断罪者 13 復讐を成すとき(5)
すごく久しぶりの投稿。読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
私がそう言うと、少年はその顔にぎごちなく笑みを浮かべた。
「あ、りがと・・・う」
私は少年の頭をそっと撫でて立ち上がった。
「さて・・・・・・確か、この国の王はあの豚だったかな?」
「ひぃっ!」
私は、剣を鞘から抜きながら、ゆっくりと豚に近づこうとした。しかし、私が足を踏み出した瞬間、ぐっと力を込めて腕をつかまれ、私の行動は止められた。
「やめろ、ユージェス! お前がそいつを殺す必要はないっ! それは、」
「『俺の役割だ』と、そういうつもり? ブレイブ」
振り返ると、ブレイブが私のことをまっすぐに見ていた。ブレイブは一瞬顔をゆがめ、口を開いた。
「あぁ、そうだ。だからお前が手にかける必要はない。そいつは俺が殺す」
そう言って俯き、唇をかむブレイブの瞳に微かに揺れていた。
「ブレイブ、私はさっきまで人を氷漬けにしていたんだよ」
「でも、そいつらのことを殺してないだろ」
「そうだね?」
「お前はまだ、人殺しにはなっていない。お前に人殺しはさせない・・・・・・させたくないんだっ!」
ブレイブは私に、睨みつけるような、力強いまなざしを向けていた。
ブレイブは・・・・・・そんな風に考えていたのか。確かに私はまだ人殺しはしていない。でも・・・・・・・
「ブレイブ」
「なんだ」
「あんたさ~・・・人を殺したことがないでしょ」
私の言葉にこたえるように、ブレイブの肩がわずかに揺れた。
やはり、か。予想はしていた。この世界は、罪を犯すと魂の色が黒く染まる。革命家の職を持っていたとしても、罪なき人間を殺せば、当然魂は黒くなる。今まで革命の準備をしていたのだとしたら、人を殺す訓練はしていても、人を殺してはいないはず。しかし、革命軍の中にも裏切り者がいたはず・・・・・・・そういう危険分子は秘密裏に始末されていたのだろう。他でもない、アステリオ達の手によって。周りの者たちは、ブレイブが人を殺すことを望んでいなかったのだろう。たとえそれが罪人であったとしても。
アステリオならわかっていたはずだ。この国を恨んでいる私が、この国の頂点である存在を目にしたらどうするのか。それなのに、アステリオは私に何も言わなかった。
ブレイブの肩越しにアステリオを見た。アステリオは目を伏せてじっと立っていた。私のかってな行動を止めなかった。・・・・・・黙認? いや、私の行動を承認するということか。一瞬だけ目の合ったアステリオに、私はふっと笑いかけた。アステリオが瞳を丸くして、何かを言おうとしていた。私はすぐにブレイブに目を合わせ、ブレイブに電気を流した。
「ブレイブ」
「なんだ・・・っ!!」
私の腕をつかんでいたブレイブの手が緩む。ブレイブの腕を払い、肩を軽く押す。少し強く電気を流したのでマヒしたのだろう。ブレイブは簡単に膝をついた。
「な、にを」
「ブレイブ、私は少年に『あいつを殺してほしい』と頼まれたんだ。そしてあいつは私の復讐相手」
「あ、っ」
「それにさぁ・・・・・・ブレイブは人を殺しちゃいけないんだよ。みんなのためにも、ね」
「え?」
私はブレイブに背を向け、玉座へと足を進めた。玉座に乗っている豚はぶるぶると震えて、恐ろしいものを見るかのように私におびえた目を向けている。私は腰に下げていた剣を抜いた。その剣に刻まれているのは、レブリアス王国の紋章。
「あ、あ、なんで」
「この剣、知っているか? 知っているよなぁ、国王だもんな。・・・・・・この国に災厄を招いた赤の魔女を殺すために作られた剣なんだって?」
「なぜ、おまえが」
「フフ、アハハハハハハ! なんでって? これはねぇ・・・・・・師匠に刺さっていた剣なんだよ」
「あ、う」
師匠の心臓に刺さっていたこの剣は、私が大事にとっておいた。すべてはこの時のために。
「師匠はね、この剣に心臓を貫かれて死んだんだよ。私が駆け付けた時には死んでたんだ。髪も切り取られて、服もボロボロで、地面は血だらけ。・・・・・・そんな状態でも笑顔で逝ったんだよ。師匠は、私を守ってくれたんだよ。優しかった私の師匠は・・・・・・あんたなら、知ってるよねぇ。だぁって、この国の第三王女だったんだからね、あんたがすべての罪を押し付けて殺した!!」
「ひぃっ!!」
興奮してしまい、思わず床を凍らしてしまった。パキパキと音を立てて凍っていく玉座に、豚は情けない声でわめきながら身を小さくしていた。あぁ、なんて醜く卑しいのだろう。私はこんなものに執着していたのか。豚の醜態を見て、私の頭はスッと冷えていった。こんなものにこだわっていた私がバカみたいだ。
「もう、いっか」
「へ」
豚が液体まみれの汚い顔をこちら向けて、私の様子をうかがっている。
「あ~あ、やる気がそがれちゃった。本当は見せしめになぶり殺してやろうかと思ったんだけど・・・・・こんなきったないの見てたら、さ」
豚の濁った眼に少し光がともる。
「だから」
私の剣を放す様なそぶりをみて、豚の顔が笑みを作ろうとして・・・・・・
「早く殺してあげるね?」
突き落とした。
「なんで」
「え? やる気がなくなったからって、お前を殺すことはやめないよ? お前が元凶であることに変わりはないし、お前を殺してほしいと頼まれたからね。それに・・・・・・お前を殺せば、少しは気が晴れるかもしれないだろう?」
「あ、い、嫌だ! 見逃してくれ! 死ぬのは嫌だ!!」
「師匠と同じように、心臓を刺して殺してやるよ」
糸で豚の手足を引っ張り、蜘蛛の巣を張って、大の字になるように空中で固定した。私は剣を握りなおして、剣先を心臓に向けた。
「さぁて、せいぜい苦しんで、地獄に落ちてくれよっ!!」
「ひぃぎぃっ!!」
勢いよく剣を刺すと、上と下、両方から液体をぶちまけ、血を溢れさせ、その肥え太った体を必死に動かし逃げ出そうとしていた。
「ごぼっ、い、あだ・・・たすけっ、がぼっ」
「思ったよりしぶといなぁ。脂肪があるからか? まあ、いっか。・・・・・・なぁ豚、どうだ?痛いか?」
「い゛だい゛! だかっごほっ」
「痛いだろ? お前が今まで人にしてきたことに比べたら100万倍ましだがな」
「じにた、く、な・・・・・・」
突然力をなくし、がくりと首が倒れる。息もしていないようだ。魔力の流れも止まり、魂もどこかへ行ったようだ。
「死んだか」
心臓に刺さっている剣を抜き、その剣で豚の首をはねた。切口から血があふれ、私の靴を汚した。剣についた血が、刃をつたってぽたり、ぽたりと雫を落とす。赤いものが椅子に、床に、どんどん広がっていく。
「さて、と」
私はぐるりと会場を見渡した。王の死がそんなにショックだったのか、それとも私に恐れを抱いているのかは知らないが、あたりはいつの間にか静まり返っていた。革命軍の人たちの反応は様々だったが、みな王が死んだことは『当たり前』と思っているようで、首のない豚をじっと見ていた。
王が死んでも貴族は残っている。アイテムボックスにしまっていた貴族どもを、氷結を解き、貴族どもがたむろしている空中に放り出した。いきなり現れた他の貴族に周りはパニックになり、ざわざわとし始めた。魔眼で経歴やステータスを覗き見て、最も罪深く魂が黒々とした者を選別し、糸でからめとり私の前まで引っ張り出した。
「な、なんじゃこれは!!」
「いやぁああぁぁー!」
「た、助けっ!!」
「ひっ!」
「うわぁあっ!!」
やっぱり[黒蜘蛛]のスキルは便利だなぁ。そんな風に思いながら、糸で体を拘束されて天井からミノムシのように吊るされている者たちを見る。そして・・・・・・ちょうど私の近くにいた男の首を切断した。ごろりと頭が落ちて、首からは血が噴き出した。
「・・・・・・あっけない」
どんなに悪事を働いたものでも、死ぬときはあっけないものなんだな。落ちた首を見ながら、そう思う。
「次」
私は、次々に首を落としていった。そのたびに悲鳴が上がり、吹き出た血が私に降り注ぐ。
私が落とした首は、王の首を含めて全部で六つ。その首を剣や足で無造作に転がし、私を中心に円形になるように置く。
「さて、アステリオ。予定通り、実行するから。みんなを外に転移させるよ。馬鹿どもをちゃんと抑えておけよ?」
「ええ、わかりました」
「おい、アス!? 予定通りって、何を!? 」
私は剣先で床をたたく。カンッと音がして皆が転移した。これは合図。いきなり転移したら混乱してしまうだろうという私なりの気遣いだ。
ブレイブが何か騒いでいたが、まぁ、アステリオが何とかしてくれるだろう。今、この城にいるのは私だけ。床には首が、天井から糸でつるされた首のない体と、血だらけの絨毯。
「ふぅ・・・・・・」
目を閉じて、剣を握りなおした。・・・・・・やっと、やっとだ。復讐の完遂も目前。
「あは」
もうすぐだ。師匠の仇を、もうすぐで・・・・・・・。
「さあ、始めようか」
血に濡れた剣を円の中心に突き刺し、魔力を練り上げ神経を研ぎ澄ました。
「『復讐者の詩』」
「アステリオ、説明しろ!!」
ブレイブは、まだしびれる体を無理やり動かし、アステリオの胸ぐらをつかんだ。その表情には怒りが浮かんでいる。アステリオは息苦しさに顔を歪めながら答えた。
「・・・・・・これはもともと決まっていたことです。本来なら私たちがするはずだったのですが、ユージェスさんが譲ってほしいといわれたので・・・・・・」
「だから、何をっ」
ブレイブは、ふと、ある時の記憶がぎった。それは、ブレイブが彼女と話していた時にこぼした言葉だった。
『私はね、この国を滅ぼしたいんだよ』
『君たちにとっても、そっちのほうがいいはずだ。リホームよりも新築のほうが簡単だろう?』
『君たちがやると中途半端に終わってしまいけれど、私がやった場合、君たちがするのはがれきの撤収作業だけだよ』
『君たちは強大な戦力を手に入れ革命が楽に成功する。私は革命軍の傘下に入ることで、大規模な復讐をすることができる・・・・・・考えるまでもなく、手を組んだほうがいいということがわかるだろう?』
『いいじゃないか、互いを利用しあう利害一致の関係。下手に正義がどうの悪がどうのと言われるより、楽に付き合える関係だと私は思うけれどね』
いつだったかわわからない。けれど彼女は、確かに言っていた。ヒントのようなものを、自分に残してくれていた!!
そのことに気づいたブレイドは、まさか、とアステリオをみた。アステリオはまるで答え合わせをするかのように、その言葉をこぼした。
「僕たちにとって憎らしい・・・・・・綺麗なだけの、あの城はいらない」
その直後だった。城から強大な魔力が放たれた。いつの間にか、空は黒いインクで塗りつぶしたかのように黒く染まり、不気味なほどに美しい、紅い満月が上っていた。
「始まったようですね・・・・・・」
「これは、ユージェスの力?」
どこからか、声が聞こえてきた。その声は遠くから聞こえているはずなのに、頭の中に直接語りかけているかのようだった。
『---------♪』
若く、美しい響きのその声は、どこか物悲しい旋律を紡いでいた。異国の言葉だろうか? その声が何を歌っているのか、その場にいた誰もが理解できなかった。
『---------♪』
魔力はだんだんと高くなり、魔力の負荷をうけた城はミシミシと音を鳴らし始めた。
『-------♪、--------♪』
突然、城を覆うほどの巨大な魔方陣が現れた。そして、城は赤黒い不気味な光に飲まれていった。
「これは・・・・・・」
「っ! ユージェス!!」
その光は城を飲み込むと、徐々に弱弱しくなっていった。
いつの間にか、空は元に戻っていた。空に星が瞬き、いつもと同じ白い月が空に浮かんでいる。月が辺りを照らした。
そして彼らの目に映ったのは、城の残骸だろうか、中央に無造作に積み上げられた瓦礫の山の頂上で、月の光に照らされた一人の少女。少女は一人でそこに立っていた。そのあまりにも幻想的な光景に誰もが目を奪われた。少女は旗を掲げた。何も言わず無言で掲げられた旗。
一拍後、革命軍の者たちは皆歓喜の声を上げた。
そんな中でただ一人、少女の横顔は今にも泣きだしそうに歪んでいたが、それに気づいたものは誰もいなかった。