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26.

「一人二品か三品、全員違うの持ち寄って、少しずつ食べればいい話じゃないか?」

「お行儀が悪いですわ、ルガート様」

「だがルイリア嬢を落ち着かせるならいい手だろ。全員の一口分をルイリア嬢の皿に乗せれば済む話だ」

「俺も賛成だ。あれは絶対一口は食べたいと言うぞ」


 少し迷い、結局は折れたフレインに、どれにしようかソワソワ動いていたルイリアを除く全員が頷いた。

 特に食べたい料理を聞き出しながら後ろで皿を取って歩き、テーブルの一角に座ってジョシュアと飲み物ももらいに向かう。

 水だけだがいいだろう。

 食事も喫茶店のようなメニューではないので量は少ないが、練り歩きながら他の店の料理も食べるならちょうどいい量だ。


「どれも美味しいです」

「決められませんわー」

「どれか一つしか選べないのは惜しいですわね」

「……俺はもう少し味付け濃い方がいいな」

「俺も……まあ、繊細な味だから!」


 ジロリと睨むルイリアにシャキッと背筋を立たせるルガートとジョシュア。

 うっかり失言には気をつけねば。

 無言でお互いアイコンタクトを取りながら大人しくフォークを動かした。

 食べ終わるとそれなりに満足したのだろう、満面の笑みを浮かべて皿を返しに向かう。

 美味しかった料理に皿を重ね、その店で次のメニューに加わるのを心待ちにする者も多いのか、結構な数があった。


「こういう展覧会でだと食べ歩きできるものが好ましいがな」

「まあ粗雑。はしたないですわ」

「便利だぞ?」

「そこの貴方、今の発言詳しくお聞かせくれません?」


 いや誰。

 フレインの横にいたコックコート風の女性はクセのある笑みを向け、しかも肩を掴んで動かないようにしている。

 少々空気が不穏に感じ、女の手を離してフレインを背に隠した。


「誰だ」

「これは失礼しました。わたしはフェバプラベラ美食展の総監督を務めております、ニレといいます」

「ルガート様、ニレはわたくしも顔見知りですので。ご心配いただかなくてもよろしいですよ」


 脇から見上げるフレインの顔も緊張する様子が見られないから、本当に知り合いらしい。


「……その総監督が俺に何の用事が?」

「今、食べ歩きするものが好ましいと言ってましたが、こちらで提供する料理にご不満があるのかと」

「料理は美味かった。だが、庶民平民はテーブルに座るんじゃなく、もっと手軽に利用したいと思っただけだ」

「お貴族様が、それを理解されると?」

「悪いが俺は変わり種でな」

「自分で言うのか」


 ジョシュアのツッコミは無視して睨んでいなくもないニレはその空気を変えずに凝視してくる。

 どうやら、怒らせたようだ。


「気を悪くさせたなら謝罪する」

「手軽なものとは?」

「あ?」

「手軽なものとは何ですか!? 料理は座って食べるものでしょう!? 食べ歩きなんて! できません!!」


 地が割れたぞこの人。

 眼前に迫るニレに引きつつ肩を軽く押しやりながら背中にいるフレインを潰さないようにしたが、なぜか負けじと踏ん張って押してくる少女に混乱する。

 いや踏ん張るな、おしくらまんじゅうしたい訳じゃないんだぞ。


「フレイン嬢、怪我するから踏ん張るな」

「いえ、ルガート様、負けてはいけません!」

「フレイン!?」

「大体、庶民平民にも行き渡るよう考えて作ったのですよ! どうやって食べ歩きなどできますか!!」

「ルガート様! 頑張ってくださいまし!」

「フレイン!」


 閑話休題。

 二人をひとまず引き離し、なぜか離れる気配を見せないニレ。

 絶対にテコでも動かない様子を見て、溜め息を吐き出した。


「……料理は素人だ」

「でも何かあると知らなければ言えないこと!」

「……めんどくせえええ……」

「ルガート、君のうっかりだ。諦めたまえ」

「……。調理場は」

「この裏です!」


 全員でそちらへと大移動に本当に面倒だと料理人達が一斉にこちらを見てきた。

 ほらアウェーだろが。


「パンに近いタネ作れるか?」

「舐めないでいただきたい!」


 ざっと用意された材料を見て、自身は見てるだけでニレに作ってもらうことに。

 記憶頼りの材料を混ぜ込み、ぬるま湯で塊がなくなった後は丸く引き伸ばしてもらい、先ほどの料理でよさそうな皿を取りに表に出る。

 スプーンでその中に落とし込み、器用に包んでもらって鍋を設置。


「落とし蓋ねえの?」

「何ですそれ?」

「じゃあ鍋に入る何か深めの皿」

「落とし蓋って何です!?」

「怖えよ!」


 お湯が沸騰するまで落とし蓋の説明をしながら、今度は皿の上に平たい皿を重ねて作った料理をそこに乗せ、蓋をする。


「これでいいだろ。二、三〇分はこのままにしとけ。蒸したら完成。じゃあな」

「あ! ちょ! まだ全部説明が!!」


 あまり関わりたくないのでそそくさ逃げて、皆も倣ってその場を離れた。


「ルガート様、仕上がりを見届けなくてよろしいのですか?」

「失敗でもヒントにゃなるだろ。あの手合いと話すの疲れる。他行くぞ」

「はい」


 くすくす笑うフレインの乗せる手を器用に引きながらも、特に気にした風でもないので美食展から離れて違うところへと移動するまで気が抜けなかった。

 なんだかんだと日中はバタバタしたが、一通り見て回った街に公爵家に帰るかという流れ。

 ルガートは明日、家に帰る予定。

 予想とは大きく逸れ、いい意味で期待を裏切った今回の展覧会をだいぶ満喫した三日間は終了する。


「もっと長居してくださっても構いませんのに」

「いや、十分楽しんだ。今度は軽く魔物と戦わせるからそのつもりでな」

「楽しみにしております」

「それ、俺も行っていいか?」

「ああ。連携するのもいいかもな」

「ではそれまで励みますわ!」

「無理のない範囲でな」


 夜はまた公爵に捕まり、美味いワインをいただいてサラッと部屋へ帰る。

 どうも酒が入るとやや目が冴えるので、眠気が来るまでまた窓を開けて景色を眺めるのだった。



 翌日、朝の顔合わせも馴染んだが、今日は帰る準備も済ませておかなければならない為、軽い打ち合いや魔法だけで終わっておく。

 移動してもらった荷車には既に三日の内に買い込んだ荷物を乗せておいている。

 あとは馬に繋ぎ、振動で落とさないよう幌を被せて固く固定する。

 見送りに来てくれたブルースター公爵に頭を下げ、フレインが来るまで世間話でもと、その眼光が僅かに鋭さを増す。


「時にルガート。君、魔獣を見たことは?」

「直接はまだありません。……どこかで出現しているんですか?」

「その気配があるとだけな。展覧会が終わり次第、改めて調査を進め遠征する。君も来い」


 拒否権とかの不満はないが、このおっさんは魔物を見たいだけではないだろうか。

 だが、断る理由もなかった。


「ぜひ。あ、兄貴の遠征などに影響するようなら、俺は参加するだけにします」

「殿下か。まあ致し方ない。だが不測の事態が起こった場合にはその場での討伐も許可される。ちなみに調査対象はビッグベアだそうだ」

「……」

「……」

「……食べられますが、程々にしてくださいね」

「分かっておる」


 フレインが来る前でよかった。

 名の通り、大きなクマに似た魔物は春前のこの時期辺りから活動が盛んになり、森近くの村が一番の被害に遭いやすい。

 熊肉は食べたことがないな。

 少しばかり公爵を責められないなとルガートもややそわっとしたが、顔に出さずにこちらに歩いてきたフレインに手をあげた。


「ルガート様、もう出発なさいますの?」

「ああ。俺が一番身軽だからな」


 ブルースター公爵領からボスティス領までは荷馬車で五日日の距離だ。

 ノースタックス領も大して変わらないが、ルガート一人の帰り道なのだ、安全に向かうに越したことはない。

 他の者は何だかんだと御者や従者か侍女を連れていたし、それが普通なのでそういえば一人だったと思い至ったフレインも頷き、帰りの安全を祈ってくれた。


「では閣下、フレイン嬢。充実した展覧会を送れましたこと、感謝いたします」

「また次の展覧会もご招待いたしますわね」

「楽しみにしてる」

「道中、気を付けるように」

「ありがとうございます、閣下。では」


 荷車の御者席はもう全身丸見えの状態なので、貴族の格好はかなり浮くがマントで隠せば問題ない。

 さくっと馬に合図を送り、一足先にブルースター家を後にするのだった。

アザラシの肉も食べたいですね。

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