43.王太子殿下
「先のブルースター公爵領での一件、あれは本当か」
今にも斬りかからん眼光で思わず剣もないのに確認しそうになってしまい、不敬に当たると泳いだ手を頭に持っていく。
一件と言われたが思い当たる節が多すぎた。
「どの件でしょう」
「魔獣との戦闘だ。ほぼ一人で掃討したと聞く」
「公爵様の部隊にも頑張っていただいていました。俺一人での功績ではありません」
「ふ。ほぼ一撃でとどめを刺したと報告を受けたが? こちらに対する圧力でもかけたつもりか?」
「何を仰っておられるのか理解しかねます」
「たかだか侯爵家の次男が、多少腕が立つからとこれ見よがしに高慢な振る舞いは目に余る。身の程を弁えよ。用件はそれだけだ」
いや聞けよ人の話。
それから勘違いすんなよ、ただ魔物倒しただけだろ、何で政治的関与を疑われるんだよ。
……言いたいことを漏れなく飲み込み、胸に手を当て頭を下げた。
「愚昧の振る舞い、大変申し訳ありませんでした。御忠言、感謝いたします」
「……」
「?」
「……、……目は、見えるのか」
「は?」
「その瘢痕、見えているのか」
厳しさをそのままに様子の変わった表情は右目に注視し、手は固く握りすぎているのか、震えていた。
「支障なく。これは家族が大袈裟にしただけです」
「見えているのだな」
「ですからそう言ってます」
「……愚妹の代わりに非礼を詫びる。アレは少々、常識を逸脱していてな。すまなかった」
いきなり、ドッと疲れを見せるイルガゲートの表情に驚いた。
そして背筋が戦慄く。
「殿下、人払いをしていようが王族が謝るものではありません、どうぞお止めください。誰が見ているとも限らないのに」
「そこにいる者のどこに脅威がある」
ちらりと流し見たのはケインと衛兵。
本に集中してくれているのは幸いだ。
絶対に見ていたら後々頭を悩ませていた。
「問題は殿下が謝るという事実が脅威です。ましてこれは、貴方が代わる問題でもない。貴方は謝ってはいけない存在です」
「ふ。お前には、言いたいことがあとから出てばかりだな」
顔色が悪い様を隠すように顔を覆い隠し、深い溜め息のあと喉を絞って鳴らして笑っていた。
「とにかく不要です。……お疲れなんでは?」
「それを言うとでも?」
こいつはいけない。
頭を抱えたのは一瞬。
手近な椅子を二つ引き、座るよう促す前に自分から座ってくれた。
ルガートの意図に気付いている訳ではないが、念の為、先に断りを入れておく。
「今から貴方に魔法を使います。驚くほど無害な奴なので、もし護衛がいるなら俺に攻撃しないよう指示してくれると助かります」
「私が許すとでも?」
「見るからに疲れている奴は放っておきたくねえんだよ、話進まねえだろ」
「不敬な奴だな。何をするのか話せ」
その間、手を挙げたイルガゲートは見えない護衛に指示したのだろう、続きを促す紫紺の瞳に頷き手のひらの上で水球を作り出す。
恐る恐る出現させたつもりだったが、いつもよりはっきりピタッと現れて俺が驚いた。
「これを殿下の目元に置きます。濡れる訳じゃないし、目元の疲労に軽い効果があるだけの代物です」
「奇怪な魔法だな。初めて見る」
「ものは保証します。目を閉じて……あ、まだ時間あります?」
「融通してやる。これでいいか」
「……」
素直ー!
王族素直ーーー!!
いかんだろ! 簡単に目を閉じちゃダメだろ!
ダメだ、薄々感じてたがやっぱりこの人ヴァスと同じ匂いがするぞ!
俺が言うのもなんだけどもっ! 危機感!
『対象固定、温度過程固定、使用時間五分。第三者による複製不可、使用後霧散開放。使用者の希望時出現設定』
座った状態では落ちるか心配したが、操作がしっかりした今もブレずにイルガゲートの目元に留っている水球に、ふむと顎に手を寄せて様子を眺めた。
「使用時間は五分です。書類仕事のあとや寝る前にやるのがオススメなんで、ホットアイマスクと言えば目元にまた出現します」
「お前はいつもこういう魔法を考えているのか?」
「今は光と闇の魔法を勉強してるんで、ゆくゆくは重力魔法とか使って魔物を楽に運びたいですね」
「……く」
口元を押さえ、堪えているようだがこれは、笑ったのだろうか。
一瞬だったので判断ができないまま手が離れる。
揺れても座った体勢から落ちる心配のなさそうな水球を見て、もれなく利用する面々にも伝えようと経過観察を終えて椅子に座り直した。
「……ルガート・ボスティス。魔獣はどうやって倒した」
暇だもんな。
何だかんだ名前は聞いてても初対面の相手だ、沈黙が気まずいのかもと話に乗っかる。
「報告はどのように伝わってますか」
「緊急の為、現れた魔獣三体はその場で討伐、魔獣化に集まった魔物約三〇体も滞りなく殲滅。緊急性を懸念し、公爵は魔士としてボスティス家の次男に事前に要請。簡単にまとめるとこんなものだ」
がっつりと名前を出されていたのは驚きだが、先ほどの苛烈な気配は形を潜める姿に寛いでいるのかと頭を掻く。
この人は、怒りに身を任せると直線的ではあるが悪い奴ではないのだろうな。
「一体目の魔獣は四つ足で突進してきたので攻撃される直前、鼻先に水に混ぜていた激辛粉末を揮発させたんです。もんどりうってるその下から斬り込んで怯んだ隙に脇から抜け出たら、強化魔法てんこ盛りで首に一撃して、二体目は仁王立ちで応戦してきたから後ろ足を掴んで軸にもう片足を払い除けて、その身重で氷魔法を地面から突き立てて絶命させました」
「激辛粉末というのは」
「たまに手に入る香辛料です。料理に使うとピリ辛で美味いんですが、害獣などにも効くので粉末にして持って行ってました」
「たまにしか手に入らないものでよく賄えたな」
「我が家の食事事情は割りとえぐいので、大量発注の賜物です」
「……く」
「……殿下、笑うならちゃんと笑えよ」
「笑ってなどおらん」
と、ここでホットアイマスクが霧散した。
再び経過観察とイルガゲートの目元を見ると、ある程度はすっきり引き締まった様子に頷く。
「目を開けたまま使えんのか」
「そういう形状にもできるけど、目が疲れてるからやるんであっておすすめはしないな。確か猫耳とかあったな」
水球の形状を変えて目元を少し空け、上部分に三角の突起をつける。
無表情でそれを付けろと? と目の前からの不穏な気配にだから言ったろと声には出さずに肩を竦める。
「報酬は」
「え? 何で?」
「いらんのか」
「いらねぇだろ、これくらいで。むしろこれで作業効率上がるなら魔力に底が無かったら商品化してぇくらいなのに。というか、他に不調があるなら今の内に言ってくれ」
商品の件でまた笑っていたけど見なかったことにして話を聞き、しかし浮かばないのか、しばらく思案顔。
「不調……突然言われてもな……」
「睡眠不足、体調不良、ストレス、ものによってはこういう魔法より食事を改める方法が最善の時もある」
「愚妹の性格を矯正できるか」
「すみません、二度と会いたくない事案です」
座った姿勢から素早く九〇度に頭を下げた。
それくらいには自身の中でトラウマになっている。
「そうか。重ね重ね……」
「殿下」
「ここは非公式だ。私の振る舞いなど誰も見ていない。いいな」
視線は後ろに。
衛兵に言質を取らせるのは卑怯だろと恨めしく後ろを見ると、軽く微笑するがその顔色はかなり悪い。
ケインはまだ本に夢中になっていた。
「では思いついたら遣いを送る。どうせ領地にいるのだろう?」
「あと一〇日くらいは王都にいる予定です」
「なるほど。ではその間に連絡する。呼んだらすぐ来い」
「ご命令とアラバ……」
マジかー……。
来いと言うことは、王城にかー。
反射で答えたが早くも後悔しそうだ。
颯爽と行ってしまったイルガゲートを見送り、衛兵に大丈夫か尋ねるとチビりそうだったと細く息を吐く割りに平気そうだった。
そしてケインは最後まで気付かないまま本に集中し、昼寝の時間まで気もそぞろにすごした。
「災難だったな」
「そうでもねぇかな。……案外話の分かる奴だった気がする」
「そういうのはお前くらいだろうな」
「しかし殿下の要請となれば話は別だな。テレジア、服はどうなってる?」
「仕上がり次第、送ってもらうように伝えましたが、明日までですと二着しかございませんわ、旦那様」
「一着は王城に向かう用にしておけば十分だろう」
談話室で夕食後のはずなのに、作戦会議のようになってしまっている。
寛ぎ空間どこいった。
「流石に今日明日では招集されないだろ」
「ルガート、そうならないのが世の常だ」
いや分かるけどさ。
上司に振り回される父や兄貴を見ていれば少しだけでも現実逃避がしたくなるというもの。
あと、お袋が一体何着の服を作るよう頼んだのかめちゃくちゃ気になって仕方ない。
でき上がり次第って、二着で十分だろ、計何着届くんだよ。
「兄貴、殿下って意外と笑い上戸だろ」
「初耳だしお前の感性怖い。本当に殿下と何話したんだよお前は」
「黙秘する」
ここは最後まで沈黙を貫くのだった。
ルガートの予想通り、ジミトリアスから家族で来たと聞いた途端に城を抜けてきました。




