23.
展覧会、二日目。
この日はジョシュアに捕まって昨日の様子となっていた場所へ案内される。
令嬢達は従者を伴い、今日は雑貨の区画へ向かうと頬を染めていた。
意外にも芸術肌の少年に連れてこられたのは、楽器がそこかしこに点在する区画。
ピアノまであるが、一体どうやって運んだんだ。
周囲は音が邪魔をし合うでもなく、演奏者らの即興なのか、まるでBGMのように途切れず代わる代わる軽快な音楽が奏でられている。
進むごとに違う曲が流れるのに、それぞれの曲調がうまく切り替わり、耳が大変楽しかった。
隣を歩くジョシュアも毎年ここへ入り浸っているそうなので、手練れなのだろう。
「扱えるのか?」
「弦楽器に関してなら一通りな」
「普通に凄いな」
「なんだ、そっちは習ってないのか? 音痴か?」
「ちげえよ。……音痴ではないと思う」
「何だー? やけに自信がないな」
ニヤニヤする顔がやかましくて頭を押さえ込む。
こういう時の身長差はありがたい。
抵抗してるが上からの力では中途半端にしか動けないのでそのまま放置し、並べられた弦楽器の一つ、ヴァイオリンに似た楽器を眺める。
「弾いてみるかい?」
「俺は結構です。ジョシュア、試しに弾いてくれ」
「いいとも!」
軽く構えた姿は様になっていて、一〇歳ながらなかなか堂に入っていた。
試しに引くだけなので二、三小節しか弾かなかったものの、無駄のない指の動きや音の高さに素直に手を叩いて賞賛する。
弾き終わると販売員に楽器を返し、振り返った顔がなぜか神妙なものとなっている。
「君が素直だと気色が悪いな」
「明日の鍛錬では足腰立てなくしてやろう」
「おい冗談を真に受けるな!」
「こういうのは無理だが、アコギなら弾けるんだけどな」
「お兄さん、アコギってなんだい?」
目の前の販売員の目が光った気が。
やや引きつつヴァイオリンに似たものだと簡単に説明していくうちに、男の頬が紅潮していく。
「何だ、扱える楽器があるんじゃないか」
「いや、弾けると言ってもそこらで演奏してる奴らみたいにはやれないからな?」
「お兄さん! 今の、図面にできるかい!?」
「えええ」
情熱を燃やす販売員はどうやら展覧会に出していた物の兼職人だったらしく、目が爛々としていた。
なぜか翌日も来るよう約束を交わし、いらん冷や汗が出る。
貴族の扱う楽器でないのは確かだった。
ブルースター公爵家に帰ると、早速ジョシュアが談話室で寛いでいたフレイン達に先程の件を話し始める。
今日は帰るのが早いなと口を開こうとしたが、雑貨の品が売り切れたとかではなく、彼女達の座るソファーで見えなかった影に積まれた戦利品を見れば、またエキサイティングしていたのは明らかだった。
黙ってお茶に手を伸ばした。
「アコギ……ですか。存じませんわ」
「正式名称はアコースティックギター。そもそも楽隊向けの楽器じゃねえし、市井であるかも分からねえぞ?」
「弾けるならなんでもいいじゃないか。俺のもちょっと弾いてみればいい」
実家に戻ればあると言っていた楽器を購入していたジョシュアは、いいのか。
破格だと言っていたがかなりの値段だった気がする。
間違って壊したら相当な顰蹙を買いそうで躊躇われたヴァイオリンを目の前に突き出され、ケースをそっと開ける。
「これ、どう動かすんだ?」
「ふふふ。君にものを教える日が来るとは思わなかった」
「部屋戻るぞ」
「ルガート様、わたくしも、分かる範囲でお手伝いしますから。ね?」
「ほら、レディの好意を無碍にするんじゃない」
「くそ、絶対面白がってんだろ……」
いつになくニヤニヤ顔のジョシュアとにっこにこの笑顔のフレイン。
ルイリアとティリスフィリスもわくわくと期待を込めた眼差しで見つめている。
令嬢らは例に漏れず、きっと楽器も扱えるのだ。
ここでは完全に初心者のルガートは、ケースからヴァイオリンを取り出して最後の抵抗。
「初心者だから期待すんな」
「ほらそこはもっと柔らかく持つんだよ」
「っくそ」
結局、立って構えを教えてもらいながら弓を弾くと、見事に耳障りな音が響き、全員から苦笑をもらう。
まあ分っちゃいた。
弾いていたルガート本人が耳障りな音に体勢を崩し、ジョシュアから背中を叩かれる。
「構え方は絶対に覚えろ。変なクセがつくと体も痛めるし、音にも反映されてしまうからな」
「ずっとこの姿勢か?」
「ああ」
二、三十分のジョシュアからの講習を受け、ギィギィだった音が、少しマシな程度に聴こえてくる。
筋はいいぞと笑顔の少年に、苦笑した。
煽てるのが上手いな。
「背が高いので様になってますわぁ」
「やはり男性でも楽器を扱う方は素敵ですわね」
「はい、カッコいいですね、フレイン様」
「な、なぜわたくしに話を振りますのティフィー」
身を寄せ合い少女達の会話はささやき程度のものだったので、ルガート達には聞こえなかった。
まずまずだが及第点には及ばないと笑うジョシュアの笑顔にヴァイオリンをへし折りたくなるのを我慢してケースへと戻し、微妙に固まった首筋をほぐす。
「その楽器は貸してやろう! 練習するといい!」
「いやいらん。家に帰れば多分あるだろ」
「なかったらどうするんだ、貸すだけだと言ったろう、持っていけ」
「分かったよ……」
テコでも引かない空気にルガートが諦めざるを得なかった。
フレイン達も雑貨から楽器の話に切り替わって花が咲き、令嬢達は各々の得意な楽器があるのだと聴きながら、この顔触れで演奏会でもしたいと言い出さないか冷や冷やした。
「ピアノは裏切りませんわ!」
「どうしたティリスフィリス嬢」
「ティフィーのピアノはとても素敵ですわよ」
「指吊らないか?」
「ルガート様が音楽に興味ないのはよく伝わりました……」
しょぼんとするティリスフィリスに苦笑する。
趣味にかける情熱は人それぞれ。
異常に熱を上げるジョシュアとティリスフィリスは、案外気が合うのかもしれない。
「さあ昨日の倍で返してやろう。覚悟しな」
「君は案外根に持つな!」
早朝、この時間に起きる貴族もまあいないとフレインから教わる。
領地の関係から、ルガートとジョシュアは早起きは慣れたもの。
ルガートが満足するまで鍛錬に付き合ってもらい、地面に伏すジョシュアを心配そうに見つめたフレインはとりあえず飲み物やタオルを持ってきてもらうよう指示していた。
ジョシュアをそのままにし、今度はフレインの魔法と対峙しようと向き直る。
木刀は邪魔なので適当に放り投げておいた。
「大人気ありませんわ、ルガート様」
「残念、俺達まだ子供だぞ、フレイン嬢」
「……。ふふ、そうでしたわね」
至極当然の屁理屈を返したのだった。
フレインはまた属性魔法に焦点を当て、しばらくは個々の属性のレベルを上げるよう努めるという。
昨日に引き続き、風魔法を高めるらしい。
「慣れたら二種や三種混合の魔法も可能になるが、まずは一つずつ着実にものにしてからにしろよ? 中途半端にするとレベルも半端に止まるだろうからな」
火属性に関しては元々が高レベルの魔法を扱っていたので、問題ないと笑う。
「分かりました。ルガート様は、何種類の属性魔法を扱えますの?」
「今は四属性だ。光や闇は少し難しい」
「……扱えなくはない、ということですか?」
目を見開くフレインに頷き、一番簡単な光属性の魔法を放つ。
逃走用にも使われる、目眩しの魔法だ。
直に見たらしいジョシュアの悲鳴が響くが、ルガート達が扱うものだからまだいいが、温泉での油断といい、少し気を抜きすぎだと嗜める。
闇属性の魔法は今でもあまりうまく扱えない。
なんとか捻り出すように発動させたが、膝辺りを松明のように揺らめかしただけで、すぐに霧散してしまった。
「光と闇はイメージが難しくて、今のところこれだけだな」
「ですが、発動は叶ったのですから、習得は可能なはず! 全ての魔法を使えますのね!」
「いやもう一つ、治癒の魔法は……」
すぐさま、フレインが表情を固めて首を横にゆるく振った。
「それは聖女様の唯一ですわ。わたくしらには次元の違うお話になります」
「ま、それもそうだ」
あれば便利なのだがな。
その治癒魔法は聖女の特権らしい。
一応は光属性でも癒しの魔法があるのだと聞いてるけれど、道のりは長そうだ。
闇属性魔法に関しては今のところ、これがちゃんと発動しているのかも怪しい出来栄えなので、要修行である。
大雑把に分けた区画を更に細分化すると迷子案件請け合い。
迷子になった際は、必ず街の入り口の巨大キャンパス前へ集合。
今回は完全に別行動だったので、それぞれ公爵家に帰り着けました。




