03.
「兄貴。地味な色で頼む。華やかさは無縁なんだ、地味なのでいいって」
「容姿は同じだ馬鹿者。お前だけ母上の瞳の色を受け継いでいるというのにその及び腰は何だ」
「ルガート様は合わないお色はまずありませんので、選び甲斐がございます!」
「厳選しすぎて失敗するパターンだぞそれ」
俺達の母、テレジアは華やかというより可憐さを全面に押し出したような人で、淡い花々がよく似合う人だ。
そんな母から受け継いだ深碧の色。
兄と弟は父のはしばみ色、いわゆるヘーゼル。
ルガートとジミトリアスは顔立ちが父似なので違いは目の色や性格など、年齢故の体格差くらい。
ケインは顔立ちも母似でルガートの時以上に可愛がられていなくもない。
ブラコン二人も加わっているので尚更。
髪色は長男次男が父譲りの淡い金髪、三男は母譲りの薄い茶髪を。
地味と言うものの、その見た目はまあまあ派手な容姿だった。
「いっそ目の色に合わせるか」
「家出するぞ」
濃碧は落ち着きあるので、夜会ではそれ以上の色のせめぎ合いがあって案外埋もれるかと頷こうと視線を巡らせると、ジミトリアスの意図を汲み、素早く笑みを浮かべて持ってきてくれたリズリーの手にする服を見て即断却下した。
何で明暗で明を取ったリズリー。
それむしろ黄緑じゃねえか。
俺の平穏は無視か、残念そうな顔は止めろ。
「では色くらい自分で選べ。こう言う時は主張しとかないと、後々遊ばれるぞ」
「これにする」
「早いな」
笑う兄とリズリーの反応に身の危険を感じ、冷や汗を浮かべ手にしたのは紺よりも更に濃い色の藍色。
ほとんど黒に近く見えるが、完全に黒色ではないのでセーフ。
頷く姿に及第点はいただけたようだ。
「ふむ。重厚な色だな。よく似合うだろう。あとは靴だな。もうダメにしたって?」
「ああ、もう少し頑丈なのないもんか兄貴」
「革靴に何を求めているんだお前は。まず革靴で鍛錬をするものじゃない」
動きにくい時にこそ身軽に動きたいんだが。
履き潰し前提で選ぶルガートに頭を抱えるジミトリアスの側で、リズリーは口元を隠して笑いを堪えた。
強い希望が通り、靴も余分に三足買うと、他にもあるぞと細々したものは兄に任せて店の外に脱出する。
小銭入れを取り出し、おそらくこんな販売方法はボスティス領ならではと思う水魔法で水球をいくつも浮かべた露店の一つに向かう。
「親父さん、飲み物四つくれ」
「四〇〇ロガーだよ、坊っちゃん」
「はい、ありがとう」
ここらでは最近発掘された一般的な炭酸水。
父の領地、ボスティス領は温泉がある。
試飲して飲める炭酸泉からこうして販売まで漕ぎ着けている辺り、商魂たくましい。
レモンで味をつけたカップを持って服飾店の前に戻れば、兄と荷物を馬車に詰め込んでいるメイドと御者が待ち構えていた。
いつもの光景だ。
「ルガート……」
「いらないか?」
「いるがな。あまりうろちょろするな」
「今更ー」
全員に配り、冷えたカップに口をつける。
「リズリー、炭酸の温泉って肌にいいらしいぞ」
「本当ですか坊っちゃん!」
勢いがよろしすぎる速さでこちらを向いた輝く目元に、やはりこういうのは女子ウケ抜群だと頷く。
笑って領地内や町中を歩いて回る時は兄も乗り気で、冷やかしも程々にたまに購入したりと結構すみずみまで練り歩く。
気付けば日も落ちそうな時刻だった。
「しまった、またこんな時間に! ルガート、急いで帰るぞ」
「おおっ」
購入した服より大量の荷物を詰め込み屋敷へ戻れば、お昼寝から目覚めたケインが仏頂面で出迎えた。
兄と二人で説き伏せても機嫌は直らず、結局は母に泣きついたケインの機嫌を時間をかけて取り戻し、笑う母から荷解きに行きなさいと部屋から追い出された。
リズリーが申し出たが、見た目より重い荷物を持って自室へ向かう。
なぜか兄もついてくる不思議。
「色々買ったが、何に使うんだ?」
「とりあえず石の性質を確かめる」
「は?」
暖炉によく乾燥した薪を組み、台座がわりの鉄網とその上に落ちないよう石を乗せる。
薪に魔法で火を放つと瞬間的に薪が燃え盛るが、外でやったらまた味が出ていいかもしれない。
発火しそうなくらいの熱を持つ石の上に乗せられたものから甘い匂いが室内に広がると、リズリーがいち早く反応してくれた。
「これは、少し焦げ臭いですが、イモの香りでしょうか?」
「正解。食べるか?」
熱いが何とか二つに割り、ずっと手に持つのは熱すぎるので皿を用意して二人に手渡す。
石焼きイモの魅力はまだ未体験だった二人が一口食べた途端に見開かれた目を見れば、感想を聞くまでもないだろう。
「美味い。なんて甘味だ」
「坊っちゃん、お砂糖の類は何も混ぜておりませんでしたよね?」
「そのイモ本来の甘味だな」
兄貴から一口もらって甘味も確かめ、美味さに深く頷いた。
粘り気もあり尚更甘みが強く、自分用にも皿に取り分けておく。
欲を言えばバターも欲しい。
「芋を焼くのが石の性質を調べるのにどう関わる」
「そっちついで。石はこれからだ」
「?」
「?」
風魔法で石を浮かべ、変色した周囲のみを分断。
適度な大きさにしたらそこから水の魔法と併用して研磨する。
見た目も滑らかな具合になると、風と水である程度冷やされた石は両の手のひら大まで小さくなり、まだ直で持つには熱い。
「リズリー、ちょっとそっちのソファーで寝転がってくれ」
「え!?」
「腰と肩だとどちらが怠かったり重い?」
「えええええ、と、腰でしょうか?」
「分かった。うつ伏せになってくれ」
「しかし」
「頼む」
「う、坊っちゃんからのお願い、貴重……!」
ぶつぶつと何かを言いながらリズリーは顔を隠してジミトリアスにも断りを入れ、二人がけ用のソファーの上にうつ伏せたのを見届け、研磨したばかりの石を声をかけてから腰の上に乗せた。
「……あ、温かいです」
「熱さは?」
「服を着ているので、ちょうどいいくらいです」
「じゃ、しばらくそのままな」
「はい」
乗ってきた勢いで残る石を研磨し始め、兄もやりたそうな雰囲気を分かりやすく滲ませながらルガートの周りをそわそわ動き始める。
苦笑して一人用の椅子に座ってもらい、ハンカチを持たせてからその両手に乗せてやる。
力の抜けた声に熱さもほどよく冷めたらしい。
うつ伏せ寝のリズリーの側へしゃがみ込むと、やや溶けている顔に声をかけた。
「重くはないか?」
「ちか! 坊っちゃん近いです!」
「動けないならこうするだろ。で? 重くないか?」
「は、はい! 平たい石ですから問題ありません! 心なしか、身体中がポカポカしてきました」
「私も手しか乗せてないが、温まってきたな」
にんまり笑って熱が引くまで体勢を維持してもらい、残りの石を研磨し終える頃には冷えてきた石をテーブルに戻してリズリーには起きてもらう。
ほどよく汗も掻いたろうから、水分補給用に買ってきたハーブティーを試して欲しいので食器を整えるルガートの姿にリズリーが動く前に座ってるようお願いすると、素早く着席してくれた。
「申し訳ありません! 坊っちゃんの手を煩わせてしまいました!」
「まだ実験中だからそのままでいろって。火傷はしてないか?」
「はい。紅茶も絶妙なバランスです」
紅茶の絶妙なバランスって何だそれ。
兄にも紅茶を手渡し、研磨したばかりの石を眺めて多少まだ荒削りなのでもう少し研磨する。
乗せる負担も考えるが、削ると薄くなりすぎて、熱が加わったら割れる可能性がある。
既にいくつかは失敗していた。
「しかし何でまたこんなことを?」
ジミトリアスの疑問はもっともだ。
買い物中に見つけた店でいきなり数種類の石をくれと言ったルガートを見ていた顔が見事に揃って少し面白かったのを思い出す。
「最近、お袋が手足が冷えるって言っててな。夜会って下手に着膨れも出来ないだろ? 移動中だけでもこれ使えば体も温まるし血色も良くなる。あとは病気や怪我で温泉に入れない奴も、多少は体調改善に役立てられると思ったんだ」
適した石を探すのはこれからになる。
今の所は見当をつけているが、のんびり探すつもりでいる。
近場の石から確かめてもいいけれど、石の性質が左右する場合が高い。
また誰かに聞くか本で探そうとテーブルに乗せられた石を満足げに見下ろし、顔を上げるとなぜかにこやかな笑顔の二人の様子に身を引くのだった。
リズリーも買い物は夢中になるタイプなのでだいたい時間を忘れがちです。御者は温かい目で見守るからまったく急かしません。
親父さんとは顔見知りだったり。