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30.元英雄

 案の定、ボロボロにされるのはいつものことだが、やはり肉弾戦は少々考えながら動いてしまう為、反射で動けるようになるには経験を積むしかない。

 ガレッソって何が弱点なんだよ。

 魔法も割りと耐性あるし、親父の話では光属性も堪能のはずで、剣や体術は言わずもがな。

 いわゆるチートというやつか、えげつねぇ……。


「……何で、ぜんぶ捨てた?」

「格好悪い話です。どこまで聞き及んでますかな?」

「先代国王を含む四名の英雄達によって魔王が討ち倒されたとまでしか。それと、誓約魔法。あと、S級の冒険者とだけ」


 各箇所の痛みや呼吸もだいぶ引いてきたので、寝転がるまま首だけ動かし男を見上げる。

 目を閉じて懐かしむように口元を和らげた様子に、上半身を起こし上げた。


「なるほど、旦那様は理由までは語りませんでしたか。義理堅くいらっしゃる」

「詳しくは本人から聞けと言われたが、負担があるなら無理に話さなくていい」

「いえ、元を辿れば私のせいでしょう。さして面白くもない理由ですから」


 地面に腰を下ろしたガレッソの側にルガートも起き上がって居住まいを正す。

 ようやく太陽が昇り切り、朝特有の柔らかい日の光に目を細めた。

 ゆるやかに体を温めてくれる太陽に目を閉じていたガレッソも、少し沈黙し、そしてその視線がルガートを捉える。


「魔王討伐ののち、先代国王は私なぞに公爵位と一生では使い切れない身に余るほどの金、そして領地まで用意してくださった。しかし私には、そのどれも、無意味なもの」

「……聖女か?」

「ほほ。坊っちゃん、ロマンスがお好きかな?」


 深堀りしすぎたか?

 憶測が外れ頭を掻いて続きを促し、にこりと笑みを向けたガレッソもまた東の空を見上げた。

 昇りきった太陽は直視が難しくなり、ガレッソも目を伏せている。


「聖女は、今この国の必要な柱。彼女の魔法はあらゆる怪我、病を治癒するもの。その類稀なる力を、国が手放すはずがない。もう、随分と会っていない聖女は……私の妹です」

「…………」


 まさか。


「この事実は今や知る者の方が少ないでしょう。元々兄妹と公言もしておりませんでした。……それが仇となり、私は妹を守りきれず、妹はその身ひとつで自ら国王の元へ下り、今日も生きています」


 確かに、聖女の活躍はあまり耳にしない。

 その姿も公には出ていない為か、噂話ばかりが行き交うのみで、酷いものでは生死すら定かではないと口さがない者もいた。


「……そんなの、分かる訳が……」

「坊っちゃん、光属性はまだ苦手なようで」

「うぐ。……ああ」


 いきなり転換された話題はしかし事実なので頷くと、胡座に据えていた木刀を脇に置き、男の分厚い右手が差し出される。


「誓約魔法並の秘匿魔法です。速いので、見失わないようよくご覧なさい」


 ゆっくりと右手を宙に差し出すように上げたガレッソ。

 その指先、そして手のひらへ広がる光の屈折。

 七色に乱反射する輝きは太陽の光を受けると更に際立って光の尾を引いた。

 あまりの綺麗さに思わず開いた口が塞がらず、しかし目を逸らさずその不可思議な魔力を見つめる。

 手から緩やかに離れたそれは、瞬間、目に見えぬ速さで空へ放たれたと思いきや、雲に隠れた間際に一瞬の輝きを弾かせ、瞬く間に消えてしまった。

 呆気に取られ、空を見たまま硬直するルガート。


「王都は北西です」

「え?」


 言われるがまま北西の空を振り向いた瞬間、ガレッソの魔法同様、優しい淡い薄緑の光が上空で弾かれた。

 次の瞬間、隣にいたガレッソの体に同色の光が降り注がれる。

 それはまるで。


「癒しの光?」

「流石です。妹は癒しの光を、私は守りの光を。朝一番の習慣です。……はは。いつもより遅かったものだから、珍しく精度が乱れてますな」

「……っ、……ガレッソ! お前は、それでいいのか」

「致し方ありますまい」


 キッパリ告げた男の目は静かで、ルガートは無意識のうちに握り込んでいた爪の先が傷を付けているとも知らずに男を睨みつけた。

 穏やかに笑う男は、今、六〇を過ぎている。

 ならば聖女である妹も、近い年齢。

 魔王を討ち倒したのち?

 何年だ。

 何年、この人達は会っていない。

 何年、言葉を交わしていない。

 いつから、このやり取りを続けていた。


「坊っちゃん」

「……」

「ありがとうございます。明確な感情を露わにするとは、随分と久し振りですね」


 男は知らないようだが、最近では、自分でも起伏が激しくなったと震える手をゆっくり開く。

 くっきり残る爪の跡から血が滲み、やり切れない思いに顔を歪めた。

 痛みはあまり感じなくて、それだけ頭に血が昇っているのだろう。


「……こんな時にからかうな」

「本心でございます。旦那様達も同情はしていただきましたが、所詮はそれまでです。坊っちゃんが初めてですよ。それほどまでに共感していただけた方は」


 そんなことを言ったって、自分の身内のことだろうに。

 彼の歳では両親も生きているか不明だ。

 他に兄弟がいるかは聞いていないが、肉親の一人と何十年と会っていない物寂しさを想像して、投影すれば、身が切られる思いだった。

 彼が公言もしない事情は、一体どれだけ知っている。

 なぜそうまでして笑っていられるのか不思議でたまらなかった。


「実はこの魔法、お互いの感情や思念を乗せて放てるんです」

「…………は?」


 今……なんだって?


「なので、お互いの近況報告はかなり正確に行われております。話は出来ずとも、姿は見えなくとも、寂しくはありませんよ。と言ってもまあ体得したのもつい最近なのですが」

「……この、ジジイ……!!!」


 殴ろうとしたが顔面を捕まえられて空振り、足を出したが上から押さえつけられ動きを封じられる。

 秘匿魔法って、そこまでかよ!

 規格外もいいとこだろ!!


「明日の報告が楽しみですなあ! 我々を思って泣いていただいた坊っちゃん大変貴重ですから、妹も喜びます」

「誰が泣くか!? おいこら嘘を教えんじゃねえよ!」

「私は泣きました」

「っ」


 唐突に真顔になるガレッソの目は真摯に見つめ、なおも殴りかかろうと振りかざした手を下げる。

 離れた手のひらの先に見えた男は、くしゃりと顔を歪ませ、少しだけ、泣いてるように見えた。

 涙は流れていない。

 だが、逆光で見えにくいだけで、その声は震えていた。


「数十年振りに、妹に会えた気がしました」

「……ガレッソ……」

「坊っちゃん、私はこの侯爵家に来てから、毎日が楽しくて仕方がないのです。マクベス様に仕え、テレジア様からお優しい言葉をいただき、ジミトリアス様の成長を見つめ、ルガート様は剣も魔法の才覚もある、ケイン様は将来が楽しみで……。妹との話が尽きません」


 だが言葉を交わしている訳ではない。

 思念の意思疎通と言っていたからには、会話はできていないのだ。


「なおさらだ。人間ってのは貪欲なんだ。会いたいに決まってるだろ。——ガレッソ」


 決意表明だ。

 ルガートは勢いつけてその場に立ち上がり、かつての英雄と謳われた男を見下ろした。

 その瞳は衰えを知らず、その生があるうちに叶えられるかと不安が頭をよぎるも、逸らさず睨み据えた。


「はい」

「五年……いや三年待て。光と闇魔法を習得してみせる。俺の考える魔法で、妹さんに会わせてみせる」

「…………。それは、楽しみで仕方ありませんな」


 知らないはずの元英雄の、若者の笑顔がダブって見えた。

 泣き笑いに近い、少しふにゃりとした笑顔は情けなくも見えるけど、心から笑っている顔だった。


「まずガレッソ、お前他の属性も強いんだろ?」

「お恥ずかしながら。私は光以外の制御がからきしダメでして……」

「……何で俺の周りの奴らは制御で躓く奴が多いんだ」

「では私もお勉強ですな。よろしくお頼み申し上げますぞ、坊っちゃん」

「分かったよ」


 新たな目標、それもかなり自分を追い込んだものを掲げたが、俄然背筋が伸びる思いだ。

 ひとまずガレッソには各属性から習得してもらう必要がある。

 ことあるごとに魔法に接してもらうようにし、並行して魔力操作もフレイン達に施したものを改良してある。


「坊っちゃん、なかなか鬼畜ですな」

「だからって手加減するような奴じゃねえよな?」


 転がしていた木刀を拾い、再び手合わせしてもらいたいので顎を上げて挑発する。

 二分もしないで沈められるのは、いつもの光景だった。


朝日が昇る時、妹との挨拶が叶う瞬間。

どれだけの距離があろうとも血縁を追い、たった一人となった妹へそそがれる、守護の魔法。


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