27.英雄
タイトルを付けれる時に付けていきたいと思います。
「親父いるか?」
「お前は帰って開口一番にそれは無いだろう」
「にいさま、おかえりなさい!」
「ただいまケイン。兄貴もただいま」
「おかえり」
今回は日程通りの帰宅が叶い、忙しいのに出迎えに来てくれた兄と笑顔の弟が玄関で元気に手を振っている。
荷物と馬を厩番に任せて降り立つとケインからタックルをもらって笑いながら一周回して抱き上げ、頬擦りしてくるモチモチの肌を堪能する。
反抗期が来てしまったら、こんなこともさせてもらえないだろう、今だけ何も言わずにされるがままとなっていた。
「ちょっとあっちで色々と聞きたいことが増えたんだ。お土産もあるから、先に適当に見ててくれ」
「分かった。土産話はあとで聞こう。ケイン、談話室へ行こうか」
「はい! にいさま、またあとで!」
「ああ」
屋敷に入る前に先にメイドが動いてくれたらしく、そのまま執務室へと通されると、仕事中の父の様子に一旦置く。
「忙しかったら、あとで出直すけど」
「少し待ってなさい。今飲み物を用意させた」
「分かった」
書架から適当な本を見繕い、確認したいものの一つが知れて何とも言えぬ既視感を持つ。
すべて手書きのそれは、父の筆跡でまとめられていた。
ブルースター公爵は魔物の生息や生態に興味を惹かれている印象があったが、親父はどうやら、倒した魔物から取れる素材などを道具に転用できるかに着目していたようだ。
どちらも手書きだが、並んだらいい書籍扱いだとしばらくそれを眺め、執事長の運んできてくれたお茶に喉を潤す。
風呂の準備も整っているとにこりと笑みを向けられ、気分も上向く。
温泉を引いているから、メイド達に風呂の用意をさせなくていいのは楽だな。
掃除もルガートが率先してやるくらいなので、誰が一番利用しているのか分かりやすかった。
対面のソファーにやって来た親父が目元を揉みほぐしながら腰を下ろし、お茶を飲み込むとさてと切り出す。
「緊急か?」
「何と言うか、ガレッソについて」
「ああ。まあ耳に入るとは思っていた」
まるでいつ聞いてもよかったんだぞと言われた気がして、あまりの軽やかな口振りに隠している訳では無いものと息をつく。
大事ないなら、まあそれはそれでいいのだが。
「英雄マーソラール。先代国王達と共に魔王を打ち破ったって話、何で教えてくれなかったんだ?」
主に自身も興味の振り幅が狭かった要因もあるが。
「お前はそれより魔法に齧り付いていたからな。怪我もあったし、別にいいかと思って。勉強も滞りなく進めていたからこちらが不思議なくらいだぞ?」
どうやら本当にルガートが聞けば教える軽さだったらしく、頭が沈む。
確かに自国の歴史を勉強している時にさらりと見ただけで終わっていた。
自分の家に国を救った英雄が衛兵長をしているなど夢にも思わないだろうに。
「お陰でジョシュアにドン引きされた」
「ああ、あの子は今時珍しく、ガレッソを一目で認識していたな。若いのに関心だ」
「悪かったな、無頓着で」
珍しく拗ねる息子の態度に父マクベスはひっそりと笑う。
帰ってきて気が緩んでいるのだろう、本当に珍しいと口には出さずに話を逸らす。
「ガレッソたっての希望だからな」
「……。英雄として何かしらの足枷とかあるなら、俺もこれ以上は聞かない」
「いや、そう言うんでは無い。身軽でいたいそうだ」
「?」
難しいのではないだろうか。
聖女の騎士、魔王を打ち破った英雄、先代国王の知古。
挙げればまだまだ出そうな逸話は省略されるが、それだけの功績を成したのだから、爵位や諸々得ていると思って父を見つめる。
「ガレッソは、全て返上したそうだ。地位、金、土地、全ての権利を。その代わりに得たのは、王国への忠誠と絶対不変の魔法だと聞いている」
「……。……なん、だそれ……」
聞いていて、背筋が粟立つ。
「理由は察するが、王国……王家への絶対的な忠誠と、他国へ移住せず、地位を得ず、再び魔王が降臨した際は国の為に身を捧げると交わした……言わば、誓約魔法だな」
「そんな魔法があるのか……?」
少なくとも、屋敷の蔵書では見かけなかった魔法。
未知のものでもどこか不気味さを含んだ言葉の端々に感じたのは、畏怖に近い。
「そっちはまだ不勉強か」
「むしろ初耳だ」
「誓約魔法は相手を絶対拘束する。倫理にもとると、先代国王が内密に新たに勅命し、関係書類はすべて破棄されたからな。知らなくて当然だ」
今試したな親父め。
「全てを捨て、力はあるがいち冒険者として籍を置いていたらしい。S級のな。先王もそこだけはと宣旨が下されたと聞いている。まあ本人はそれすら隠していたが。そこで俺と出会った」
「ん?」
「その頃、出来るものなら一年間だけ国内外を巡っていいと父と約束してな。当時まだ三男坊だったブルースター公爵、ラインハルトと各地を巡ったものだ」
「……だから冒険者、なるほどな」
公爵の名前、初めて聞いた気がする。
ラインハルト・ブルースター公爵。
三男坊にしてなかなかの放蕩者だった男達。
父マクベスと力試しと言えなくもない冒険へ繰り出し、身分を隠して各地を巡り、魔物と戦い、その魅力に取り憑かれたらしい。
あそこまでのめり込むと思わなかったと若干引いている父もどっこいどっこいなのは、書架に収まる手記の数々を見つつ沈黙で返す。
「西側を巡っている時、これがなかなか手強い魔物と出会ってな。今思うとあの強さは魔獣だった」
「怪我は」
「お前も見てる。この腰の傷だ」
「……」
風呂で見たことがある。
貴族にしては随分と不釣り合いな傷だとは思っていたが、まさかの冒険者時代の怪我とは。
背中までパックリ裂けていたあの傷かと頭を振り、再度父の顔を見つめる。
「ラインハルトも瀕死寸前の深傷を負った。お互いの状態も分からぬまま今生の別れと覚悟を決めたその時、ガレッソが瞬殺で助けてくれた」
「……瞬殺」
「ああ。文字通り瞬殺だ。一瞬で魔獣は塵となった。ガレッソは助けてくれたらしいが、俺は今度は未確認の人型の魔物か魔獣が現れたのだと錯覚したよ」
ゾッとした。
普段のガレッソのひととなりからは程遠い気性。
つまり殺気を放ち、人を寄せつけない雰囲気だったと。
想像からかけ離れている男の話に、まったくと言っていいほどあの喰えない笑みと一致しなかった。
「光魔法で癒してくれて一命を取り留めた俺達は、ガレッソに何とかお礼をさせてくれとすがってな。あっちは最初、迷惑そうにしていた」
「信じられないな」
厳しい表情を見せる時はあるが、それだって想像の範囲内で、優しげに笑うガレッソの一匹狼時代の様相がまったく浮かばない。
歴戦の猛者とかなら、まだ何となく分かる気がする。
「今の姿を見るとな。……恩人に謝意も無しなど、こちらが絶対に折れる訳にはいかなかったし、半ば無理矢理彼のあとをくっ付いて口説き落としたんだ」
「絶対迷惑がってたろそれ」
「当然だな。やかましいガキ二人がくっ付いてくるんだから。いやあ、あの時は何度殺されそうになったか分からんな」
楽しげに笑うが冗談半分ではないのだろう。
親父達のメンタルが鋼鉄製だったのか、ガレッソの堪忍袋の尾が長ーーーくて助かったのかは不明だが。
「まあとにかく、紆余曲折を経てラインハルトの公爵家ではなくうちで働きたいと申し出てな。今に至る」
カクッと顎を乗せていた腕が膝からずれる。
「間。その間だろ必要な説明」
「先は本人に聞け。俺からはここまでだ。今は頼れるウチの衛兵長様だ。学ぶ機会も多いだろう?」
見様見真似の攻撃も先読みされ、終わりも一瞬。
どこをどう学ぶべきか。
立ち回りは近いと思うが、隙を見せない体捌きは是が非でも覚えたいのは確かだ。
「それに関してはまあ、まだ、つま先すら引っかかってなさそうだけど」
「俺より見込みがあると言っていたから自信持て。俺なんか今でもダメ出しされる」
「それもどうなんだ親父……」
高らかに笑ってなんてことのない様子に肩の力が抜ける。
一番最初に濃い話を持ってきてしまったが為に、他の諸々は聞く気が失せてしまった。
「……。他にも色々聞きたいけど、夕食後もいいか?」
「おお、楽しみにしてよう」
「仕事中に邪魔して悪い、ああ、ただいま」
「このマイペースが一番落ち着くとはな。お帰り、ルガート」
執務室を後にし、兄達の所在を聞く前に風呂へ向かう。
さっぱりしてから談話室のドアを開ける前から楽しげな声が響いてくるが、来客ではない。
ドアを開けると、父以外の家族が揃っていた。
執務室の書架は執務室に二つある内、一つの下半分は厳選された魔物の自由研究日誌で埋め尽くされてます。
書斎に置いたらダメだと奥さんからの声に自室に残りは置いてます。




