36.急募重力魔法
魔獣を解体しながら剥製について公爵との議論が賛否を分けていたが、問題は素材の山をどう持ち帰るかだ。
帰りのことを考えていなかった。
まさか丸ごと一体くれるとは思わずウィンディアに乗せるには酷な気がする。
引きずらせる訳にもいかないし、かといって強行しても早くに休ませ野宿コースだ。
魔法でどうにかするかと荷馬車でも使用していたロープを片手にまた考え、素材を睨みつけた。
「ルガート、荷台なら貸すぞ」
「また返す手間を考えると遠慮したいです」
とりあえず風魔法で浮かせたが、バラバラに浮き上がる骨に袋はもらおうかと一度下ろし、また浮かす。
今度は結界内に詰め込み、最小限の大きさにまで圧縮してみると、いい感じにコンパクトになった。
手にしたロープを解いて鞍の一部に二ヶ所穴を空け、結界に括り付けたら馬の両サイドに垂れ下がる形となる。
重さを軽減させる為、圧縮は止めて素材がぎりぎり収まる大きさに調整し、風魔法を発動。
そして結界に閉じ込めておく。
「これで問題ありません」
「待てい、問題だらけだ。何だその魔法は」
「? 風魔法を常に循環させて結界で閉じ込めたら、飛んでいかないようロープで固定させました」
「閣下、どこから突っ込んだらいいんです、これ」
「私も頭が痛い」
風船のようにしているが、持ち上がっているのは魔獣の素材の為、かなり見た目がグロテスク。
高価な素材と肉、骨に分けたので、風船は大小三つに仕上がった。
顔を覆い隠した二人に怪訝に見つめるルガートは気にせずウィンディアの鞍から解けないよう結び目は硬く縛れば完成だ。
これで飛ばされる心配はない。
「ウィンディア、村まで気持ち悪いだろうが、我慢してくれ」
「ブルルル」
かなりご不満なようだが許すらしい。
髪をはまれ、とりあえずルガートの準備は整った。
「閣下、あの魔獣の一体は先に村に持っていってもいいですか? ダメなら普通のビッグベアでも構いません」
「普通のビッグベアにしろ。もう一体は調査用に王都へ届ける」
「了解です。じゃ、先に行ってます」
風魔法でビッグベアを浮かし、喉元の毛を鷲掴んで呆然と見送る隊の者の視線も気にせずまた先に行ってしまったルガート。
二人は再び頭を抱え直した。
「閣下……彼、恐ろしく鈍感ですね」
「顔の傷のせいでか醜聞のせいか、人の機微に鈍くならざるを得なかったのだろうが、無関心すぎだな……」
村へ到着するとまず絶叫。
悲鳴と泣き叫ぶ声と罵声に誰かの倒れる音が一気に振りかかって、状況の悲壮さからようやく手にしているのが元凶だと気付いたが後の祭りであった。
ビッグベアを下ろし、何とか説得して冷静さを取り戻してくれた村人達には頭を下げて謝り、ようやく話ができたがお互い肩で息をしていた。
「これ一体丸ごと使ってくれ」
「よろしいのでしょうか?」
「慰労会だと銘打てば閣下も怒らんさ」
「あと、言われたものは用意しましたが、一体これをどうされるので……?」
「食うに決まってんだろ」
ずいとまた浮かしていたビッグベアを突き出すルガートに、ひえっとどこからか声が聞こえた気がした。
「熊食ったことないか? クセはあるがなかなか美味いって聞くぞ?」
「し、しかし、これは、魔物では!?」
「魔物でも熊は熊だろ。クモやイモ虫食う訳でもないんだ、大袈裟だな」
「し、しかしぃーー!」
「分かった。先に俺が味見するからそれでいいだろ」
全然伝わってねえ!
村民の心が一つになった。
テキパキと肉を捌いて一人で調理していくルガートを止める者は一人もおらず、段々といい匂いをさせるものだから始末に負えない。
獲れたての野菜と熊の肉、軽装用の荷物には持ち合わせがなく味付けはシンプルに塩と胡椒だけだが野菜の甘味がよく出ていたので砂糖は足さずに一旦鍋を火から下ろす。
器を借り村人が見守る中、味見をするが全体的にやはりまだ薄味だな、と唸った。
手持ちの調味料ではこんなものだろう。
「なあ、もう少し味、濃くしたいんだが味噌か醤油あるか?」
そう、この世界、実は日本調味料がふんだんにある。
ヴァスの件ではかなり驚いたし、今までの料理も疑問も違和感もなく食べていたが、この世界本当は日本なんじゃと疑うレベルでたくさんあった。
助かるのだが、謎である。
しかも浸透しているのが日本の調味料とか、どういうことなのか。
「は、はい、こちらにありますよ」
「悪い、気付かなかった。ありがとう」
藁に覆われていたそれが味噌だったのは気付かず、お玉いっぱいに掬い取る。
醤油はアクセント程度に都度足して味見しつつ、味を加えると、自分で作ったにしてはまあまあのできあがりに口端が上がった。
「食うか?」
「食べるー!」
最初は風船に驚いてうろちょろしていたが、鍋の周りに集まり始めた子供は興味津々で横から見上げていた。
器に少しだけよそって新しいスプーンを手渡す。
「熱いから気をつけて食べろよ」
「うん! あふひ!」
「言った側からボケんな。ほら、ちゃんと息吹きかけてから食え」
思わずケインにするようにしゃがみ込み、スプーンを取って子供の口元に寄せる。
湯気がある程度引けた頃に食べると、笑みがこぼれた。
「お兄ちゃん、おいしい!」
「次は気をつけて食えよ」
「うん! おかーさーん、これおいしいよー」
「ひえっ」
女性にはやはり抵抗があるものなのか。
どうしたものかと考えて立ち上がると、テーブルで見えなかった向こうに村長が顔面を緊張させながら待ち構えているものだから、驚きに身を引きかける。
「い、いただけますか!?」
「いや、そんな意気込まんでも……」
呆れつつ別の器によそい、村長に手渡す。
なぜか全員から注目の的を浴びる状態で食べ始めた村長の目が、カッと見開いた。
「……美味いな!?」
「だから食えるって言っただろ。いや、俺の料理だから若干、不手際はあるかもだが……」
「いえ! これは、魔物の肉とは思えない! 猪や鹿とはまた違う味だ!」
「まあ熊だからな……」
「お前達!! これは、食わないと損をする!! 我が村の食料事情にも革命が起こるぞ!!」
「大仰……」
勢いに圧され、ルガートはひたすら配膳役に務めた。
小さな声で悲鳴を上げていた母親も、子供から食べさせてもらって次の瞬間には列に加わっていた。
というかこれ、公爵達の分がなくなりそうだ。
「すまんが配膳は自分達でやってくれ。次作っとく」
「手伝います!!」
「あ、ありがとう……」
熱量についていけない。
なぜか展覧会を思い出したのだった。
鍋を四つも使ってもまだ肉は多く余ったが、これは村の人達が消費すればいい。
熊鍋ができあがる頃、ようやく公爵家の部隊が村へと帰ってきた。
全員ほどよく疲れているらしい様子が窺える。
「ルガート! あとで運ぶのを手伝え!! 数が多すぎてとても捌ききれん!!」
「了解。全部持ってきますんで、先に楽しんでてください」
「早く戻って来いよ!!」
「分かりましたよ」
こちらを見もしないで鍋に一直線に飛んでいった満面の笑顔の男に苦笑してしまう。
自身の貰った素材などを村の入り口近くの木にくくりつけ、またウィンディアに走ってもらった。
事後処理は完了したが荷馬車に積まれた魔物の数は積載量を上回り、すれ違った中身を見たが、とてつもなくぎゅうぎゅう詰めだった。
一応、一度に持っていけるか試してはみたらしい。
幌がはち切れそうだ。
「重力魔法とか早く覚えたいな。風魔法で出ないなら、やっぱ闇魔法なんだろうな……不便すぎる」
言いつつ浮かすことに何の苦労めいていない様子はラインハルトがその場にいたら絶対に口を挟んだだろう。
木にぶつからないよう細め、丸ごと一塊にした結界を浮かし、長方形になった結界の端だけウィンディアに咥えて先行してもらい、ルガートは落ちないよう後尾側の端を持ち村へと帰る。
村の入り口に置きっぱなしにするが、念の為、結界はそのまま張っておく。
賑わう中央広場に顔を見せると、いい感じにできあがっている大人達の姿が見えた。
いや早くない?
鍋にしたら大体なんでも美味い。
最近は気温も高くなって台所に放置が難しくなって参りました。
既に怪しいスマホのオーバーヒートを気にかけなければいけない季節ー。




