42.王立図書館
結局、二人に目的を聞くのを忘れたがまた会う素振りは隠されていなかったので、後日聞こうと手元の本に集中し始める。
「待たせた、ルガート」
「おお……ケインも買ったな……」
四分の一は読み進めた辺りで顔を上げると、上機嫌な顔でケインは二冊を持ち、ルガートと同量を抱えるジミトリアスは自分の分もあると言うが、半分だとしても結構な量だった。
ちょっと理解し難いタイトルに、普通の小説まであるから分からない。
どっちがどっちのだ。
「というか、ケインの勉強は大丈夫なのか? まさかここまで伸びてると思わなかったぞ。もう家庭教師つけた方がいい気がしてきた」
「まだいいだろ。今だけ興味のある分野に手を出してた方が伸びるんじゃねえ?」
「たまにお前は何歳だったか忘れるぞ」
「忘れていいぞ」
俺だってたまに忘れてるから。
荷物が荷物なので今日のところは家に帰るかとルガートはジミトリアスの分もまとめて引き受け、二人の間にケインを挟み、帰路に着く。
途中、先ほどフレイン達に会ったことを告げると、なぜかもの凄く殴りたくなるニヤニヤ顔で話を逸らされてつい足が出た。
ちゃんとケインは避けたので、かなり高い位置で蹴り付けた。
「まあ後々分かるさ」
「ったく。訳分からん」
談話室では昼間から甘い言葉を囁きあっている両親にジミトリアスと二人で複雑な顔で視線を交わし、彼の部屋へと三人で向かう。
ソファーに座るとケインが足の間に来ようとしたので二人の靴を脱ぎ、アームレストにルガートが背を預けケインの前にクッションを置いて調整し、その上に読みたい本を載せたら反転した弟の顔が笑顔でお礼を告げてきた。
うちの弟ちょう可愛い。
ルガートも自分の読みたい本を背凭れに肘をかけると若干窮屈そうに見始める。
対面にいるジミトリアスは普通に座ってにっこにっこと二人の様子に満面の笑顔だ。
「何だ、お前達、行儀が悪いぞ」
輝く笑顔だ。
「嗜める顔じゃねえ……」
「にいさまたのしいの?」
純粋な弟からの瞳にも負けない兄は大真面目な顔で頷いてみせる。
「ああ楽しいぞ、この上なく!」
「本見るんじゃねえのかよ」
「勿体ないからしばらくあとでにする! 二人は読んでなさい」
久々のブラコン発動だった。
集中するとおんなじ顔で読み耽るルガートとケインを眺め愛でながら、ジミトリアスは一人お茶を楽しんで、別邸にいるメイドも楽しそうにお茶のお代わりや軽めのおやつに忙しくする。
夕食前、一冊読み終えたルガートはまだ読み進めるケインの頭を撫でて意識を向けさせると、きょとんとした顔が見上げてきた。
ルガートはある程度は気を割けるが、ケインは誰かが止めないとずっと齧り付いてしまうのでこの頃から寝食を忘れる読み方は誰も望んでいない。
「晩飯の時間だ。続きは明日な」
「はい、にいさま」
「はあ……有意義な時間だった……」
夕食も家族で花が咲いて賑やかになりながら、今日も和やかに一日を終える。
「にいさま、いっしょにねたいです」
「いいぞー。風呂もまとめて入るか」
「ずるいぞルガート! 俺も入るぞ!」
「狭えよ却下だ。実家帰ってからにしろ」
ただの風呂なので先にケインを洗い、背中を洗うと楽しそうにはしゃぐケインに任せてルガートも全身を洗って風呂に入る。
溺れないよう支えながら本の内容がどんなだったか聞き、のぼせる前に上がるとやはり湯上りの感覚が温泉とは違う物足りなさ。
学園に入ったら温泉ホームシックになりそうだな。
タオルで拭いてやろうとしたら、なぜかジミトリアスが笑顔全開でドアの側にいた。
「ケイン、さあ来なさい!」
「はあい!」
タオルを持ったジミトリアスに突進した様子から、これは一度や二度ではないなと笑って自分の体の水滴を拭いていく。
頭にタオルを引っ掛けて、先に風呂に入ったジミトリアスも寝る準備は万端らしい、次に出る言葉が容易に想像できた。
「さあ寝るぞ!」
「ですよねー」
王都に来て三日目。
さて今日はどうするかと昨日購入した本の山に埋もれるのも悪くないが、王立図書館も行ってみたい。
庭で久し振りに兄との稽古をしながら考えていると、鋭い突きが顔面に繰り出され、横に体を逸らす。
「考え事とは余裕だな!」
「兄貴、今日の予定はどうなってる?」
「父上と王城へ向かう! お前は、図書館にでも行ってきたらどうだ!」
「あ、じゃあそれでいいか」
早くも決まった予定に木刀を弾き返し、素早く切り込みその首寸前で手を止めた。
顔の皺を中心に寄せ、ジミトリアスは悔しげな表情のまま大きく息を吐き手を上げ降参した。
「勝ちー」
「くそー。また早くなって……。これでも足が悪いんだから手加減しなさい!」
「足が悪くてその動きは軽く卑怯だと思うけどな」
たまに治ってるんじゃと言いたくなる動きにはヒヤリとする。
教える者が同じだから癖も似通っていた。
「やれやれまったく」
「にいさまたちかっこいい!」
ケインも来年辺りからでも稽古をつけるかと考えながら汗を拭い、図書館に行くか尋ねると、全力キラッキラの瞳で見上げてくる。
丸い頭を撫で回す弟の先ほどの目は、兄がブラコンを発動した時とまったく同じ顔なものだから我慢ならずに噴き出し、ツボに嵌った。
「軽く汗流してくるから準備してろ」
「やったー!」
「俺達はおそらく帰ってくるのは夕方辺りになるから、誰か一人付けて行け」
「えー……」
「ここは領地じゃないからな。完全に安全の保障もできないんだ。我慢しなさい」
「分かった。多分、昼寝の時間に合わせて戻る」
「そうしなさい」
ケインも知的好奇心の欲求には忠実だが、まだまだ育ち盛りの小さな子供だ。
今回はあまり熱中しないように抑えめで予定を組み込み、暇そうにしていた衛兵の一人を捕まえて図書館へと向かった。
「坊っちゃん、お昼のお戻りでいいのですか?」
「ああ。ケインも昨日ずっと起きてたからな。今日はのんびりさせた方がいい」
「かしこまりました。では、時間に合わせてお声がけしますので、気兼ねせず楽しんでください」
「それだと疲れるだろ」
「坊っちゃん、仕事の範疇ですからね」
「そうか?」
遠慮せず本を読めと最終的に説き伏せられてケインも全開に笑う。
到着した図書館はかなり広く、内観もデッドスペースをふんだん活用でそこかしこに椅子が用意されている。
三階建て丸ごとの蔵書を見て、衛兵との先ほどの会話もふっ飛びルガートも目の色を変えた。
階数は本屋より少ないと思うが、その奥行きの広さは一般基準の博物館並みにあると言っていい。
これで三階分も?
受付に本の位置を教えてもらい、ケインには静かにするよう言いながら両手で口元を隠して首を傾げた仕草に、受付の人も微笑んでいた。
うちの弟可愛いだろう。
側を離れずにいてくれる衛兵のお陰で時間を気にしなくていいのも助かり、テーブルの一角に腰を下ろし、隣にケインを座らせて本を見やすくさせる。
本を立てかける道具とか作った方がいいかと考えたが、すぐに思考は本に集中した。
「ルガート様、失礼いたします。……こちらへ、あの、間違いでなければ、王太子殿下がお見えになっております」
「っ」
いつもよりかしこまった衛兵の言葉遣いと内容にすぐに気を戻したルガートが顔を上げると、こちらへ近付いてくる人物に素早く立ち上がり、顔に力が入る。
「ケインを頼む」
「は」
淡いハチミツ色の長い髪を結え左肩に流し、王族の証となる紫紺の瞳は図書館からこぼれる窓明かりで不気味なほど色味が深まり妖しく輝いている。
歳は兄のジミトリアスと同じと言っていたので、今年で十六のはず。
こちらに向かってくる足は淀みがない。
ここに来るとどこからか聞いたのか。
……兄貴か?
「ルガート・ボスティスで間違いないな?」
「はい。イルガゲート王太子殿下におかれましては……」
「よい。ここへは私用で来ている。挨拶は不要で構わん。頭も上げろ」
「お気遣い痛み入ります」
人払いでもしていたのか、図書館内の音があまりにも静かで、背筋がひやりとした。
なんだかんだ言ってルガートも魔法を前にすると同じようになります。




