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25.

「……」


 クヴェンナ。

 名前もおそらく作家名、そして性別以外の全てが謎に包まれた覆面画家。

 面白いなんて思っていたさっきの自分をぶん殴りたい。

 異彩を履き違えていないか? と問いたいが、誰もが興味津々に見入っている。

 絵画区画の奥も奥、一番の端にクヴェンナの露店が並べられ、日が傾けば立ち並ぶ家々の影に隠れる場所は、他と比べてやや陰鬱そうに見えた。

 目の前には数名の楽隊が微笑みを浮かべてしっとりした曲を奏でている。

 どこか上品な音楽を聴きながら、目の前のキャンバス群に改めて目を向けるが、一歩間違えたらサイコパスレベルの殴り描きに近い絵の数々。

 すべてが赤、黒、紫ばかり。

 濃淡は変えているものの、単色のみのキャンバスの有り様を見て、こいつらに悪影響を与えないかと無表情で戦々慄々とする。

 やや受け入れ難い作風に自身の頭が硬いだけなのかと難しい顔のまま、観光客すら笑みを浮かべる姿を見て、また戦慄が走りかける。


(異常者と言えばそれまでだが、これも芸術作品と捉えていいものか……)


 そう、客層はむしろ人気店と言っていい賑わいだ。

 なんとも微妙な気持ちに端にずれ、ふと、本当に何気なく顔を上げた先で、隠れるように妙な位置に飾られたキャンバスが目に留まる。

 単に目が痛くなってきたから離れたくなった訳ではないが、不思議に思い、その面が見える位置へと移動する。

 他の出店物に比べ、やや低く並べられたキャンバス群と離れ、不自然な位置にいたその一角は、太陽を見上げる形となった。

 幸い、太陽を直視しない仕様となっていたが。


「! これ、透かし絵か」


 驚いた。

 単色のみの絵だとばかり思っていたその絵画は、太陽を背にした途端、その内面の情景をあらわにした。

 黒く塗られたキャンバスから現れたのは、見事な街並みの風景画。

 一体どういう技法なのか、色彩も相まって、それは夜の景色を思わせた。

 まるで空から俯瞰した綿密さに食い入るように見つめ、一気に興味が惹かれる。

 見本はこれしかないのか、他の絵画も同じようになっているのか探そうと首を巡らせた先、真横に謎の面を被った者に体をビクリと揺らす。

 驚きすぎて声が出なかった。


「ここを見つけるとは、若いのに、なかなか見所がある」

「……クヴェンナか」

「いかにも。来い」

「は? いや待て、俺は連れもいるから」


 手首を捕まえられ、目隠し用だと思った布一枚を挟んだ先に待っていたのは、外に配置していたものと同様に飾られたキャンバス。

 その配置は向こう側からでは分からないよう仕切りがなされていた。

 数は多くないが、どれもが外のキャンバスと同じく太陽を背にさせまとめられており、見事な街を見下ろす俯瞰の風景画。

 思わず、溜め息が漏れる。

 こちらには単色が足され、青と黄色と全部で五色の単色のみの作品が並べられていた。

 赤は朝焼け、もしくは夕焼け。

 青は昼間。

 黄は黄昏時か。

 黒は夜。

 紫はマジックアワーかと予測する。


「クヴェンナと異名扱いを受けるが、僕は僕の作品を見てほしいだけだ。その意図に気付く者は少ない。皆、下を向いてばかりだからな」

「……」


 ただ目を休めたかっただけとは言いにくい。


「ここにあるのは、今まで手がけた作品の中でも長い時間を割いて描き上げたものだ。どれでもひとつ、持っていけ」


 唐突なクヴェンナの言いように驚き、振り返るがやはり驚いてしまう。

 なんで仮面なんだ。

 話す声があまりに平静なものだからギャップにビビる。


「売らないのか?」

「あっちのキワモノ好きの奴らで稼いでいる。これは、本物だ」


 宝物を愛おしげに触れる声に近いそれに、頭上の作品に見入る。

 どれもどうすればそういう視点で見えるのか、魔法で空を飛んでいるに近い風景画に圧倒させられる。

 だが、丁重に断った。

 クヴェンナが小首を傾げ、カラカランと仮面の飾りが重なり鳴り合う。


「なぜ?」


 子供くさい仕草を見つめながら腕を組み、再度風景画を見上げる。

 外に出展しているあちらが偽物という訳でもないだろうに、本物とわざわざ違いを見せてくれるが、外のキャンバスだってこうして日にかざせば風景画が現れるのだろう。

 視線を下ろし、どうしたもんかと見えたそれに、目を奪われた。


「俺は、今回初めて芸術展覧会に来たばかりだ。素人が持っても宝の持ち腐れだし、絵の良さもまるきり理解してない。それなら、俺はこういう、目に見えてはっきりした作品の方が好感が持てる」


 下書きだろう、淡い色で彩られたそのキャンバスを拾い上げ、この街で楽しんでいる人達の笑顔溢れる光景とよく分かる絵に、自然と笑みがこぼれる。

 水彩画も見事で、驚きしかない。


「いい作品じゃねえか」

「インパクトは大事だ」


 確かに衝撃的ではあった。

 作品もこいつも含めて。


「むしろそれで妙な評判を呼んでいることに気付け」

「売れているなら問題ない。それが欲しいなら、あとでしっかり着色する」

「色はこのままでも良いんだが……」


 頭上の単色にされたら勿体ない気がして、思わず後退する。


「顧客の要望には応える。それはまだ、すべてに筆を入れてない状態だ。下手なものは出したくない」

「……。分かった。完成したら、ボスティス侯爵家に送ってくれ。いくらだ?」

「ここに来る奴から金銭はいただかない。それが僕の信条だ」

「分かった。じゃ、キワモノも買わせてもらう。心が動いたのは確かだからな」

「心が動く……ふ……ふふ……」


 仮面のせいで不気味にしか見えない。

 引きつつ軽く挨拶して、その場を離れた。

 残した皆が探していないか心配だったが、先ほどと変わらない、あまりの夢中さに複雑である。

 意図に気付いていないのに、なぜそこまで夢中になれるんだ、お前達。


「これ! この濃淡がいいと思います!」

「いいえ! こちらの赤がよろしいかと!」

「この紫から高貴な何かを感じる!」

「絶対こちらの黒がよろしいですわ!」

「なあ、お前ら、楽しいか?」


 全員から全力の肯定をもらってしまって、頷くことしかできなかった。

 フレインまでエキサイトするものだから、芸術ってどこでどう転がるのか分からん。

 見分けている訳ではないようで、何でこんなに熱中出来るのか不思議だった。

 記念にひとつ適当に選んで購入し、全員分をブルースター公爵家に届けてもらう。


 クヴェンナとの話し合い中に気付いた日の高さに、皆に気をかける。


「腹減らないか?」

「あら、もうお昼なのですね」

「! 皆様!! でしたら、ぜひ向かいたい場所が!」


 ルイリアの鶴の一声。

 誰も否を唱えるはずもなく、ご機嫌な彼女についていく。

 進むごとに空腹を促すいい匂いが漂い始め、テラスで食べた店は元々街にある店だと知る。

 上品なパラソル付きのテーブルが並べられ、ここも人の多さが際立つ区画のひとつ。


「フェバプラベラ美食展!! こちらの展示はお好みのお店の料理を頂き、そのお皿が多かった料理が次の季節、新しいメニューに加わりますの!」

「意外にもシビアな世界だ」

「ぽんぽん出せばいいだろ、そんなの」

「ジョシュア様! ルガート様!! 適当な発言は慎みなさって!!」

「「あ、はい」」


 拳を握り、なぜか小芝居がかっていなくもないルイリアはどこから取り出したのかハンカチを噛み締める。

 すげえ、あんなんする子、初めて見た。

 地で行ってるのだからなおのこと凄い。


「どれもすべてを選べない苦痛! そのどれもが美味しいお料理なのに、選ばれた料理しかメニューに出されない! 日の目を見なかった数々の料理は、もうこの先出会えない幻となるのですよ!?」

「……残念だな」

「残念などと! そんな一言で表せるものではございませんわよ!!」

「すまん」


 圧。

 隣で困った表情を見せるフレインが見上げ、まだ熱意を語るルイリアは自分の世界に入っていた。


「ルガート様、申し訳ありません。ルイリアは、食に目がなくて……」

「見れば分かる。下手に逆らわんでおく」

「一通りお食事すれば落ち着きますので」

「ご容赦レベルではないが」


 ジョシュアの一言に概ね同意だった。

ルイリアは食べても太らない体質。

一般の女性と比べ、食べる方です。

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