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44.隠すまでもなく

 翌日、かなーり久し振り、それこそ二年振りに親父と手合わせをしてみたら驚くほど相手にならなくて、開始三〇秒もしないで決着がついた。

 地面に手をつき咽び泣いてる気がする親父を放置し、兄貴も気まずげながらもフォローする。

 ルガートはただただ視線を逸らし威厳を捨てて泣く声を無視しておく。

 見たらあとで口煩いのに、これだけの喧しさに無視しろとは無茶振りもいいとこだ。


「父上、仕方ないです。ルガートは毎日のように稽古をしてましたから」

「わた、私だってなぁ、冒険者の端くれだった頃は、少しだが腕に自信があってなぁ……!」

「分かります。父上も善戦しておられました」

「いや初っ端から剣筋見え見えだったぞ」

「ルガート!」

「ぐううううう!!」


 うっかり突っ込んだ言葉がトドメになってしまった。

 親父の泣き声を聞いた母テレジアが別邸の中からドレスを僅かにたくし上げて飛んできた。


「旦那様! お可哀想に、誰にやられたのですか?」


 いやもう小芝居。


「テレジア、何も聞くな。不甲斐ないがこれは私の鍛錬不足だ。ルガート、これからも励みなさい」

「はーい」

「ルガート! 旦那様に本気出しちゃいけませんとあれほど言ったでしょう!」

「テレジア!? 私初耳だが!?」


 成り行きを見守ったルガートとジミトリアスは噴出をお互いの脇腹をつねり合うことで何とか堪え、母の言葉が今度こそ最後のトドメとなった父マクベスは目から瞬間的に涙が噴き出す。

 見ない振りをするテレジアは膝をつき、マクベスの手を両手で握り締むとにこりと微笑みを向け優しい声音が立ち上がるよう促した。


「さあ旦那様、汗を流しに参りましょう? そのあと、わたくしとデートしてくださいませんか?」

「もちろんだとも。夏用の帽子を買いに行こうか」


 シャキッと立ち上がり謎のキメ顔をかますが、今更格好つけられても涙の跡が若干不格好だ。

 流れる手つきが今にも踊り出すのではと心配を他所に、両親は今にもキスしそうな至近距離で見つめ合う。


「まあ、プレゼントはよろしいのです。旦那様と一緒にいられるだけで幸せですから」

「私のプレゼントは受け取れないのかい? 愛しい人」

「まあ」

「余所でやれい」


 仲がいいのは大変結構だが、息子ガン無視の親の睦まじさを見せつけられるのは少々居た堪れない。

 寄り添いながら行ってしまった二人を見送り、ジミトリアスと二人苦笑する。


「四人目に金貨二枚」

「双子に金貨三枚」

「双子か! 大きく出たな」

「どっちにしろ四人目ができるって違和感なく話す俺らが可哀想だわ。賭けとか意味ないだろもうコレ」

「不仲の貴族よりは平和だな」

「まあな」


 貴族には珍しく大恋愛の結婚だったと聞く、いつまで経ってもゆるふわの両親。

 笑って今日はジミトリアスに付き合うかと考えたが、その本人から今日はゆっくりしてろとのお達しにケインと部屋で読書に耽ることにした。

 昼は部屋で食べるとメイドがすべて用意してくれて、兄もルガート達と一緒に食事を楽しみ、先日買ったばかりの本の進み具合を尋ねられる。


「流し読みで見てたから残り一冊で終わる。あとでまた熟読する予定」

「ぼくももうよみおわりました!」

「ケイン速すぎないかな? 明日また買いに行くかい?」

「としょかんの本がよみたいです!」

「じゃ、明日は図書館行くか」

「俺も行こう」

「わーい」


 だが、その和やかさは両親がデートから帰ってくると一変して別邸内が賑やかになる。

 朝からずっとメイドや執事達の動き回る気配はしていたが、花を新しく生け直したり昼食が終わってもいい匂いが漂ってたりと、より忙しく慌ただしく、しかし走り回らないという動きはかえって尊敬してしまう。

 彼らに尋ねるのは流石に止めておき、腕にぶら下がって遊ぶケインをそのまま、誰か来客があるのかとジミトリアスに話を尋ねた。


「そう聞いてる。俺達もあとで着替えなさいと言われているから、風呂に入ってきたらどうだ」


 フレインの件もあるので、もしかしたらブルースター公爵が来るかもしれないと頷いてケインを回しながら風呂に向かう。

 寝る前ではないのでさらっと入るだけでいいかとタオルはメイドに任せ、ルガートも簡単に済ませた。

 仕立てたばかりの服も届いてまだ新品の匂いがする服に袖を通し、違和感がないか確認。

 不備がないか見てもらえば準備は完了と思われたところで、メイドがソワソワと手にする容器を見せながら視線が頭上に向けられる。


「髪はいかがいたしましょうか」

「適当でいいぞ?」

「では、上げさせていただきます!」


 ワックスのようなもので後ろへ流された軽めのオールバックに、元々短い髪だが少しおでこが涼しい。

 眼帯をつけ直され鏡で見ると印象が更に厳つくなった。

 まだ子供の年齢だが、大丈夫かこれ、堅気に見えてるかこれ。


「お似合いでございます坊っちゃま!」

「あ、ああ、ありがとう」


 満足げにいい仕事を遂げたと言わんばかりのメイドの笑顔に、今更下ろしたいと言えない。

 部屋を出ると、ちょうどこちらに向かってくるケインのタックルを受け止める。

 ケインも少しだけお洒落な様相になっていた。


「にいさま、かっこいいですね!」

「そうか?」

「あらあらしいです!」

「ケイン、それ褒めてくれてるのか?」


 どうやら本気で褒めてるので複雑な感情はひとまず引っ込め、ジミトリアスの部屋に向かうとこちらも準備が整ったようだ。

 こちらに来ようとしていたタイミングでドアを開けたみたいで、笑う立ち姿はルガートよりもスマートな振る舞いに少し苦笑する。


「おお、(いかめ)しくしてもらったようだな」

「相手威圧しないか? 大丈夫か? これ」

「問題ないだろう。よく似合っている。お客様ももう来ているはずだから、そろそろ向かおうな」


 談話室ではなくどうやら別邸で一番広い大ホールへと歩いて行く。

 かなり小規模の大きさだが、それなりの人数が来ていると予測し、本当に誰が来るのかと疑問が浮かぶばかり。

 開かれていたドアから漏れる声は賑やかなもので、顔を覗かせた先ではなんてことはない、見慣れた面々の集まりだった。

 まあちらほらと知らない顔もあるが、おおよそ顔見知り。

 こちらに気付いたジョシュアが手を上げていた。


「お前達も来てたのか」

「君は……本当にアレだなぁ……」

「あ?」


 意図が掴めずやや小馬鹿にしていなくもないジョシュアを胡乱げに見下ろす。

 集まりを見るからに、ただの夜会だと思っていたルガートは肩を竦める少年から背中を軽く叩かれた。


「まあすぐ分かる。話はあとでいくらでもできるから、先にあっちに行った方がいい」

「ん?」


 手招きしている父と側にブルースター公爵の姿。

 嫌な予感がしなくもない。

 顔には出さずにそちらへと足を向け、明らかに何か企んでいますと言わんばかりに笑う二人の大人に、ますます怪訝な気持ちで目が半眼になった。

 また賭けてるか?


「ここまで気付かないともう楽しくて仕方なくなるな」

「流石に今年からは印象を受けるだろう」

「何の話だよ?」

「皆様、遠路遥々、本日は彼の為にお集まりいただき、誠にありがとうございます! 我が息子の誕生日にこれほどの方々がお集まりいただけたことは得難い幸運。大変嬉しく存じます」

「……」


 俺の誕生日!!


 公爵の横に震える影が見え、確認したらやはりカルドだった。

 相変わらず残念な人だなこの人。


「では好きに寛いで、楽しんでいただきたい。ルガート、お前からも一言言いなさい」


 急に振んじゃねえよ親父! 何も考えてねえよ!


「……祝われる年でもないですが、これほどの人に集まっていただけて心からお礼申し上げます。親交のある人達、初めての方も、これから融和を育んでいけたら幸いです。この度は急な招待かとは思いましたが、お集まりいただき本当にありがとうございます。ゆっくり楽しんでください」


 疎だが、案外しっかりした拍手をもらい、近くにいる者同士でゆるい会話が始まるのを見届けると、ドッと疲れた。

 後ろでは父と公爵が今のルガートを見た感想を言い合っていた。


「まずまずだな」

「四〇点だろ」

「もう素材は提供しねー」

「うむ、及第点でよかろう!」

「ぶっふー!!」


 カルドがいればシリアスも台無しだ。

 こちらへやってくる集団に疲れた顔を向けるといつもの面々に、少し肩の力が抜けた。

一通り挨拶が終わればケインは寝る時間。


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