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28.

「ルガート、おかえりなさい」

「ただいまお袋。今日は予定ないのか?」

「ええ。貴方が帰ってくる日付けは分かっていたから、明日もお休みよ。お土産話を楽しみにしていたの」


 のほーんと笑う母、テレジアは膝の上に乗せるケインと顔を合わせてねー? と言い合い、朗らかすぎる笑顔で出迎えられた。

 見た目に反して意外と活動的で、領地の各所をあちこち出回っているが、今日は珍しく昼間に声が聞こえたものだから驚いた。


「土産は?」

「もう貰っているわ。ありがとう、素敵なアクセサリーね」


 ボスティス家にいる女性達には邪魔にならないスカーフや髪留めを。

 男性達にはカフスボタンや小さな小銭入れ。

 それから全員に行き渡るように選んだブローチ。

 これは好みもあるだろうから早い者勝ちで。

 ケインにはおもちゃの他に展覧会のパンフレット各種とジョシュアから借りたヴァイオリンを更に貸した。


「にいさま、これぼくがつかっていいんですか!?」

「いいぞー。借り物だから壊すなよ?」

「はい!」

「お袋、家に楽器あった?」

「あら、ルガート、ちゃんとありますよ」


 ころころと笑う母にやっぱあるよなと苦笑する。

 自身が興味を示していなかっただけで、しっかり用意はされていたのだ。

 ジミトリアスも楽器の類はそこそこ扱えると言われた時は驚いて凝視してしまった。

 軽く頭を叩かれ、肩を竦める。


「お前がいかに魔法しか興味なかったかよく分かった」

「反省はしてる。せっかく借りたからな。ある程度は弾けるように練習しようかと思って」

「まあ、ルガート! 本当に? 嬉しいわ!」


 はしゃぐ母と一緒にケインもきゃっきゃと跳ねる。

 癒し枠。

 ジミトリアスも深々頷いていた。


「ヴァイオリンならそこそこなら教えてやれる。とりあえず、展覧会の様子を聞かせてくれ」

「一緒に行けばよかったじゃねえか」

「荷馬車でか」

「楽だろ、荷馬車」


 なかなか濃い三日間の話を伝えながら、母の膝から降り、リズリーに手伝ってもらい、楽しそうにケインのギッコギッコと響くヴァイオリンの音を聴き流す。

 ふと絵画に興味を示したジミトリアスが肩を窄めて買ったのか? と怪訝に尋ねてきたその表情は僅かに引き気味だ。

 クヴェンナの噂は結構広範囲らしい。

 まあ、国外にも客層が広がってるくらいなのだから、当然、国内の貴族には既に周知の存在か。

 しかしやはり極端な画風の印象は兄の態度を見れば明らかだった。


「ああ。違う絵も今度届く予定だから、適当に飾っとく」

「……正直、クヴェンナの絵は少し苦手だ。芸術を否定する訳ではないが、単色使いばかりだろう? 色もなぜか限定的だ」

「俺もそう思ってたんだが……リズリー、すまない、絵を持ってきてくれるか?」


 リズリーに頼み、ケインと一緒に持ってきてくれるがほとんど手を添えてる状態に全員が微笑ましく眺める。

 その絵を受け取とるとルガートは窓辺に歩き出し、光が背になるよう家族に向けた。


「あら!」

「ほお……」

「絵がでた!」


 選んだのは朝焼けっぽい色合いの風景画。

 光に透け、街並みが顔を覗かせた。

 驚く面々に、やはりこれも知られていないのだなと苦笑する。


「どうやらこのカラクリに気付いた奴に、違う絵を贈呈するのが趣味らしくて、断ったらまた別の絵をもらえることになった」

「こんな意図があったのか。いや驚いた。知らない者が多いんじゃないのか? ……ただの狂人かと」


 そっと目を逸らすジミトリアスと似た動作でルガートも視線を外す。


「いや、実際目の前にしたら、ちょっと分からなくもない」


 あの仮面は驚く。

 噂だけ聞いている様子の兄が対面したらどんなリアクションをするのやら。


「しかし壁に飾るものをこういう風に描くとなると、配置に困るな。どう飾ったらいいものか……」

「そうねぇ。日の光も使った絵画なのだから、いっそ窓に飾りましょうか」

「見栄えが悪くなります、母上」

「んー……」

「ケイン、落とすと大目玉を喰らうのは俺だからな、難しかったら小さいのから始めるぞ」

「はーい」


 母に絵画を手渡し、再度日の光に当てながら悩む二人を放置してケインの方に構うルガート。

 良くも悪くもマイペースな家族に微笑みを浮かべるリズリーは自分の仕事をこなした。



「私だけ除け者!」

「旦那様、お仕事、お疲れ様でございます」


 仕事を終えた父マクベスが談話室のドアを壊さんばかりに入ってきて、それから更に賑やかになった。

 夕食まで話に花を咲かせ、食事が終わりかける頃にははしゃいだからだろう既にお眠のケインは就寝に部屋へと下がり、四人で再び談話室へと移動する。

 そういえば伝え漏れていた案件に、ルガートは父に報告した。


「あ、親父、近いうちまた出る」

「またザバルト領へ行くのか?」

「いや、ブルースター公爵閣下からの要請。ビッグベアが魔獣化する恐れがあるみたいで、その調査に加えてもらえることになった」

「何!? あいつは! ルガート、そういう話は帰ってきて一番に言いなさい!」

「すみません……?」


 ぷりぷり怒り出す父に怪訝に思うが、今日はもう仕方ないから明日一番に手紙を出すと溜め息をついていた。


「兄貴、この魔獣化の件、王太子殿下の耳に入るか?」

「そうだな。だが、今回は前のように確定した要素はないし、今から殿下のスケジュールを変更させるのも難しいからな。気楽に調査してこい」

「魔獣化はまだ確定してねぇよ?」

「なくとも実力を試されたいんだ。事後報告で終わらせたい」


 それとなく目が死んでそうな兄からゆっくり視線を逸らした。


「それよりルガート、さっきの楽器製作者が来るという話だが」

「多分、直接屋敷に来ると思う。俺の署名も渡しといた」

「ふむ。温泉宿で音楽隊を組ませるのも楽しそうだな」

「国内や諸外国の民謡弾かせたらどうだろ」

「面白そうだな。父上、譜面起しも依頼させましょう」

「あら、旦那様、身重の方らに唄わせるのはいかがでしょう?」

「テレジア、なんて素敵な発想だ」


 話は尽きず、いつもより少し遅くに皆就寝する。



 家に帰って来たはずなのに、気持ちがいくらか高揚していた。

 眠れないなと顔を擦りながらベッドから離れ、窓を開けて外の景色をぼんやり見つめた。

 満月に近い月が出ているから遠くまでよく見え、明かりのほとんどない景色は薄闇を際立たせる。

 星もよく見える空気を吸うと、まだまだ夜は僅かに肌寒い。

 精神的に落ち着きを得るには程よい気温だった。

 神経が研ぎ澄まされる空気に当てられ、ぼんやりしてても目だけはしっかり異変を察知してくれた。


 不意にほとばしった不審な灯りを見つけ、目を眇める。


(何だ)


 屋敷からはやや離れている森から、突然沸いたように一瞬光ったそれ。

 部屋に戻って軽く着替えたルガートは剣を手に窓から飛び降り、危なげなく着地する。

 強化魔法を駆使した荒技に親父達が見たら大目玉だなと目的地へと駆けた。

 森の一角はたまにガレッソとの鍛錬にも使われる場所で、夜でも木の位置にさえ気に留めていれば別段怖くもなんともない。

 領地の町からも離れている為、人の気配はほとんどないに等しいところからの、不審な灯り。

 極力足音を立てないよう森の中へ足を踏み入れ、剣は既に抜き身で周囲を警戒する。

 灯りと部屋から見えた位置を照らし合わせると、そろそろ到着してもいい頃。

 漂ってきた臭いに足を止めた。


(微かに焦げる甘い臭い。薪? ……魔物じゃない)


 最大限の警戒に切り替え、結界と強化魔法を使用した瞬間だった。

 身の竦むほどの殺気を当てられ、身体がいうことを利かず、堪らず剣を取り落としそうになった。

 初めて体感した、尋常ではない殺気。

 脳裏を過ぎったのは父の言葉。


 そして、ガレッソの姿。


「動くな」


 背後から音もなく現れたナイフ。

 柄も無いそれは異様に細く小さい。

 これは躊躇いなく殺す奴だと頭の中で警鐘が鳴り響いていた。

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