45.不興に一興
「ルガート様! この度はお誕生日おめでとうございますわ!」
「やー、本当に忘れていた顔、傑作だった」
「祝われる年でもないだなんてご冗談がすぎますわ」
「そうですよぅ、わたくし達、まだ同じ年です!」
フレインとジョシュア、ルイリアにティリスフィリスが賑やかにやって来るがまあ言いたい放題。
四人の勢いに引いているのか様子を窺っているのか、他の子供達がルガート達の側に来る素振りは見えない。
一部、いまだ噂を信じていなくもない者の視線を受けるが今更なので寛いでもいいだろう。
「本当に忘れてたんだからいいだろ。だが来てくれてありがとう。いつから知ってたんだ?」
「先月ですわ。お父様から教えていただきまして、ルイリアとティフィーにも教えましたの」
「俺もほとんど同じ。いや隠さなくても気付いてないんだから楽だったな!」
これは弄られるな。
忘れた事実はさくっと忘れることにして、プレゼントはそれぞれ被らないよう相談してましたと笑顔の四人にむず痒くも感謝した。
「ありがたいな。皆これだけの為に来たのか?」
「まあルガート様、お誕生日も立派な催しですわよ?」
「そうです! これだけなんて仰らないでくださぁい」
「お、おお、ありがとう」
二人の令嬢がいつもより圧が強い。
プレゼントは既にメイドに渡して部屋へと運んでもらったらしく、パーティーが終わってから見てくださいと笑う姿にやや引き気味で頷いた。
「ではルガート様、本日は本当におめでとうございますわ!」
「あとが支えておりますし、わたくし達はあとでまた参りますわね!」
「え? ああ、分かった」
何なの?
先に離れたルイリアとティリスフィリスに怪訝に眉を寄せ、ジョシュアも一歩離れて振り返る。
「顔見知り同士だけで固まると、初対面の令息令嬢が少し近寄り難いからな。フレイン嬢、ここはお任せしてもよろしいですか?」
「問題ございませんわ。ジョシュア様もご健闘を願っておりますわ」
「ありがとうございます。じゃあルガート、そういうことで」
「……どういうことだ?」
爽やかな笑顔で立ち去ったジョシュアを見送り、とりあえず近くに来てくれたメイドから飲み物をもらいフレインにも手渡す。
「皆様、お相手も探しに来られておりますから、あまり怒らないでくださいまし」
「怒る理由ないだろ。なるほどな。こういうのも出会いの場なんだな」
「はい。今来られるのはボスティス領の北側に位置するエトラン公爵家の長子ですわ」
さり気なく扇子で口元を隠して教えてくれるフレインに舌を巻く。
足音にこちらに向かってくる二人の姿を確認し、ルガートも少しだけ猫を被る。
「初めまして、ルガート様。私はエトラン公爵が長子ハシェット申します。こちらは妹のカーラ。以後お見知り置きを」
「初めまして、ルガート様。カーラと申しますわ」
「初めまして。本日は出席していただき誠にありがとうございますハシェット様、カーラ様。ゆっくり楽しんでください。立席でお疲れの際は近くの者に申しつけてくだされば近くの休憩室へご案内すると思うので、ご利用なさってください」
「お気遣い感謝する。お時間があれば、あとでお話ししてもよろしいか?」
「構いません。楽しみにしております」
「では」
見送る二人に早くも疲れてきた。
「フレイン嬢……いつもこんな会話してんのか……」
「ルガート様、まだ一組目ですわ。普段の気迫はどちらへ行かれましたの」
「いやー無理ー……」
「ルガート様ったら」
フレインと表情は変えずに声だけは気の抜けた会話が繰り広げられており、きっとカルドがいたら爆笑間違いなしだったろう。
今だけいてほしいと切に思う。
フレインのお陰で順調に紹介と顔合わせが進み、会話もまあそこそこ頑張ったと思いたい。
ほとんどがあとでお話ししましょうね〜と去るが、社交辞令なので気にしなくていいと言われた時は、やっぱ貴族面倒くせえと鼻に皺が寄りかけた。
「貴様がルガート・ボスティスか」
あからさまに剣呑な空気を孕んだ一人、若葉色の髪を揺らす子供が目の前にやって来た。
ルガート達の周囲が若干沈黙する。
なるほど、聞き耳を立ててる人が多いと喉で笑い、瞳孔が開き気味の異様さを放つ少年を正視する。
それでなくとも強烈な登場なので仕方ないと言えば仕方がない。
「アレックス様、ここは祝いの席でございますわよ」
「ふん。女の影に隠れるような男などを祝いに来た訳ではない。自分よりも高位の貴族を側に置き、これ見よがしの見掛け倒しの格好で威圧でもしているつもりか? 情けない」
「フレイン嬢、こいつ誰」
随分と意気込んでいるが、脅威は微塵も感じない。
領地の近所のガキ大将の方がよほど強烈だったなとルガートは早々に地を割ってしまう。
フレインは見たままの表情こそ落ち着いているものの、やや焦った空気を出していた。
「ルガート様……。この方は北西に位置するロンブラン辺境伯のご子息の一人、アレックス様です」
ということは嫡子ではないな。
「よろしくモンブラン様。喧嘩売りに来ても買う気は一切ねえからお帰りいただいて結構。この場が不愉快だと申すなら、出口はあちらだ」
「貴様! 俺を侮辱したな! 辺境伯の息子だぞ!」
「お忙しいのも偉いのもお前のお父上であってお前じゃねえし、先に人を侮辱したのはお前だ。暇つぶしにしちゃ随分と御足労いただいてありがとうございましただが、何しに来たんだ?」
直後に沈黙から漏れる笑い声に驚いた。
視線だけで確認するとルイリア達がいる一角から、更にジョシュアの軽く宥める声が聞こえる。
おおい趣味悪いぞお前ら。
体を震わせいつ逆上してもおかしくない目の前の子供の様子に、一応フレインを背に隠しておいた。
しかし、ルガートの腕を捕まえたフレインは扇子を閉じて前へと進み出る。
「お二方そこまでですわ。ここはお祝いの席ですのよ? アレックス様、祝福の言葉もなしにお相手を罵りにいらしただけならば、わたくしも発言させていただきますわ」
「……チッ。興醒めだ」
足取り荒く人にぶつかりそうな、いや今誰かにぶつかったぞあの野郎。
誰も彼もが避けていく姿に、咬ませ犬感が満載だったなと頭を掻く。
思わず口に出しそうになったが何とか堪え、集まって来た人の波に驚いた。
まだ肩を震わせている一人に呆れた視線を送る。
「おうルイリア嬢、あそこで笑うのはお上品でないぞ」
「申し訳ございませんわ、ルガート様。ですが、喧嘩腰でしたのに労う言葉を混ぜ込むのは卑怯だと思います」
「わざわざ遠いところから来てくれたのは事実なんだから感謝はしとかないといかんだろ」
「だからおかしかったのですよ!」
そういうものか。
「ジョシュアも、もう少し早く止めてやれ。悪目立ちしてたからな」
「いきなりあの展開は予想付かないだろうに! 君のハードルいちいち高いな!」
こちらは相変わらずだった。
「ルガート様、災難でしたね。彼は気性が荒いので有名です」
輪に加わってきたのは先ほど挨拶したばかりのエトラン公爵の長男と長女。
ぶつかったのは彼らか。
「巻き込んで申し訳ないです、ハシェット様、カーラ嬢。とんだ醜態を晒しました」
「どうぞ普段通りで構いません。私はもうこれが地なので些か堅苦しくなりますが」
先ほどの話し方より幼さが表れ、口端を上げてルガートも頷いた。
「じゃ遠慮なく。カーラ嬢も怪我はなかったか?」
「お兄様に庇っていただいたので平気ですわ。しかしあの方、噂は耳にしておりましたが、ここまで酷いと思いませんでしたわ」
首を傾げてフレインを見下ろす。
苦笑して扇子を開き、集まった者しか聞こえないよう声量を落とす。
それでも耳をそばだてる者がいるが、ホールだってそう広くもないのでそちらは目を瞑るルガートとは違い、眉間に溝を僅かに深めるフレインは、視線だけで周囲を牽制していた。
「実はあの方、あの気性の荒さで領地ではかなりの評判らしいのです。傷害沙汰に近い事件も起きて、揉み消されたとか」
「確かか?」
「はい」
「ヤバいな」
「今回こちらにお越しになったのも、おそらく今の行動を広める為かと」
「暇なの?」
「本来であればお父上であられるシュターノル様が諫めるべきなのですが……いらっしゃいましたわ」
なるほど、見事に軍人らしい体格の男が現れる。
既に諫めたあとだが仲裁が遅かった。
眼光も鋭く隙のない男は真っ直ぐこちらへやって来るのか、進む足取りに迷いがない。
屈強がここまで似合う人もなかなかいないだろう。
「ルガート・ボスティスは君かな?」
「はい。初めまして、シュターノル・ロンブラン様。お食事はお済みですか?」
「お気遣いいただかなくて結構。無礼を働いたのはこちらだ。すぐにでも帰る」
「いえ気にしてませんから。うちの料理食べてってください」
「……。なかなか、マイペースな子だね、君は」
「ルガート様の持ち味ですわ」
「ご機嫌麗しゅうブルースター公爵令嬢。場を収めていただき感謝する。止めること叶わず不快な思いをさせてしまい大変申し訳ない」
「いやだから気にしてませんって」
真面目か。
厄介がアップを始めました。




