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38.胃弱は無縁

「ルガート、魔力枯渇は初めてだと?」

「え? はい。配分量には気を付けてたと思っていたんですが、油断しました」

「待て! お前は今まで魔力枯渇を起こしていなかったのか!?」

「は、はい……」

「とんだ規格外……」

「はい。……まさか、魔力枯渇を一度も起こしていなくてあれだけの魔法を扱っていたということになります」

「な、なんか問題が……?」


 残念な人を見る目線のように感じるが、何を言っているのか思い当たらない。

 何か、確実に認識の齟齬があるようで恐る恐る聞いてみた。


「魔力枯渇をしたら死ぬと思ってたんで」

「そこからか!!」


 カッと目を見開いた閣下、迫力があるなと見当違いなことを考えるルガートを引っ掴み、体調がもういいならと急遽場所を変えて公爵家の談話室に連行される。

 とりあえず軽く食べながら説明すると、ルガートの目の前に一口サイズではあるが、トレイいっぱいの、軽食という量ではないサンドイッチが置かれる。

 それからスープ。

 他の者にはお茶が用意された。

 今まで気にしていなかったが、サンドイッチを食べた瞬間もの凄い空腹感に襲われ、一気に二つ手に取った。

 それに気付いてか、公爵は何も言わず話を進める。


「まず、魔力というものは使用者の体の一部、筋肉に近いものと考えろ」


 頷きながら相槌を打つ。

 口の中に詰め込む作業に忙しいので口を開く暇がない。


「使えば使うだけしなやかで強靭な状態が生まれるのは分かるな? 魔力も同じで、一度枯渇させれば魔力量も跳ね上がる者もいる記録があるのだ」

「? ……俺が見た本にはそんなの書いてなかったですよ?」

「つい最近発表された文献だ。確か四年前だったはず」

「なるほど、家にあるのばかり見ていたんで気付きませんでした」


 またサンドイッチを口の中に詰め込み、そこで用意された軽食の半分は既に無くなった。


「もちろんリスクもある。お前が体験したように、高熱と激痛の副作用があるのだという。記憶はあるか?」


 首を振り、フレインが代わりに説明してくれた。


「高熱を出されている間の記憶はなかったようです」

「不幸中の幸いともいえるな。反動が強ければ強い者は死ぬ可能性も高い」


 そこでフレインが硬直するから少し配慮しろよと思ったが、口に詰めたサンドイッチのせいで目配せだけする。

 気付いた公爵が涙を堪えて震えるフレインの様子にギョッと肩を跳ねさせ、慌ててフォローした。


「熱よりも深い失神で助かったと思っておけ!」


 フォローなのか今のは。

 表情を変えずにカルドが微振動を起こしていた。


「今まで魔力枯渇を起こした者は一日内が平均だった。おそらく、今までの倍は魔力量も増えていると判断していいだろう」

「安易に魔力枯渇を重ねた者は死にますか?」

「ああ。成長と共にその時期も(まばら)ではあるが、必要な時はやってくる。一度に済ませてしまおうと馬鹿な考えを起こした者は数知れずとなって、初めて陛下が法で行う期間を取り決められた」

「なるほど」


 箸休めの濃い味付けのスープがいい具合に食欲を促進し、サンドイッチに伸びる手は止まらない。


「だが、お前は魔力枯渇を一度も起こさず、レベルに応じた魔力量だけで今まで生きてきたことになる。……前例がない分、その魔力量がどれほどのものか全く想像がつかんが、倒れていた期間を考えると相当なもので間違いないだろう」

「ルガート様があの氷室で起こした魔法がトドメかと」

「……ですよね。いつもより特盛りで効果を付けたから、自業自得だ」

「効果とは?」


 きょとんと涙の引いたフレインからの質問に、さてどちらに体験してもらうかとやはり年功序列から公爵に視線を定める。


「閣下、少し背凭れに体を預けて目を閉じて上向いてください」

「ほう、私で試すと?」

「多分悪くないと思いますよ」

『対象固定、温度過程固定、使用時間五分。第三者による複製不可、使用後霧散開放。使用者の希望時出現設定』


 水球ホットアイマスクを公爵の目元に覆い、驚く声を聞いていたがそこで気付く。

 魔力操作が、いつもより扱いやすくないか?

 驚く二人は途端に気持ち良さそうな声を出す公爵の目元を見ていたので、驚き自身の手を見つめるルガートに気付いていない。

 これは、かなり凄いことなんじゃ。


「ルガート。これは一体なんだ!」

「目元の疲労改善策です。ホットアイマスクってもので、家では主に親父と兄貴と目を酷使する人らが使ってます」

「あの野郎! こんないいものを隠していたのか!」

「閣下、地が割れてるぞ」

「ルガート様! わたくしもやってみたいです!」

「俺にもお願いできますか?」

「え? 安全面とかいいのか」

「こんなの見せられたら待てませんよ!」


 ルガートの隣に座るカルドの期待のこもった視線に本当にいいのかと思ったが、まあ自分が対応すればいいかと二人にも公爵と同じ格好をしてもらい、同じようにホットアイマスクを作り上げた。

 途端に気持ち良さそうな声を上げ出すカルドに笑った。


「む? ルガート、私のこれは時間が短いのか?」

「閣下もご多忙でしょうから、時間は五分だけにしました。長くやればやるだけ緊張感抜けますし」

「ふむ、それもそうか。だがこれは、これっきりなのか?」

「いえ? いつでも呼び出せば出るようにしてますよ」

「もう一度やる。お前は食ってろ!」

「ぶっほ!!」


 何だこのカオスな光景。

 メイドの人もよく平然としてるな、プロだわ。

 言われるまま食事に集中して、おかわりの有無を尋ねてきたのでスープだけ所望する。

 かなりの量だったがだいぶ落ち着いてきた。

 のんびりスープを飲んでいると三人ほぼ同時に効果が切れて各々起き上がると、温泉に浸かり始めか寝入る前のぽやんとした顔になっていた。


「末恐ろしい……」

「クセになる……」

「ルガート様……こちらは寝る前に使用してもよろしいでしょうか?」

「むしろそれが一番おすすめだ」


 魅力的なものに心を奪われた三人に笑いながらスープを飲み切る。


「今ので分かったんですが、前より魔法が扱いやすくなってます。こんなに変わるんですね」

「むしろマクベスはなぜ教えてなかったのか驚きだ」

「いや、俺も独学で勉強していたので聞かなかったせいもあります。親父は責められません」

「そうか、独学か……なるほど、つくづく規格外」

「我が家では馴染み深い言葉ですね、それ」

「褒めておらんわ」


 どうもこの人と話すとボケとツッコミが成り立ってしまう。

 観客カルドも最近発生してしまったので面白おかしい光景に。


「ああ、サワヌァ村はあのあとどうなりましたか?」

「皆お前を心配していた。今日にでも手紙を送ろう。折を見て行くといい」

「はい」

「ルガート様、今のホットアイマスクのような魔法を氷室に施したのですか?」


 比較的軽めのツボから立ち直ったカルドが尋ね、頷きながら一番の原因は何か考える。


「おそらく対象を村民というか、村にしたからだと思います。侵入者避けも施したので、多分どちらも魔力量の消費が激しかったんだと」

「村民ではなく村とは……?」

「いや、今いる村民だけにかけて、この先生まれる子達に都度施すのは手間だと思って。ずっとあるものにしたんだから、村にかけた方が効率的だろ?」


 ぽかんとした顔が三つ。

 またか。


「これは、謝礼を跳ね上げねばならんな」

「いや剣だけでいいですよ」

「ルガート、お前はもう少し貪欲になった方がいい。無欲が高潔と謳う者もいよう。しかし、これは公爵家の恩給以上に等しい」

「俺は閣下の臣下じゃありませんよ。まだガキだ」

「省いてでも価値のある所業と言ったのだ」

「では貸しひとつで。ここぞという時に使わせてもらいます」

「まったく。頑迷なガキだ」


 笑って肩を大袈裟に竦める公爵につられて笑う。


「今日のところは泊まりなさい。起きたばかりでは体も負担がかかるだろう」

「閣下、たらふくサンドイッチ頬張ってましたよ彼」

「夕食も食べるのか?」

「いただきます」

「ぶふー!」


 談話室をあとにした二人を見送り、クスクス見送ったフレインがこちらへと向き直る。

 もう笑顔なら、大丈夫か。


「ルガート様、会話の端々で色々とお尋ねしたいことがありすぎますのよ?」

「夕食まで時間あるし、ここにいるか」

「ぜひに」


 フレインからの質問責めに美味しい夕食までご馳走になり、翌日の朝には公爵家を出発した。

 ルガートに与えられた魔獣の素材などは一足早くボスティス家に届けられたと聞かされ、身軽のままの出発だ。

 ただ怖いのは、熱で足止めを喰っていた内容も伝わっているだろう懸念。

 言い訳もしようがないが、そこは諦めておく。

 無理もできないので、今回ばかりは帰る日数を過ぎてものんびりとウィンディアに揺られることにした。

帰り道、サワヌァ村にも寄れなくないけど、真っ直ぐ家へ帰ります。

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