢がいいのは大変結構。流石は辺境伯の息子だ」

「まだまだ子供でございます。教育も行き届かず、お目汚し失礼いたしました」

「気にするな。節度も大切だが子供というのはやんちゃが一番。時にルガート」

「はい?」

「仮に彼と試合になったら何分かかる?」

「お相手に叶う者には見受けられませんね」


 舐めんな秒で落とす。

 言外を余さず汲み取った公爵の高笑いがホールに響く。

 この小芝居いつまで続くんだ?

 目を見開いてこちらを見つめるシュターノル辺境伯と、激昂寸前のアレックス。

 試合でもさせるのかと思ったが流石にこの手合いは止めた方が良さそうだと訝る。


「閣下、今試合わせるのは得策と言えません」

「そうか? いや、そうかもな。ではこんなのはどうだ?」


 提案して示したは、フレインの扇子。

 ぽかんとしている周囲とロンブラン親子。

 フレインは首を傾げているし、俺はまあまあ怪我しない範囲内の物に頷きかける。

 いやだから対峙させんのが一番ヤバい奴だろう、こいつは。


「閣下、面白がってんな?」

「では不敬で命令。やりなさい」

「嘘だろこのおっさん……!」


 職権濫用しにきやがった!!!

 頭を押さえて驚愕する。

 いらぬ余波を生みそうになってんのになんでそんな楽しげなんだよ。


「……はあ。フレイン嬢……と、ルイリア嬢、扇子を拝借しても? 壊れたら弁償する。いや、壊れてなくても新しいの贈るわ……」

「が、頑張ってくださいまし」

「ルガート様、お気を確かに」

「いやあ、無理……」

「ルガート! 賭けさせてもらうぞ!」

「テメエはあとで締める」


 なぜか扇子を片手にこんな展開になっているのか不思議でならない。

 ブルースター公爵はシュターノルとアレックスにルールの説明でもしているのか、話を終えてこちらへ向かうなり、にいいいっこり、笑うというか悪い顔の公爵にドン引きの顔を向けるルガート。


「扇子は令嬢の持ち物なので武器にはならん。しかしこれだけで戦ってみせよ」

「手足が出たらどうする」

「その場合は戦略すら考えないただのバカだと言っておる。やんわりとな」


 言葉の裏まで理解しているのか怪しい睥睨に、多少なりとも荒っぽくことを治めなければ、賭けごとに精を出す男達に怯える令嬢達にとおかしな空気は収拾がつかなそうだ。


「なら賭けをしよう、ロンブランの坊や」

「ぼ、坊や!?」

「俺が勝ったらその性格を改めろ。身内や身の回りの者に礼儀を尽くせ」

「貴様、自分が勝てると思ってるのか!?」

「話を聞かない返事もしない約束も交わせない奴に負ける気はしないな」


 先ほどから噛みつけられるばかりで会話が成り立たずに辟易もしてるし、本当に負ける気もないので頬に扇子の先を当てながらルガートも睨みつけた。

 カァッと顔を赤く染めた少年はブルースター公爵から受け取った扇子を握り潰し、やや折れたそれを俺に向ける。

 ああ、お詫びに二本扇子を贈ろう……。


「貴様が負けたら、一生外に出られないような傷を負わせて叩きのめしてやる」

「吠えてろ、犬が」


 軽く開く仕草をすると、本当に開いて煽るだけになってしまった。

 すげースムーズに扇子が開いたから逆にビクッとしてしまった。

 扇子にビビる俺、ブハッとどこからかカルドの笑い声が響いた。

 やや覗かせた羞恥を無視して扇子をしまい直し、肩を怒らせる相手は完全に頭に血が昇っているが、問題ない。

 叩きのめせばいいのだろう。


「では始めっ」


 公爵自ら審判をするらしい。

 散開した人垣は空いていても約一〇畳ほどのスペースのみ、対面して反対側には辺境伯が位置取り、カルドも二人が及ばぬ範囲に構えていた。

 これなら被害は少ないだろう。

 突進してきたアレックス、早速拳を振りかざしたのでバカ決定となり、溜め息を吐く。

 いくら何でも周り見えなさすぎではないだろうか、辺境伯の苦労が見え隠れする。

 こうなることは予測済みだった公爵も止めはせずに成り行きを見守るらしい。

 おいおっさん。

 繰り出されるジャブから蹴りに扇子を持つ手で殴るまた蹴る、まあ確かに筋はいい。


 が。


 ——トン。

「今ので死んだな」

「ッ!!?」


 額に軽く突き立てる扇子の強さは別になんてことはない。

 本当に軽く当てただけ。

 面白いくらい飛び退いたアレックスに視線で追いかけ、こちらも反撃を仕掛ける。

 首筋。


「今ので出血多量で死ぬ」

「くっ!」


 腕。


「腱を切ったぞ。腕が使い物にならなくなったな」

「くそ!」


 肩。


「運良く脱臼、下手すりゃ砕けたな」

「ふ、ふざけ……!」


 耳。


「耳が飛んだ。よかったな、これが、真剣じゃなくて」

「……ひっ」


 口端だけで笑ったルガートの説明をようやく理解したのか、遅いと呆れるも追撃は止めない。

 周囲の人垣に向かわせないよう叩く先を変え、アレックスを追いかける。

 今度は目。

 は、流石に当てると危ないので少し上の眉毛に。


「失明だ。一生目が見えないだろうな」

「くそ、クソが!!」


 振り回す手に扇子を当てて弾き返し、アレックスはことの意味を理解し始めてきてはいるが、まだどこか衝動的に見える。


「手、今ので指もぶっ飛んだな。剣は持てまい」

「っ、」


 子供の足が止まる。

 見開いた瞳孔はルガートから離れないのに、その手足は震えが表れていた。

 今更遅い。

 一気に距離を詰めて扇子を真横に薙ぐ。


「何を呑気に突っ立ってるんだ? 辺境伯の息子。魔物だったら待ってはくれないぞ? オラ喉!! 呼吸が出来ないで死ぬぞ!!」

「ひいっ!?」

「何でそんなに偉そうにしてる? 親の成果はお前の成果じゃねえぞ! 積み上げてきた物の重さも分からずにテメエは人を傷付けるのか!? 足を砕かれれば逃げられないぞ!?」


 軽く膝を扇子で引っ掛け上げただけなのに盛大にすっ転び、それでも手を使って逃げようとする。

 情けなく思うがしかし、ここで同情などする気もない。

 根底が覆るなら儲けだが、無駄と思っても声を張り上げた。


「お前が今必要なのは善悪の認知! 誰であろうと相手の話を聞く! 基本の挨拶!! 今のまま生きるならテメエの末路は孤立一線!!」

「ぐっ!?」


 肩を足蹴にして床に転がし、扇子を撫でるように首筋に添えた。

 踏みつける胸部も圧迫しているので呼吸もできまい。


「心臓ひと刺し、首を跳ねてさようならだ」

「……」


 パクパクと呼吸すら見失ったアレックスは白目を向いて失神した。

 最後は殺気も含ませたから当てられたのだろう、周囲も静まり返って息を飲む音がやけに響いていた。

 肩を竦めながら立ち上がり、手を叩いて空気を入れ替える。


「親父! この賭けは無効だ! 閣下とだけで話をつけろ!」

「せめて三分の一は残せ!」

「これで美味い酒買うんだぞ!?」

「無効だっつってんだろ! 人を使いパシリにしやがった正統報酬だこの野郎っ。親父はあとでちょっと話がある(殴らせろ)!」


 ホクホク顔の大人二人に頭の血管が切れたかと思うくらい叫んだ。

 このやり取りでさっきまでの空気が一気に残念なものになり、真っ先にやってきたのはフレインだった。


「ルガート様、お怪我は!」

「ねえよ。負けると思ったのか?」

「一切思いません! ……ですが、先ほどの雰囲気は、少しおそろしかったです」

「……悪い」


 頭を掻いて少し反省する。

 確かに、状況説明はエグかろう。

 他の令嬢も少し気をやって倒れる者が数名いて、メイド達を働かせてしまっていた。

 ジョシュアも遅れてやって来ると、とりあえずその頭を殴った。


「何をするんだ!」

「テメエのも没収だっ。なに参加してやがるんだ」

「アンパイだからな!」

「絶対意味分かってないで言ってんだろ」


 もう一度軽く殴っといた。

ここ、一番の、ベストシーンでした……(カルド)

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