21.
少し飲むのを躊躇う色の飲み物や、シシャモより小さな小魚のフリッターを食べながら街を練り歩いて行くと、服飾区画でようやく二人の令嬢を発見する。
「フレイン様ー、見つかってよかったです!」
「わたくし達もつい今し方、合流しまして……!」
「そのようですわね」
気付かれなくかつ面白そうに肩を微振動させるフレイン。
その原因は二人の両手いっぱいに買い込まれた買い物袋で、今にもこぼれ落ちそうになっている。
近場に見つけたカゴには収まりそうもないが、細かな袋もあったので取りに向かい、二人に手渡してようやく安堵したようだ。
合流するより買い物に情熱を注いだ自覚はあるようで、その力の入り方につい笑ってしまう。
どう見ても合流したから終わりではない様子。
「まだ見るか?」
「そうですわね!」
「あちらの区画のスカーフの色が素敵だったので、まだ迷ってます!」
「二人とも、そう慌てないで?」
「荷物番をしてる。ゆっくり見て来いよ」
「よろしいんですか!?」
ルイリアからドッと預かる荷物に少し油断した。
よろけそうになる足を踏ん張り、荷物を持ち直す。
意外と重かったが、凄いな。
「あ、では、よろしくお願いします!」
更にティリスフィリスの分も乗せられ、流石のフレインも申し訳なさそうな顔で脇から覗き込んできた。
ちなみに位置を変えて確認すると二人は既にいない。
パワフルだ。
「すみません、ルガート様」
「気にすんな。そこらのテラスにいるから、荷物が増えたら戻って来い。迷子になるなよ?」
「はい」
手頃なテラスを見つけ、ウエイターがメニューを持ってすぐにやって来る。
お茶を注文し、連れが増えたら都度飲み物を持ってきてもらうよう頼み、隣のテーブルも空けてもらうよう大目にチップを手渡す。
荷物の山にはひとまとめに結界を張っておき、のんびり行き交う人の楽しげな声に耳を傾けて足を組む。
誰も足を止めない様子に、熱意の違いを見た気がした。
帰ってくるには時間はかかるだろうな。
「失礼します、お隣よろしいですか?」
「よろしくねぇよ。他空いてるだろ」
「……。これは失礼しました」
ふらりと目の前に現れにっこり笑ったその姿を見れば、年の頃は同じ少年。
座ったのは隣の空けておいてもらうよう頼んだテーブル席で、座る仕草がやけに重い動作に目を眇める。
この国の奴じゃないな。
サイズが違うようだがユエンリーナ国で好まれる服に身を包んでいても、体臭は誤魔化ない。
最たる違いはその瞳。
「……レディグランド諸国から観光か」
「よく、お分かりですね。毎年、展覧会を楽しみに来ているんです」
……耳がいい。
あちらも同じだけの声量で、顔を動かさないで話を続けている。
異質すぎる少年の様子と周囲の景色が違和感を浮き彫りにし、楽しみにしていたと言う割りに手ぶらの姿。
加えて、痩けた頬に注視し、頬杖をつく振りをしてこめかみを押さえた。
「厄介ごとはごめんだ」
「誤解を招いたようですが、本当にただの観光ですよ」
「ふーん」
「その態度が、この国の歓迎の仕方なのですか?」
「個人的な警戒だ。王族が一人で回遊するには無防備すぎだと思ってな」
レディグランド諸国は一夫多妻制の国として知られていて、実力主義国家と本に書いていた気がする。
王位継承権を持つ者は、陽光を照り返す雪のような瞳をしているとも。
ちょうど、隣に座る少年のような。
血生臭い噂も絶えない為、まさか誘拐かと懸念したものの、言われて確かに、自身の噂も踏まえてそこは不当な言いがかりだろう。
本当にお忍び観光なら、喧嘩腰の言葉一つで国際問題はまずい。
反省も踏まえ、姿勢を整えたルガートに視線を向けた子供の体がびくりと揺れても表情はおくびも見せないのだから、根性あるなと軽く頭を下げる。
「言葉が過ぎた。何か奢るから適当に頼んでくれ」
「あれ、唐突に素直ですね」
「非はこちらにあった。頼まないなら俺の飲みさしで構わないか?」
ウエイターをもう一度呼び、同じものを頼む。
目の前で口にして少年にほい、と手渡し、自身のお茶は少しぬるくなっていたが気にせずまた通りを眺めた。
「美味しい」
「あ、そ」
「あの、貴方の名前を教えてください。今は明かせませんが、ヴァスと申します」
沈黙を選んだのにこいつ。
「ルガート・ボスティス。侯爵家の者だ」
「ルガート、借りが出来ました。このお礼はいつか必ず」
「茶の一杯で大袈裟だ。いるならもっと頼め。さては金持ってねぇな?」
ウエイターを何度も読んで申し訳ないが、食事も頼んで少年の座る席に移動する。
王族がこんな場所で一人でいるのもおかしな話だし、従者の姿もいまだ見えない。
身の安全も考えれば理由は聞かない方がいいのは分かっているが、熱かっただろうに、一気に飲み干した様子を無視するのも躊躇われた。
運ばれてきたピラフと手羽先に、サラダにポテトの盛り合わせ。
あちらの宗教はそこまで詳しくないが、嫌なら食わないだろう。
ピラフをこれでもかと言うほど混ぜ合わせて一口入れると、目を大きく見開く子供。
行儀が悪すぎるが手羽先も一口ずつ目の前で食べ、ポテトに至っては全て半端にかじって先に食べて、皿を少年へ突きつけた。
「食え」
「……。……すみません。では、ありがたく」
光ったように見えた目元から目を逸らし、ルガートは喉をつまらせないよう再度飲み物を注文。
勢いよく食べ始めるが少し鼻詰まりの音も聞こえてきた為、そちらは、見ないよう努めた。
「若!」
「! エドラ!」
食事も終わりに差しかかる頃、通りの向こうから響いた女性の声に顔を上げたヴァスの表情が和らいだ。
立ち上がる少年の側へ来たエドラと呼ばれた女性の目がこちらを警戒し、小さな両手を掴まえると上から下まで余さず見つめ、深い溜め息をついた。
「お探しいたしました。お怪我などは?」
「平気です。安全でした」
ちらりと視線を寄越され、やめてくれ、と心中で頭を抱える。
「若を見ていただき誠に感謝する。できればお礼がしたい」
「いらねえよ。迷子のガキを見てただけだ。もう逸れるんじゃねえぞ」
あくまでも見知らぬ子供を見ていたのだと言い張り、しっしっと手で払いつつ歯を見せる。
軽い調子で退散するならとっとと行けと言外に追い払うルガートに、従者の手を握った子供は細すぎる手首を隠した。
面倒事があるなら人が多い内に消えた方がいいだろう。
「はい、ありがとうございました。ウィンカロウの翼が貴方に当たりますように」
「まじない?」
「幸福を捧げる別れの挨拶です。僕の国では、感謝する相手に対する最上級の言葉です」
「へー」
「……ふふ。では、さよなら」
「おお、じゃあな」
なんてことはない短い時間だったが、緊張と弛緩の繰り返しで肩が張った。
残されたポテトを一口で食べながらフレイン達が来なくてよかった、と溜め息を吐き出す。
それから一向に帰ってくる様子のない全員から一斉に謝られるまで、テーブルの予約も虚しく、一人ずっとテラスでのんびりしていたのだった。
「本当に申し訳ありませんルガート様! わたくし、一生の不覚……!」
「いや別に一日潰れたくらいでどうってことないだろ。明日も見に行くんだし……」
「ルガート様、甘いですわ」
「いい品は刻一刻と消えていますのに、悠長になさるのは愚の骨頂」
「お、おう」
ルイリアとティリスフィリスの性格がやや荒々しくなってるのは突っ込まない方がいいのだろう。
買い物に情熱を注ぐその熱意と圧にやや体を反らせる。
「耳を楽しませる音楽ならまだしも、こうして手にできる芸術品は早い者勝ちなのですよ!?」
「わ、悪いな、疎くて……」
彼女達が主に見ていたのは服飾品ばかりだったが、それも芸術品にカウントされるのかとは口が裂けても言えない。
頭の中で蚤の市で位置付けられてしまったから、雰囲気を楽しんでいたが、それだけではダメな空気。
「そうだぞ! あと、何で俺を探さないんだ! 勧めたいものがたくさんあったのに!」
「お前に関しては不気味だと判断した」
「なんたる言い草!」
それぞれがご満悦の結果だったようで、なかなかエキサイティングしていたのは、伝わった。
あの雰囲気だけ楽しんだだけでもお釣りはくるのだが、もはや初売りバーゲンの客の目をする三人にドン引きしていた。
これも、言ったらダメなのだろうな。
買い物はあまりしませんが、バーゲンの空気は好きです。




