40.王都へ
あっという間にひと月が経った。
「まさか全員行くとは……」
そう、全て調整し終えた結果、なんと一家総出で王都に向かうこととなった。
父はまだ仕事もあるので分からなくもないが、母はいいのだろうか、領地を抜けるまでかなり切実な声で惜しまれてたが。
「旦那様との久し振りの遠出ですもの。頑張っちゃったわ」
可愛らしく言うが少し先を不安に思わなくもない。
しかし頑張っちゃったのなら仕方がない。
ガレッソからは留守はお任せくださいと穏やかに見送られた。
護衛に釘を刺すのも忘れず。
中でも楽しそうな声がしていたが、馬車の窓からケインが丸い目を更に大きくさせながら顔を出してくる。
「にいさまだいじょうぶですか?」
「問題ない。平和なもんだぞ」
ルガートは一人愛馬に乗って護衛の隊列に加わっていた。
肝心要の衛兵達からは馬車へ!! と何度も懇願されたが返事もそぞろに呑気にウィンディアの背にいる。
「彼らにも仕事はさせなさい」
「分かってる。フォローするだけだ」
「やれやれまったく、誰に似たのやら」
「風邪引くからそろそろ窓閉めてろよ。町まではまだあるんだから」
「にいさまともおはなししたいです!」
「ほらほらケイン。あまりはしゃいでは酔ってしまいますよ」
王都までの道のりは馬車でゆっくり行って約五、六日。
ここで地図をさらってみよう。
まずこのユエンリーナ王国の全体図はぼんやり四角形に近いが、土地柄的には割りと大きなものだ。
ぴったり当てはめるなら、フランスやスペイン、ルーマニアなどに近い大きさと推測している。
北側のほぼ中心に大きく土地を持つのがブルースター公爵領。
ちなみにそのすぐ隣の東側がザバルト伯爵領。
国の西南に一際大きく土地を持つのがグリフィア公爵領。
王都から真東の端にある土地がエトラン公爵領。
この領地の真下がボスティス領で、更にその下が驚きのノースタックス伯爵領、実はお隣さんだった。
ジョシュアは今では日帰り気分で近くの町か村へ温泉に入りに来ているらしい。
ブルースター領の南端とエトラン領の西端に挟まれるモール伯爵領が小さな土地である。
何気なくだが、今まで活動していたのは王都からほぼ東側に集中していた。
狙っていたわけではないので、本当にただの偶然である。
(一番遠いのは“竜の籠”だが、ザバルト伯爵が毎度理由を付けては泊めてくれるから申し訳ねぇんだよな)
そこは父の計らいがあるが今もまったく気付かないルガート。
ブルースター公爵も気軽に呼び付けるのであちこち移動している節はある。
(この先の魔力は、文献を見るまで安易に使用しない方がいいか)
右手を握りながら操作性は格段に上がったが使い慣れずになんて理由で下手に暴走するのも怖い。
ここは大人しくしているかとウィンディアは時折こちらを気にしているが、今日は馬車に合わせての行程だ。
走らなくてもいいと首を撫でながら話しかけてのんびりしてもらう。
「坊っちゃん、本当に危なくなったら待機しててくださいよ〜?」
「大丈夫だって。もう何回目だよ」
「一〇回超えてから数えるのは諦めました」
「お、おう、悪いな」
今回の件ではなく、今までのやり取りの合計数を踏まえた会話に薮蛇だったと苦笑する。
意外と多かったし数えられていたことに驚いたルガートは素直に謝り、これは本当に大人しくしていようと緩く頷くだけにした。
「本来なら坊っちゃんも馬車の中に入ってもらって優雅にお運びしたかったのに!」
「いや狭いだろ?」
「坊っちゃん達が並ばれても快適なよう工夫しておりましたよ!」
「ケインも寝るだろうし」
「クッションの中へ体を預けれる安心設計です! もちろん、ジミトリアス様とルガート様もちゃんと仮眠できる角度で調整済みでした!」
「え、何それ怖」
「坊っちゃん!! なぜ怖がるんですか!!」
熱意?
割りと似たような感じの人達を最近よく見かけているものの、慣れないしやっぱり引く自分がいる。
あの熱意はどこから来るのだろう。
護衛兵の人らと話をしてるとあっという間に一日目に泊まる町へと到着する。
王都は国の中心部にある為、外周領地の者達からすれば中央にあるだけかなり助かる。
これが端から端の距離だとうんざりしていただろう。
特にトラブルもなく初の遠出にケインも具合を悪くさせる素振りも見せずに、その後も順調に王都入りを果たした。
到着した緑生い茂る別邸は掃除が行き届いていて、換気したばかりなのか、中の空気が涼やかだった。
領地の屋敷より二回り小さいが、それでも客を十分にもてなせる部屋数はやはり侯爵の身分の高さもあるのだろう。
「え、気持ち悪くないか?」
「他は仮面になるぞ?」
「大人しくこれにする」
別邸に来て早々に手渡されたのは黒い眼帯。
押し問答にもならずにあっさり決めたのは、ルガートの目元の傷についてだ。
今でこそ家族らは見慣れたものでも、学園にも上がるし王都の繊細なご令嬢達には刺激が強すぎるかも知れないと語る父と兄。
確かに、見られるたびに威圧させては堪ったものではないと初めて会った時、怯えた顔のルイリアとティリスフィリスを思い出す。
少しはみ出ているが許容範囲の傷を隠す眼帯は、視野が無くならないようにしてくれたのか、目の部分はくり抜いてある。
マジックテープなどはないのでぴったり調整はしにくいが、母に蝶々結びで縛られたそれに厳つい印象が更に厳つくなった気がした。
「ルガート、慣れないでしょうから、最初は周りの景色を見ながら歩いてみなさい」
「慣れんの? これ」
「ええ、危ないのは急に振り向いたりすることね。視点が定まらないと転びますからね」
「分かった」
慣れるまで時間かかるかもしれないな。
ケインに手を引かれながら白を基調とした清潔感ある別邸内の探検に向かう。
そういえばここには温泉がないのだと風呂場を見た瞬間ションとなってしまった。
一日の楽しみの一つを奪われた。
それから、王都にいる間は一人行動は絶対に禁止とされ、そこでもまだションとなる。
なぜなのか父に尋ねたら、とりあえずなんか危なそう……とか……人を珍獣扱いするなとウィンディア達を洗って、その日は一日潰れた。
「……何これ」
「あらルガート、せっかく王都に来たのだもの。お仕立てさせてほしいわ」
ほのぼの笑う母は嬉しそうな顔でニコニコしている。
王都にいる間は全員のわがままに付き合うと約束していたので下手に断るのもできず、全身を採寸されるが、これは作られるのだろうと頭が下がる。
ここぞとばかりに来るのだな。
「まだまだ育ち盛りね。服がキツくなる前にちゃんと言いなさい?」
「分かった」
午前はこれだけで時間が潰れ、午後になってようやく体が空いた。
採寸が終わった瞬間に逃げようとしたら、色も決めましょうねと微笑みのまま首根っこを捕まえられてあえなく失敗。
そうなると小物や靴や帽子やと……疲れた。
「母上もあまり構ってやれてないから嬉しいのだろう。そう邪険にするな」
「してねえよ。ベタベタと体を触られるのが好きじゃねえだけだ」
「……ルガート? 採寸でお前を担当した者の特徴を覚えてるかい?」
「は? あー……? 名前忘れた。女の人で茶髪で黒眼だった気がする」
「分かった。よくよく厳重注意しておこう」
「兄貴、服に派手さは求めてねえぞ?」
「ああ。服に注文はつけないさ」
昼食後、少し休んでからケインとジミトリアスを連れて向かったのは王都で一番の本屋。
王立図書館は王家御用達で管理は国が行なっている上、夕方五時と早目に閉まってしまう。
本屋もあまり大差はないが、目的である魔法の文献は新理論やら開発・変更があった場合は出版物となる為、買い付けに来る者はなかなか多い。
ルガートのように日常的に魔法に触れている者でなくとも、興味本位で購入する者は意外と多く、少しミーハーなのか? とも思うが、実際きちんと訓練している者は一握りだろう。
ゆっくり見て来いとジミトリアスと少しへばっているケインは近くのベンチで休憩する姿に頷き、先に本屋のドアをくぐる。
「いらっひゃいませ!」
(……噛んだ)
衛兵達もガレッソ仕込みなので、そこそこ強い。
ルガートが奔放すぎて毎度泣かされていました。




