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32.討伐前夜

 ブルースター公爵から送られてきた魔物の討伐調査の手紙だが、二枚ある内の後半一枚はほぼ父への反論の内容。

 文頭から言葉丁寧に書かれているようで子供の口喧嘩レベルの応酬を連想し、呆れながらそちらだけ先に父に手渡す。

 意訳は早く来い。


「思ったより急いてるな」

「ああ、かなり数がいるかも。確認し次第、討伐に切り替えるだろうし、殿下の活躍は見送りの方向だな」


 森の動物や魔物は既に狩り尽くされ、ビッグベアの群れが一様に集まり始めていると書かれていた。

 父の顔色は思わしくない。

 魔獣との戦いを思い出したのかもしれない。


「こればかりは仕方ないさ。発生を未然に防げるならそれに越したことはないだろう。肉と素材はしっかり持ち帰りなさい」

「了解。熊鍋とか食ってみたい」

「カレーとか、ステーキから始めた方がよくないか?」

「鍋は譲らねえよ?」


 目的地となる村の側近くの森。

 そこはブルースター公爵の領地の南端で、現着で合流するのが一番早い。

 手紙が届く頃にはおそらく出立しているから返信は結構と至極丁寧に書かれていたが、さっさと行くぞと言う暗喩なのか計りかねる。

 移動距離と公爵のはやし立てる手紙を考え、遅く着いては討伐もそれだけ遅れてしまう。

 すぐさま準備を始める為、部屋に戻るルガートを見送った執事長のサイトスは苦笑してマクベスに尋ねた。


「旦那様。公爵様は最初から討伐なさるおつもりだったのでは?」

「当然だな。何せ魔獣化は滅多に起こらない。絶対に理由をつけて狩るつもりだぞ」

「……ではなぜルガート様に同行を?」

「ザバルト領の火竜の件があるだろ? ……楽して倒せるなら部隊も最小限で済むからな。ルガートの奴は本当に手助け程度のつもりらしいが、甘い。絶対こき使うつもりだ」

「……公爵様ですから、無碍には……」

「どうだろうなあ……」


 今回は荷車も必要ないと装備は万全にしつつも身軽を務め、最小限の荷物を愛馬に乗せて早速跨る。

 目立たないように準備をしたのだが、第六感でも働いたのか、涙を目一杯こさえたケインが現れて慌てて馬から降りる。


「にいさまぁああああ!」

「悪いな、ケイン。最速でも一週間くらいで帰ってくるから」

「ぼくもいぐううう!」

「ダメだ。魔物の討伐に行くんだから」

(既にルガートの中でも討伐する気なのがまた……)


 見送りにきたマクベスが苦笑しながら目一杯抵抗するケインを引き受け、ルガートも謝りながらケインの頭を優しく撫でる。


「本当に悪い。帰ってきたら、ケインの好きなことに付き合うから許してくれ」

「いっじょにいだいいいい!」

「ケイン、ほら、わがままを言うな」

「だっでええええ!」


 これは今までで最上級の癇癪っぷり。

 ジミトリアスも最近では移動ばかりの日が多いしで、あまり構ってやれていないから寂しいのだろうと涙を拭う。


「ケイン。俺との約束覚えてないか?」

「……に、にいさま、いないどき、じのべんきょう」

「そうだ、それから?」

「いいごにしてる……」

「うん、ケインはいいこだから心配してない。他にはなんかあったか?」

「まだ……たくさんある」

「飽きたなら、お袋がお世話してる動物とか見せてもらえ。でも、泣いてばかりだとお袋も連れて行かないぞ? ほら泣き止め」


 ぐしゃぐしゃに髪を撫で回し、額を突き合わせる。


「な?」

「……なかない。べんきょうも、がんばる」

「うん、やっぱりケインは強いな。帰ってきたら、うんと遊んでやる。約束だ」


 父ごとハグしてやりながら頭を撫でて、まだしゃっくりが止まらない様子だが落ち着いた姿に安堵し、また少しだけ乱暴な手つきで小さな頭を撫でた。


「じゃ、行ってくる」

「道中無事で」

「おう。行ってきます」

「にいさま、いってらっしゃい!」

「行ってきます、ケイン」


 改めて馬に跨り、愛馬もやれやれと鼻息を荒く首を振るっていたが、俺が悪いのだろうか。

 指定された場所は公爵領の南端にある為、強化魔法で無理せず走らせればおそらく二、三日で行けそうな距離。


「ウィンディア、行けるか?」


 鼻息で猛々しく応えた馬に口端を上げ、首筋を撫でて腹を蹴った。



「乗馬も堪能か」

「ウィンディアは俺の愛馬なんで多少の無理を聞いてくれますが、普通の馬なら猛抗議するでしょうね」


 辺りは日も落ち、視界の利きづらい頃。

 ウィンディアの疲労具合に任せて夜通し飛ばし、ブルースター公爵の指定した森近くへ到着すると、既に討伐隊が野営の準備をしていた。

 やはり早く来ていて正解だった。

 荷を下ろし、疲れたから労えと言わんばかりに髪の毛をむしり食っているウィンディアは放置している。

 いつものことなのでしばらくすれば好きに水飲み場へ向かうだろう。


「ビッグベアの様子はどうですか」

「数が更に増えつつある。どうやら魔獣化は当たりのようだ」

「少し確認したいことがあるんですが……」

「待て、休まず来たのだろう? すぐに行くからあっちでまずは体を休ませろ」

「ありがとうございます。失礼いたします、閣下」


 荷馬車の御者達に指示を始める公爵から離れ、細枝の焚き火を火をおこしている人達の一角は既に寛いでいる様子の部隊の者がそれなりにいて、今はちょうど食事の準備中なのだろう。

 足を向けた途端、遠慮のない視線をもらいつつ、一番近くの焚き火にいる人に声をかけた。

 他の者と装備が違い、隊を取りまとめる者かとこちらに気付いた男に頭を下げる。


「失礼します。ここ座っていいですか?」

「ああ、遠慮せずどうぞ」

「ありがとうございます」


 腰を据えて自身の荷物を広げようとした手を遮られるように声が横から。


「ルガート・ボスティス様ですね?」

「はい。初めまして、今回は調査に加えていただきありがとうございます」

「閣下よりお話は伺っております。粗末な野営食ですが、どうぞ」


 まさか食事をくれると思わなかったので驚きながらお礼を言い、自分の持っているものより豪勢だと返すとあとで見せてもらっても? と気さくに話しかけてくれた。

 温かいスープは野営では贅沢だろう。

 今日だけかも知れない。

 染み込む一口目が乾きかけの口にほどよく広がる。


「さて諸君、我が知古、ボスティス侯爵より借り受けた次男ルガートだが、この作戦の要でもある」


 背後にやってきた公爵が何か言い出した。

 スープは噴き出さないでいたが、何を言うのか想像して顔色を変えて振り返る。

 が、肩を捕まえた手が前を見ていろと言わんばかりに制止させ、このおっさんと胸中で毒付いた。

 見返すのは怪訝な色ばかり。

 中には険を含む者もいた。


「調査対象のビッグベアだが、魔物の集まり方を見て、まず魔獣化することを念頭に入れておくように。普段、お前達が相手をしていたビッグベアの強さは当てにならないほど強さが跳ね上がることは間違いない。よくよく注意を怠るな」

「しかし、恐れながら閣下、要……と言いましても、彼はまだ子供なのでは?」

「何の役に立てると考えれば……」

「彼を守りながら戦えばよろしいのですか?」


 不気味に笑う公爵の意図が掴めず口々に戸惑う部隊の人達を気の毒そうに見つめ、人によっては見慣れた嘲りや侮りの視線ももらう。

 いや当然だな。


「お前達には火竜の骨を調達しに行ってもらったな?」

「は。まず骨がほとんど残っており、そのどれもが少ない手数での致命傷に驚かされました」

「それが目の前にいる此奴の仕業だと言えばどうだ」


 しん、と静まり返る野営地に、焚き火の爆ぜる音しか響かない苦行。

 部隊の人達全員の視線をもらい受ける形となり、このおっさんやらかしてくれたな、と悪態轟々と胸中で叫ぶ。

 仏頂面にしないだけで精一杯だった。


「あの、数を……?」

「一〇体以上だぞ……?」

「それを……」

「一人で?」

「実力がある者ならば、彼の力量にすぐさま気付いたはずだな」


 側にいて食事を渡してくれた人に視線を向ければ、なんとなしににこりと食えない笑みを返される。

 なるほど?


「まだ年端も行かぬ小僧であるが、その実力は部隊長も凌ぐ。外見で判断すると、足元を掬われるぞ」

「少なくとも、お前達より礼儀も弁えている。あまりこちらの品位を落としてくれるな」


 以上だ。

 公爵の声を最後に、どよめきがさざめくも、含みのあった視線は困惑と疑念を残しつつすぐに顔を背けられる。

 気まずけな距離感になおのこと居心地の悪さを覚えるが、今更の空気感と知っている視線だったので、ルガートも特に気に留めはせず瞼を下ろした。

ウィンディア、栗毛の雌。

好きなことはルガートの髪をはむ。

食感が楽しいらしい。

よだれでベタベタになっても水魔法で洗い流すのを見てから遠慮しないではみまくり。

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