34.ビッグベア.2
「力技でいいから頭を狙って倒せ! ブースト、ポテンシャル、ハイグロウ、ヘイスト! オールグラント!!」
自身へは重ねがけを、討伐隊へと全体付与を交えた強化魔法を急拵えだがまとめて施し、ルガートはねじ伏せる手を止めずやけに響く声の隊を背に反対方向へと走った。
魔獣化の影響か、ただのビッグベア達の動きが遅いせいもあって普段対峙する魔物より楽に沈む手応えと露を払い、剣を振り上げながら討伐隊へと叫ぶ。
一体倒すのに時間もかかり、長期戦が予測された。
「回復魔法は会得していない! 怪我したくなかったら死に物狂いで魔物を倒せ!!」
「了解した! 回復薬が必要になったら遠慮せずどうぞ!」
「助かる!」
ルガートの今回の手持ちは一本。
あまりにも心許ない数だが魔物の機敏性も落ちた今なら十分に安全圏。
しかし、未だ動かぬ魔獣が待ち構えた現状ではカルドの声は有り難かった。
十分な蓄えのある討伐隊にあやかろう。
「魔獣が動き出すまでに数を減らす! 総員彼に続け!!」
カルドの声を皮切りに、討伐隊の怒声に近い鬨の声が鼓膜を揺るがす。
討伐隊側の四分の一はルガートが倒し、魔獣の戦力も分散させたい為、隊の反対側へ走狗のように向かっていた足を止める。
ただのビッグベアに時間を取られていたら本末転倒だと手をかざし、襲いかかろうと近付くビッグベアを睨み据えた。
ついでに魔獣が身動き取れなくなれば雑魚の掃討に余裕が持てる。
「アイシクルサークル」
静かに唱えた瞬間、迫ったビッグベアの足を軸に氷が包んでゆく。
討伐隊を巻き込まないよう範囲を絞ったので、あっちはあっちで頑張ってもらおう。
完全に動きは止められはしないが更に鈍く地味にもがく動きはもうゾンビ。
アンデッド系の魔物には遭遇したことがないが、ここまで遅くはないだろう。
間髪入れずに脳天を叩き割り、中天で一回転した勢いを殺さず倒れる背に足をかけて次の魔物へ跳び上がる。
身動きの取れない魔物から隙を活かして跳躍と落下の際に頭を貫き、斬るというより鈍器で強引に頭蓋を圧し割っていなくもないルガートの動きに目を剥き手を止めていた部隊の者は、カルドからの叱責に意識を戻し、眼前の敵に向かっていった。
「まさか進んで特攻するとは……」
有無を言わせずそうするつもりでいたが、予想外に一人大立ち回りを展開してくれたルガートの姿にブルースター公爵、ラインハルトは喉を搾って笑った。
剣を抜きどちらかの取りこぼしが無いようにと唯一の出入り口を守るも、パワーバランスがおかしすぎるがどちらも善戦を敷いている。
氷柱のように凍る魔物の足元から予測した魔法は知る限りでは下級魔法なのだが、円を描いて発生し動きを固めた様子から、それは一般魔法の域を抜けていた。
まず、下級魔法に範囲仕様はない。
魔法の余波で魔物達の足は完全に凍り付き、堪らず四つ足となったビッグベアの脳天はガラ空きとなって部隊の者達は果敢に剣を振るう。
こちらの被害が及ばぬようにか、幾らか氷柱から取りこぼしはあるものの外周から掃討する安易さは狙って手助けしているようには見えないが、部隊にさしたる影響はない。
遠くでビッグベアの影からお前はウサギかと言いたくなるほど跳ねる姿が見え隠れするルガートに、ビッグベアのように低く唸る。
いくら身体の成長が同年代の子よりも発達し、火竜とすら対峙できる度量も持ち得ているからと軽い気持ちで安請け合いした子供につい数時間前、やんわり釘を刺したが、まさかこれほど縦横無尽に動くと思っていなかった。
飛び跳ねはしなかったが、かつての恩人の剣筋もたまに閃く姿が重なり、口端が吊り上がる。
「これもマーソラール様のお陰か。なんとも肝の冷える奴だ」
「魔獣の姿が見えました!!」
隊の声に意識を改め、一瞬で鋭さの増した瞳は魔物の中心に向かい、蹲るように積み重なる塊を見据えた。
「動きがないのはまだ変化前だからだ! 先に魔物を殲滅し、隊列を整えろ!」
「魔物の数はボスティス様がほぼ駆逐しております!」
「こちら側の魔物は全て殲滅しました!」
やはり色々とおかしいだろう。
なんなのあの子供。
胸中で友に毒付きながら、討伐隊の背に声を張り上げた。
「残るビッグベアは奴に任せる! 出口の守りを固めろ! この退路は決して通すな!」
マクベスは腰を貫かれ、ラインハルトは右の胸を深く魔獣に切り裂かれた。
今思えば生きているのが不思議でならない傷痕が僅かに疼いた気がしたが、全身に力を込めて湧いた震えを振り切り、カルドの指示が鋭さを帯び統率された足並みは一切の迷いなく揃う。
あの子供は、魔獣にどう立ち向かうのだ。
「いや! 流石に! 多い……!」
動きを封じたまではよかったが、魔法を発動したこちら側は過度に成長した氷柱が邪魔をし、そこにも注意も増やさねばならなくてかえって戦い難い戦闘に早くも後悔した。
ビッグベアだけ倒し切ったらすぐに氷を溶かさねばと跳ねた先、あちら側の戦闘は既に終わったようで綺麗な陣形が視界の端に映り込んですぐに消えた。
こちらも残り五体、これなら魔法でやるかと一旦距離を置こうとバックステップに切り替えた瞬間、目の前にいたビッグベアの上体半分が吹き飛ぶ。
更に大きく距離を取って露を払うが、もう随分と長く使っていたナマクラ剣は血糊がべたりと張り付き無意味に終わる。
「魔獣になったか……?」
地鳴りと間違えそうになるほど低い唸り声。
ルガートのいる辺りは空気が冷え、魔獣の口元からうっすら白い息が微かに昇る。
赤い瞳は確実にこちらを捉えているのが分かる。
同族へ繰り出した初撃からルガートの動向を窺っているのかのように動かない。
ルガートも先ほどまでの戦い方では致命傷を与えられないと勘付き構えを一転させ、剣を敵前へ向けて構え直すと背筋を伸ばし、呼吸を整えた。
立ち姿は、稽古練習の素振りの構えに近かった。
「テメェからきやがれ」
空気と同じだけの底冷えする低い唸り声から鬨の声以上の咆哮を向けられるが、ルガートは静かにその全体を見つめ、動かない。
挑発に反応した訳ではなさそうだが、声に呼応したその巨体は体勢を低くし、魔獣と化したビッグベアが四つん這いでこちらへ迫った速さはただの熊とは比較にならない速度。
「熊らしい!」
奮い立たせるよう歪な笑みを浮かべたルガートは、渾身の力で後ろへ跳躍し、迫る数メートルの距離から毛を大きく膨ませ、太く鋭さの増した爪が振り上げた動作に合わせて息を吸い込んだ。
「討伐隊、目を閉じろ!!」
瞬間、あるモノを風魔法に乗せて魔獣の顔面へと噴射させ、続け様、鼻先の周囲に気流を作り上げながら懐に転がり込む。
潰れた両刃に風魔法を乗せ胸から腹を裂いた直後、果たしてどちらの攻撃に絶叫したのか。
崩れかける巨体にすぐさま脇から転がり出たルガートは最大強化魔法を新たに加え、魔獣の背から跳び上がる。
先ほど戦った時よりも高い跳躍と渾身の力を込め、なおも悶絶する魔獣の首へと叩き込んだ。
「もう目を開けてもいいぞ!!」
倒れる音を背に風魔法で先ほど放ったものを上空へ散らして霧散させる。
念の為に止めていた息を大きく吸い込みながら素早くその場を離れた。
討伐隊の方へ流れていないか確認すると、噴出量を間違えたのか、あちらまで流れて運悪く浴びてしまったのだろう、顔面を覆って叫んでいた人は隊から離されいる最中だった。
あとで全力で謝ろう。
二戦目、魔獣は立ち上がって迎え撃とうとした。
対熊用スプレー。
魔法はこう、感じ取ってくだされば、有り難いです。




