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24.

「今この国にいる聖女ってかなり高齢だったか」

「はい。聖女の騎士として謳われた英雄マーソラール様、王宮魔導士ソフェレス様、そして我が国の先代国王のガレゾフィート様の四人でかの魔王との戦いに打ち勝ちました」


 聞きながら話の内容を咀嚼した瞬間、フレインの侍女から貰った飲み物を盛大に噴出した。

 綺麗な噴霧に汚い!! とジョシュアの声がのけ反って聞こえた。

 口元を拭い、フレインを凝視。


「……な、マーソラール?」

「は、はい。英雄と呼ばれる方は直近ではマーソラール様以外おりませんが」

「ジョシュア!!」

「なぜそこで俺に怒鳴るんだ!? あの態度で気付かなかったのか!」

「気付く訳ないだろう!!」

「ルガート様?」


 フレインに手を上げて待ってもらい、顔を押さえて平静さを取り戻そうと顔面を揉む。

 知らなかった上、その辺は調べていなかった自身のミスだが、なぜ家の者達も教えてくれなかったのか。

 酷い責任転嫁をしつつようやく顔を上げる。

 動揺する少女が不安を露わに見上げ、こちらも失敗したと声をかける前に揺れる瞳にまた顔を押さえた。


「わたくし、何かご不快なことでも……?」

「違う。お前は何も悪くない。すまん、少し動揺しただけだ」

「ですが……」


 頭に手を乗せ、落ち着かせるよう撫でつける。

 途端に瞬いた星色の瞳が微かに見開いた。


「本当に何でもない。ちょっと驚いただけだ。ただ世間話のつもりで話してくれたんだろ?」

「はい」

「それでいいんだ。今のは忘れてくれると、ありがたい」

「……分かりました。では、着替えて参りますわ」

「ああ」


 落ち着きを取り戻したのか、頷いた様子にルガートも手を離し侍女を伴い屋敷へ戻るフレインの後ろ姿を見送る。

 側に来たジョシュアもやや気まずけに顔を歪めて見上げられ、苦く笑った。

 気にするなと言ったが、あとでまたフォローを入れた方がいいだろう。


「いいのか?」

「家族やガレッソの意図も知りたい。俺は何も知らずにいたし、憶測で説明しても、あとで誤解が生じたら不味いからな」

「フレイン嬢なら心配ないと思うが……」

「いや、ガレッソはもう、うちの衛兵として長い。家族も同然だ。そんな人が長いこと伏せていた英雄譚が何かの足枷になっているなら、無闇矢鱈に話さない方がいい」

「……本当に知らなかったんだな」

「ああ」


 ボスティスの屋敷に帰ったら、やることや聞きたいことが増えていく一方で、嬉しいやら複雑やら。

 知らなかったことも踏まえ、先に父から尋ねた方が賢明かと二人も朝食の用意を告げるメイドの声に足を向けた。

 食事の席では朗らかに会話を楽しむフレインの姿を見とめ、しつこいかもだがまた謝った。


「フレイン嬢、さっきのな、本当に気にしないでくれ」

「はい。大丈夫ですわ」


 隠すのが上手いのか、本当に流してくれているのか、側にいた令嬢二人の反応はいつも通り。

 話さないでくれたのか。


「……ありがとな」

「お礼を言われるまでのことは何も。具合が悪くなってしまった訳ではありませんわよね?」

「ああ」

「では、今日はご一緒してもよろしいですか?」

「元より街はお前の庭みたいなもんだろ? 珍しいとこでも案内してくれ」

「はい」


 ふとこぼれた花の咲く笑みにフレインの機嫌も上向いたように見える。

 周囲の視線が生暖かいことに気付かない二人に、ジョシュアは目を眇めると溜め息を吐き出した。


「なあ、俺は欠片でも心配した意味があっただろうか」

「あるだろ。ありがとな」


 食事を終えて、今日は全員で移動となった。

 ルイリアとティリスフィリスは流石に落ち着いたのか、今日の目の輝きはのんびりしている。

 興味を惹かれる品があれば目移りしているが、お小遣いが尽きたのか、購入までには至らないで目で楽しんでいる。

 昨日に引き続きジョシュアと並び、フレインの手を取り街の中を進んで歩いて、約束していた楽器の展示売り場の区画へ到着すると、静かだった雰囲気がいきなり爆発したのはティリスフィリスで、忙しなく周囲を見回す様子が小動物を思わせた。


「こんなところがあったなんて!」

「ティリスフィリス嬢、まさか、君、ここを見落としていたのか!?」

「はいぃ!」


 騒ぎ出す二人を後ろに、虚無の瞳で職人には気にしないでくれと伝え、早速何かあったのか訊ねる。


「弦の細さは勘弁してくれ。一番太くても今手持ちがこれしかったもので」

「な」

「まあ、不思議な形」


 下から取り出したそれに驚き、隣にいたフレインは小首を傾げて疑問に見つめている。

 ルイリアも分かっていない反応は同様で、ルガートは簡易テーブル越しから昨日の今日で完成したそれを受け取った。


「なんですの?」

「昨日話した奴だ」


 ピックなんて都合の良いものはないから、指先だけ強化魔法で軽く皮膚を覆い、チューニングをしたが流石は職人、既に終えている。

 舌を巻く仕事ぶりに笑いながら、軽く弾いてみた。


「やっぱり音が違うな」

「まあ、ここに出している物での有り合わせだからなぁ」


 音は完全にヴァイオリンのそれだったことにお互い苦笑する。


「楽しかった。だがこれ……」

「趣味で作りたかったので、プレゼントさせてください。お代はお気になさらず。が、出来れば音域などお聞きしたいので……」

「ボスティス侯爵家を訪ねてくれ。俺はルガート」

「こ! 侯爵家の方でございましたか! 失礼を!」

「気にすんな。いつもこういう感じだから気楽にしてくれ」

「じゃ遠慮なく」


 切り替え早いな。

 流石はアーティスト、というのは偏見か。

 そして静かな周りに嫌な予感がするが、振り返らない訳にはいかない。

 顔だけ巡らせると、各々分かりやすいほど感情的な表情で見上げいて、かえってこちらがどう反応すればいいのか困った。


「ルガート! 君! 楽器が弾けるじゃないか!」

「凄いですわ! 形が違うので音も多少違いましたし、広がりもあって素敵でした!」

「今のは何て曲ですか!?」

「まさか即興ですの!?」

「一気にくんな」


 やいのやいのと四人を落ち着かせ、改めて屋敷に来るならと職人の名前も尋ね、紙にルガートの署名と目的も書いておく。

 来る時は一報くれると礼儀正しく頭を下げられ、周囲から注目されながらその場をあとにした。


「ルガート様、さっきの曲はタイトルがありますの?」

「ただの音合わせだ。弾いた訳じゃない」

「まあ、でしたら、本当に即興で?」

「いや、ジョシュアの持ってたヴァイオリンだって音合わせに適当に弾くだろ、それと同じだ」

「なるほど、それなら納得する」

「というか全員で質問してくるな、いらん注目を集めてたぞ」

「それは絶対君のせいだから」


 辟易しながら次に向かったのは、絵画の区画だった。

 奥まった場所は街の入り口前に飾られる巨大キャンバスとは違い、様々な形のキャンバス群がそこかしこに点在している。

 一番手頃な形は縦が三〇、横が十五ほどの大きさが多く目立ち、中には手のひらサイズのキャンバスまである。

 水彩画から油画がどうやらメインで、テーマは人の数だけ様々だった。

 行き交う人も貴族と観光客らしき人がどうやら多く、庶民にはハードルが高いという奴かと肩を竦めた。

 こちらにもいる楽隊の曲も、邪魔にならない柔らかく静かなものが多いようだ。

 中には販売員が弾いている者もいる。

 ルガートは区画への到着と同時に腕を組んだ。


「無難なコメントしか出ないからな」

「もう少し粘れ。何を面倒がっているんだ」

「絵画は後世に伝わる芸術品の一つですよ?」

「わたくしも絵画は少しだけ身に余ります」


 ティリスフィリスは苦笑するが、仲間がいたお陰で少し肩の力が抜ける。

 というかこいつら、意外と目が肥えているし、芸術に対する姿勢が引くほど高くて圧倒される。


「ここらでは有名だが、一際異彩を放つのがクヴェンナの作品だな」

「クヴェンナ?」

「本名、正体が不明の画家の名です。性別は男性なのですが、その素顔を隠していらしていて、それがまた異彩の一つですわ」

「覆面画家か」


 少し面白そうだ。

ヴァイオリンは捨ててない小休止!弦も一から考え直しとか何それ鬼畜!でも楽しい!

展覧会終了し次第、ボスティス領に転がり込む予定。

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