33.ビッグベア
微妙な空気を残しつつも食事が始まると討伐隊の相好も徐々に和らぎ、今は側にいる者同士で会話が弾んでいた。
部隊長だったらしい気さくな男のフォローは助かるのだが、隣に腰を下ろした公爵にはまず何より先に言いたかった。
「このおっさん、妙な目立ち方させんじゃねえよ」
「ブフ!? ゲホ、ゲホッ!」
スープを噴き出し咽せている部隊長を放置し、ルガートは階級も頭から抜け落ち宣った。
胡乱な目も向けたルガートに責は飛ばない。
むしろニヤリと笑った公爵の姿になおさらからかいの気が含まれていると知り、更に目が座る。
「ルガート、地が崩れているぞ」
「ワザとだこの野郎。あと、賭けのことも聞いたからなあ……。人をからかいやがって……!」
「そうだお前。あんまり長すぎて賭けなど忘れていたわ。鈍感すぎるのも大概にしなさい」
「賭けに乗っかっといてこのおっさん……!」
くわっと目を見開く公爵も地を割るものだから口調も崩したまま会話が進む。
隣で肩を震わし徐々に頭が下がっていった部隊長のことなど気に留めるでもなく、ルガートは公爵の開き直った態度に拳を握りしめた。
殴りてぇ!
「さて、お茶目はその辺でしまいなさい。魔獣化について話すぞ」
「あんただあんた」
「そこにいるのはこの部隊長のカルドだ。一番の実力者だが、笑い上戸が難点だ」
「女子か。よろしくお願いします」
「か、か……閣下……しば、しばしお待ちを……」
割りと重度の笑い上戸の人だった。
さっきの食えない笑みを浮かべたクールな佇まいはどこへ行ったのか、引きつる声が裏返っているし、所々で呼吸ができずヒューヒューと繰り返す呼吸音はもう呼吸困難になっていた。
これでは会話は難しいなと残念な目を向ける。
仕方がないので森の付近にある村について先に尋ねておいた。
「サワヌァ村は毎年、この時期に熊もそうだが、猪の被害が多発しているところでな。他にも細々とした動物に備蓄した農作物の害獣被害が毎年あとを立たん」
「討伐の他の対策は何を?」
「人手も関係するから音などの威嚇や、魔力のある者にフラッシュを使わせて追い払っているのが限度だな」
「網や塀などは?」
「効果はあまりない」
農作物をやられると短い冬を越えたあとでも被害は甚大なものとなる。
「重要ではあるが今そちらは後回しにしておいて、問題はビッグベアですね。予想よりずっと数が多い。下手すると、二体生まれる可能性があると予測しておいた方がいい」
「なに?」
「何でそこでソワッとすんだよ」
「ブフ!!」
立ち直りかけた部隊長のカルドがまたツボにハマって蹲ってしまい、話に加わるのはまた先になった。
だが二人の会話はしっかり聞いているようなので、残念な目線を再度送りながら先へ進める。
「確認しただけで、ざっと三〇体近くいる。魔獣化する条件になる必要個体が何体か掴めない以上、可能性はありますね」
「そうか。二体の場合、編成はお前一人と一体はこちらの隊が受け持つがそれでいいな?」
「はい。下手に混ぜられるとうっかりするかも知れませんから」
こちらの会話が聞こえていたのか、隊の何人かがギョッとした顔でこちらを素早く振り返る。
そんな失敗はしないと口の中で転がし、睨めつける視線はどこか険もはらみ、ルガートは見ない振りを決め込んだ。
魔士としてなら足並みは揃えやすかったが、公爵の提案は正直ありがたい。
「今回はどちらでやる」
「先に剣で行ってみます。魔獣と一戦交えるのは初めてですから、力量を見てみたい」
「お前ならうっかりはないとは思うが、あまり慢心するなよ」
そこはかとない親心か。
口元を少し崩して頭を下げる。
「お心遣い痛み入ります。あ、今回、魔獣でなくてもいいんで、一体だけ丸ごと頂いてもいいですか? 家に持って帰って熊鍋やりたいんです」
「熊鍋とは何だおい、マクベスはそんなこと一言も書いてなかったぞ」
「じゃ、あれだけ数も多いから討伐し終わったら、村に提供して鍋やってもらいません?」
「ふむ、それもいいかも知れんな、特産がこれといってなかったがちょうどいい」
「あの、閣下……。先ほどから、ちょいちょい気になっておりましたが、彼、魔法を使われますか?」
ようやく復活したカルドが軽い挙手を交えて話に加わってきた。
笑い疲れて肩で息をしながら真面目腐った顔をされても今更締まらず、笑いすぎて涙を拭っている男の沸点の低さは多少怪しいが今は話を進めたいので突っ込みは弾いておいた。
「探査魔法で熊の動向は逐一分かります。まだ魔獣化になってませんが、本当に時間の問題ですね」
まるで動かない様子のおしくらまんじゅうは森の中心辺りから動く気配はない。
不気味な様子と夜鳥の声も聞こえない森の静けさの異常さに、焚き火の爆ぜる音ばかりがよく響いた。
「魔士が不十分だと思っていましたが、それほどの実力者とは、剣だけではなかったのですね」
「今回は森の中なので魔法は制限します」
「燃えてもいいことはないですから十分です。火竜にあれだけの攻撃を繰り出す腕前がおありなら、心配も杞憂となりますね」
「カルド、魔獣は侮ってはいかん。彼でも苦戦するかも知れないのだから、油断はしないことだ」
「心得ております、閣下」
公爵の真剣な表情にルガートも頷き返し、探査魔法を展開してからふと疑問に思ったことを尋ねる。
周辺の森が深いとはいえ、数が多すぎる。
調べると、他の魔物の影は一つも見当たらない。
害獣でもある猪や鹿などはと探っても、そちらの反応も一切引っかからなかったのだ。
「ビッグベアばかりで猪も狩り尽くされて、森の生態系も崩れている可能性が高い。狩るなら一掃させた方がいいですよね」
「そうだな。アレしかいない森なら、下位の魔物すら喰われたあとだろう」
「こちらの腕の見せどころですね」
「頼りにしてます」
「これは頑張りませんと」
からりと笑ったカルドの緊張感はまったく見えず、ルガートもいつも通り、今日は探査魔法を展開させたままにしておこうと軽く頷いた。
「閣下、魔獣の素材はどうします?」
「今回はビッグベアとの差異だけ確保する。もし二体発生した場合は一体分くれてやろう」
「おお太っ腹」
「熊鍋の他にも食べれる料理を教えなさい」
「終わってからだろ。早えよ」
「ブフ!!」
緊張感の欠片もない作戦会議だったが滞りなく話を終えて仮眠することに。
公爵だけテントなのかと思っていたが、彼も地面の上で寝るらしい。
流石は短期間ながら冒険者をしていただけはある。
夜明け前。
「!!」
探査魔法でもはっきり分かる魔力の変化に飛び起きたルガートは、周囲の迷惑も顧みず大声で叫ぶ。
「魔獣化の兆しあり! 総数三体!! 現在魔獣化への変化中で場所は変わらず森の中! ウィンディア!」
「総員直ちに現場に向かう! 閣下!」
「出撃しろ! 村へは一体たりとも向かわせるな!!」
荷物は置き去ってウィンディアに跨り、足止めに先駆した。
予想外の数だがこれが村へ行くとなると被害は甚大なものとなろう。
木々の間を縫ってウィンディアに方向だけを示して走らせ、ルガートは刃の潰れたナマクラ剣を引き抜いた。
見えてきた黒い塊に鞍から飛び降り、強化魔法で全身を補正し、そこそこ派手な音で現れたこちらを見もしない不気味な魔物達を注視する。
「ウィンディア! 村の避難を任せた! 上手く誘導してやれ!!」
走りながら去る嘶きを聞き、振り返らずに端からビッグベアの頭を殴りつけていく。
呆気なく一体目を討伐したが、おしくらまんじゅうの動きは依然と前に前にと緩やかに動いている。
日の射すだろう開けた森は円状に宵空がパックリ見えており、こんな異様な光景でなければピクニックに最適な場所だと剣を振るう手を止めない。
「ロックウォール!」
円形の木々の地形を利用し、ボゴ、軽い音と共に木よりも高い岩の壁を作り出すせばこれでひとまず取りこぼしがないとようやっとこちらに向かってき始めたビッグベアを叩き崩す。
強化魔法と駆使して立ち向かうルガートの耳に岩壁の向こうで遅れて到着してきた部隊のどよめく声を認めて、頭を飛ばしながら叫んだ。
「ルガート様!」
「三〇秒後に魔法で崩す! そこから大きく離れろ!!」
「了解した! 両脇に散開、待機!!」
声のした場所の頭上付近に切れ込みを入れるよう風魔法を放ち、また一体のビッグベアを倒した瞬間、中途半端な姿勢から魔法を打ち出す。
切り取るように放った風魔法で隊の大人が三人並んで通れるだけの隙間を作り、更に土魔法で岩を吹っ飛ばした。
雪崩れ込むように中へと入ってきた部隊とカルドに向かって魔物の数と魔獣の位置を伝えるなか、これだけ暴れてもまだ魔獣の動きは見えないのが、かえって不気味に映った。




