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04.※兄視点

※ジミトリアス視点です。読み飛ばしても支障はございません。

「ジミトリアス、君の弟は何て名前だったかな?」

「ルガートと申します、殿下」

「そうか。この編成や私が指揮を振るうというのも、君の弟の発案か」

「……」


 低く落とした声にヒヤリと首筋が冷たくなる。

 映えあるユエンリーナ国を治める現国王カレフスタット陛下の嫡男にして第一王子、イルガゲート王太子殿下。

 はちみつ色の髪が室内の明かりで日の下のいる時よりも僅かに色味が落ち、その紫紺の瞳が鋭さを抑えながら側近補佐を務めるジミトリアスをひと睨みする。

 精悍な顔立ちながらまだ幼さを残しているその姿は中性的なバランスを残しつつ、威厳ある王家の瞳はやや怒気を含んでいた。

 敵対視ともいえる。

 ジミトリアスは沈黙で応えながら頭を下げると、面白くない、と鼻で笑うイルガゲートは遠征用にまとめた書類を一纏めにして脇に寄せる。

 案が通らないと口を開きかけたが。


「出発は来週だ。準備を怠るな」


 不備はない。

 やや底意地の悪さを見せたものの、判を押した手元を見つめ、静かに書類を手元に引き寄せる。


「了承いたしました」

「弟に伝えろ。浅学の身へのご助言、大変痛み入るとな」

「……畏まりました」


 イルガゲートの執務室をあとにしてからしばらく、笑みを浮かべていたはずのジミトリアスの目は、笑っていなかった。

 領地までの往復距離を考えれば、無茶をしなければならない日程にますます口端が上がるし足が自然と速まっていた。

 御者と馬には無理をさせる。

 王都から御者と交代しながら馬も交換して夜通し走り、屋敷に到着するなり真っ先に向かったのは、夜中だというのに灯りのついている弟の部屋。


「ルガート!!」

「ぬお!? 兄貴、人にノックしろって言っといて……」

「何か癒しグッズ出してくれ!」

「女子か」


 書き物をしていた呆れた顔のルガートは室内を見回しつつジミトリアスにソファーを勧め、すぐに戻ると一度部屋を後にした弟が夜食と一緒に戻ってきたその手には、握り込める大きさの袋状の何か。

 ソファーに座りながら投げて寄越すぞんざいさに今は注意も出来ないほど疲れていたジミトリアスは、素直に手を出し受け取るのだった。


「ほれ」

「?」

「握ってみると分かる」

「……! 何だこれは」

「御所望の癒しグッズだよ。しばらく揉んでろ」


 またテーブルに広げていたノートと格闘し始めたルガートの手元を覗く。

 ケインが飽きないようにと勉強問題を用意していた。

 寝ないと大きくならないぞと言いたいが、既に年の子の平均より大きい弟に袋を揉みつつ閉口する。

 書斎から持ってきた書物の数だけ情報を抜き出し、簡単な問題に置き換えているのか。

 そのどれも三歳で習う内容でないことに気付き、頭がいいとルガートは言っていたが、ここまでとはと驚きを隠せずに身を乗り出した。


「ルガート、これは、いつも自分で考えるのか?」

「ああ。もう半分趣味になってきてる」

「……。……イルガゲート王太子殿下から伝言だ。『浅学の身へのご助言、大変痛み入る』だそうだ」

「ただの嫌味か」

「まあ、そうなる」

「ふーん」


 どこまで聞いているやら、特に気にした素振りもなくテストを作っている音だけが響く。

 もうすぐ短い冬が来る。

 薪のはぜる音は、瞬間的にまた頭に血が昇りかけたジミトリアスを宥めるよう、心地よく耳に届いた。

 握った袋も少しだけ変な音が出るが、妙にクセになる握り心地に手放し難い。

 そして、狙いすましたかのように、ルガートの声がいつもより低く小さく響いた。


「兄貴」

「ん?」

「俺の噂が足を引っ張るなら、やり方を変えろよ。今更噂の数が増えるくらいで怯むと思ってるか? 兄貴の弟だぞ? 頼りないか」


 顔を上げた濃碧が、暖炉の灯りで不可思議な反射を見せる。

 この子は、本当に、信じられないほど度胸がある。

 なぜいつもの振る舞いをするのか不思議なくらいだ。


「……。ままならんな。可愛い弟に辛く当たれと?」

「あのな、家でどんだけ構い倒されてると思ってんだ。適当な距離だろ」

「俺は足りん」

「ブラコン……」


 辟易している顔を作るが邪険にする気配すらないルガートの隣は、本来ならその態度は例え身内だろうと愚弄したと勘違いしかねないが、なぜか怒る気になれないのだ。

 手にある癒しグッズも相まって、先ほどまでの怒りは既に収束していたことに気付かなかった。


「来週、野盗及び魔物の討伐に向かう。また領地に帰ってくるのは早くて再来週だろう。今日も王都へとんぼ返りだ」

「あ、じゃあホットストーン持ってって検証してくれないか? お試し用だから捨てても構わねえよ」

「分かった。夜営の時は助かるな」

「でも熱しすぎたら血の巡りが良くなりすぎて眠れなくなる。適温でやっといてくれ」

「分かった」




 討伐ではルガートの案を採用し、ジミトリアスは前線に出て歩兵の指揮を取った。

 野盗に関してはほぼ短期決戦で完遂し、心配されていた魔物の時。

 イルガゲートは最後尾より全隊の指揮をとり、他の側近に歯止め役を託しているが意外にも大人しいのがかえって怖いが、安全で静かに何もない方がいいに決まってる。

 無事に野盗と魔獣化になる前の魔物を討伐した隊は夜営の準備に取り掛かり、魔力の低い者達にお願いしてホットストーンを温めてもらった。

 説明も加えながら隊の者達に配り、皆一様に不思議そうな顔でいたが、腹に当てるなり笑う姿を目の当たりにすると、手応えはまずまずなようだ。


「ジミトリアス、これは何だ?」

「ホットストーンという。寝る時に腹の上にでも乗せてくれ。温まって寝やすくなるぞ」

「んー?」


 イルガゲート殿下に同じく仕える側近の騎士、クリスが矯めつ眇めつ熱した石を眺めて不思議そうな顔をした。

 まあ、彼くらい鍛えていたら無用の長物か。

 大して興味もなさそうでも、人数分は渡すつもりだから要らなければ捨てて構わないと自分用の石を懐にしまい、その日の夜は何事もなく夜営を終えた。

 一週間の猶予はあった今回の遠征はたった二日で終了してしまい、後片付けに忙しくする隊とジミトリアスだが、さなかに声をかけられ手を止める。


「ボスティス様」

「どうした?」


 声をかけてきたのは既に騎士団に在籍している伯爵家の青年だった。

 やや視線をうろつかせて落ち着きがないが、手に乗せられていたそれを見て合点がいく。


「あの、この石、持って帰ってもいいでしょうか?」

「ああ構わん。一応は捨ててもいい物だったからな。再利用するなら火傷と、割れないように気を付けなさい」


 目を見開く年上の歩兵が何に驚いているのか分からなくて思わず怪訝に見つめる。

 石に関する説明や注意事項は簡潔にしか聞いていないので、他に何かあるかと問われると、答えに窮してしまう。

 それに、ルガートの作る物だから特に悪くなる作用を与えるとは考え難いし、まず有り得ないだろう。

 となると火傷でも起こしたか。

 変わらず硬直する青年に指を弾いて気付けさせる。


「何か不備があったか?」

「いえ! 違います! あの、母に、プレゼントしたいと思いまして。説明しなければ、ただの石だと怒られそうですが」

「私の名前を使うといい。発案者は別だが、許可は取っている」

「あ、ありがとうございます! 母も喜びます」


 周囲でそれとなく話を聞いていた他の者達も、彼をきっかけに次々と訪ねてくるものだから、ホットストーンがかなりの効果を呼んでいたことに驚きを隠せずにいた。


「……すごいな」


 石を手に帰る者達の表情が明るい。

 たかだか石ひとつ。

 しかし、その光景が他の誰でもない、自身の弟がもたらしたものだと分かるなり、口元が弛みそうになるのを堪えて顔に力を込めて気を引き締めた。

 殿下に全力で自慢したいのも堪えた。

 機会を見て自慢しよう。

敵対視を植え付けたのは兄の弟自慢が原因。

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