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35.掃討完了

 立ち上がった二体目のビッグベアの魔獣。

 魔物より二回りも膨れ上がった体はただでさえ面積が広いというのに、垂直で立ち塞がられると四つん這いで迫った俊足を忘れそうになるほど緩慢な動きだった。

 取りこぼしのビッグベアはこいつにやられたのか、爪痕が深く残るその死体に手間が省けたと声には出さずに口の中で転がした。

 まるで壁の巨体を眇め、一体目の戦闘で体感した予測以上の速度に棒立ち迎撃は明らかに不利と舌を打ち、今度はルガートが腰を低く落とし込むいつものスタイルに切り替えると、魔獣も唸り声を上げる。

 魔物の頃より知能はあるのか。

 中心地から離れた膠着状態のこちらと違い、魔獣の後ろで途切れず響く剣戟の音は、もう動き出した三体目と交戦する討伐隊か。

 細かに確認できないとブルースター公爵の姿を探し、声を張った。


「部隊の方は!」

「こちらの心配はいい!」

「強化魔法の確認だ!」

「随分と余裕がないじゃないか! 御託はいいから熊鍋の為にさっさと倒さんか!」

「今する話か!?」


 吠えた魔獣に意識を切り替え威嚇用のフラッシュを眼前で爆発。

 もろに直視した魔獣でも、長い効果はないが姿を隠せる。

 振り下ろされた爪とは逆側へ回避。

 最中に片足の毛を鷲掴まえると頭上から悲鳴が聞こえ、振り飛ばされる前にともう片足へ凍る地面に体重を乗せ、滑った勢いと遠心力で打ち払い、巨体はルガートごと中天へ躍る。

 更に蹴り上げた先は運良く背中側。

 地を蹴って沈む切っ先は半端に斜めに突き刺さってしまい、引き抜けないと判断するより早く柄から手を離し身体が動いた。

 すかさず後頭部目がけて膝を挟み、力の限り体を捻ったと同時、鈍い音と骨の弾ける振動が膝関節から伝わった。


「やり、にくい!」


 伸ばした手の先には氷柱。

 そこから新たに発動した氷が鋭い刃となって魔獣の心臓部目がけ伸び上がり、斜めに突き立てた剣も根元で割れ、剣身が氷と添うように巻き込まれた。

 地面から伸びた氷刃が深々と巨体を貫き、痙攣と呻き声を細く響かせたのち、間もなく魔獣は絶命する。


「はっ……はあ……、くそ、諸々くせえ!」

「ルガート! 死んだか!!」

「かっ、てに、殺すな!」


 ファイティングポーズと強化魔法がなければ圧迫されて息も継げなかっただろうルガートは、もがいて足に当たった氷柱にしがみつき、上半身から抜け出すだけで時間を喰った。

 重い魔獣から這い出るとすぐに立ち上がり、部隊側の戦闘に注視する。

 連携の取れた攻撃に増援は不要かと長引かせるつもりはないので強化魔法を重ねがけ、様子を窺うことに。

 体に不調がないか確かめつつ出入り口を守る公爵の元へ戻れば、ドン引きしている表情の公爵。

 身動きが取れなかったルガートの頭と背中は、魔獣の血濡れに染まっていた。


「怪我はないな」

「はい。戦闘中にちょいちょい突っ込ませるの止めろよな。士気も落ちるだろ」

「カルドなら笑いながらやっておる」

「怖」


 巻き込まれた剣は後で回収して持ち帰ろう。

 血は水魔法で洗い流せばいいだけだし、溶かしてまた新しい何かに利用できるなら、剣も十分に使われた証拠だ。


「あんな剣で戦っていたのか」

「五年選手でした」

「いや、流石に変えなさい」

「貰い物なもんで愛着があって」


 血でべとついていたので水魔法を全身に被る。

 目もよく洗い流すルガートを放置し、公爵は顎に手を添えていた。


「ふむ、謝礼に剣でも贈ろうか」

「え、じゃあ賭けの件に上乗せで親父と組んでいい奴買ってください。ジジイには俺から話をつけておきます」

「流石に失礼ではないか」

「の前に全員俺に失礼だ」

「事実だろう。忘れるのはこれっきりにしなさい」

「対象が知る訳ねえだろ。年単位で賭けた時点で察しろ、気長か」

「閣下ーーー!!! 隊長が使い物にならなくなるのでおやめくださーーーーい!!」

「「失礼な」」


 ほどなく部隊の方も決着。

 氷は素材の解体時に使えるからとそのままにさせ、探査魔法で安全を確認してからロックウォールを解除すると薄暗かった周囲が途端に明るさを取り戻し、朝日の光で眼前の異様さを際立たせた。


「これほどまでの期間で三体。空恐ろしいな」

「単純計算で言えば約一〇体に一体で魔獣化は発生すると見ていいんですか?」

「いや、数はおそらく宛にならん。報告などには一六体で一体という例もある」

「魔物の強さに比例するか、魔力の量でしょうかね」

「魔獣の調査はまだ未知数だ。安易に視野を狭めん方がいい」

「承知しました」


 隊員に指示を終え、三体目を仕留めたカルドがもの凄く微妙な顔でこちらへ戻ってくる。

 魔獣戦後とは違う疲労の色が見えていなくもない。

 まあ、笑ったからだろうな。


「閣下、ルガート様、本当、戦闘中に勘弁してくださいよ」

「笑い上戸を直せと言ったろう」

「無茶言わんでください」

「というかよーく聞こえる耳が悪いんじゃねえの? 耳栓したら?」

「それ俺に死ねと言ってます?」


 素材は諸々任せ、ルガートは先に近くの村へと討伐報告に向かうと伝えると、公爵もすぐに頷いた。

 草木をかき分けて道なりに行かずに直進で村を目指す後ろ姿を公爵とカルドは静かに見送り、カルドは詰めていた息を吐き出した。


「……閣下、とんでもないお子様とお知り合いになりましたね」

「ふ。火竜の件、信憑性も増したろう。剣であれだけ動けるとは、私も見誤っていたがな」

「たかだか一〇歳の動きじゃありません。どうやったらあんな動きができるんでしょうね」


 そこは師の指導が根本的に規格外なのは口にしない。

 マーソラール様の安寧に繋がるのならと笑うだけにしておいた。


「一瞬、騎士の戦闘スタイルに変更しようとしていましたね、彼は騎士を目指すつもりでしょうか?」

「奴は根っからの魔士だ。剣はもののついでだ」

「……もののついで、ですか……末恐ろしい」

「あれでパワータイプなのだから、騎士団はさぞ欲しがるだろう」

「あの動きでですか?」


 もはや苦笑も出ないカルドの表情から笑みが消える。

 戦闘中に笑っていた光景はその容姿も相まって多少ゾッとしたが、あれでスピードタイプでないならこの部隊に聞かせると士気が下がりかねない。

 部隊の平穏を天秤に、カルドの胸の中にだけ秘めておくことにした。


「そういえば、一体目に放った煙幕のようなものを浴びた者は目と鼻をやられたようで、今も泣いております」

「馬鹿者が。指示を聞かなかった者が悪い。治療が終わり次第、異常がないのであれば後日シゴいてやれ」

「承知いたしました。おそらく刺激物による激臭でしょう、嗅覚のいい獣には有効ですね」

「知ってて用意したとしか思えんな。問い詰めて今後に役立たせるように用意させよう」

「ありがとうございます」



 村の一角が見えてくると、横から入っては失礼かと思って回り込んで村の入り口へと顔を覗かせる。

 入り口近くに集まる村人の姿が驚き一色で全身ずぶ濡れのルガートを見つめていた。


「サワヌァ村はここで合ってますか?」

「は、はあ……はい」

「ブルースター公爵の討伐隊が無事魔獣を倒した。取りこぼしがないよう殲滅させたから、もう安心していいぞ」


 言い切る前に、爆発的な歓声が響き渡る。

 よほど緊迫していたのだろう、安堵から泣き崩れる者もいた。


「ブルルル」

「ああウィンディア、おつかれ。よく彼女の伝えたいことが分かったな」

「馬が懸命に急かしてたんで、討伐隊の馬かと思って混乱もなく避難をしましたから」

「でかした」


 首回りを撫で回し、顔を合わせた途端に髪をむしり食われるルガートは気にせず話を進める。

 村長なのか、視線はずっと頭上だが受け答えははっきりしているのでこちらも放置。


「実はちょっと用意してほしいものがある」


 他に伝え漏れがないか確かめ、また討伐地に向かう旨を話して踵を返すと、背中を押されて苦笑した。


「休んでていいんだぞ?」

「ブル」

「分かった。助かる。じゃあもう一踏ん張り頼む」


 長距離を走らせ、数時間しか休ませていなかったから休んでいいのに再度背中を額で押して乗せる気満々のウィンディアの背に跨り、村長に準備を頼んでおく。

 討伐地に戻ると人数も多いから、随分と解体は進んでいた。


「村の人らに大きな混乱はなかったです。とりあえず討伐したとだけ伝えてきました」

「ご苦労。そこにある魔獣の一体はさっさと何とかしておけ」

「お、いいんですか?」


 心臓を貫いた方を寄越されると思わなかったルガートは僅かに目を見開く。

 まあ素材にするなら劣るか。


「頭丸ごとの方が剥製にさせるに状態がいいんでな」

「剥製にする趣味は共感しかねます」

「なに? いいだろう、迫力があって」

「やるなら鹿の角だけかな」

「鹿……ふむ、それもまた違う迫力があっていいかもしれんな」

「ルガート様、いらんこと吹き込まないでください」

「きっともう手遅れだぞ」

途中まではヘッドシザーズホイップだった。

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