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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吸血鬼仕置人 欺罔(ぎもう)

作者: 恵夢マチカネ

 世の中が不景気だとゾンビものが流行り、好景気だと吸血鬼ものが流行るという話があります。

「エッシャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャッ」

 どうして裂けないのというほど口を開き、噛みつこうとする男。異様に長く尖った犬歯、血走る目、人の生き血を漁る吸血鬼。

 そんな吸血鬼を前にしても恐れず、微笑み、それも冷たい微笑みさえ浮かべ、長い金髪を靡かせた青いチュニックの美女が手に持ったモスバーグ500に火を吹かせた。

 真面に撃たれ、吸血鬼は吹っ飛ぶ。

 起き上がるよりも早く、取り出した白木の杭で心臓を突き刺し、止めを刺す。

 背後の鬱蒼とした森林の闇に、熾火の様ならんらんとした明かりが幾つも灯る。

 何体もの吸血鬼が飛び出してきて襲い掛かる。

 完全に見切っていた、振り向きざまにモスバーグ500をぶっ放す。

 全弾命中、倒れる吸血鬼たち、しかし相手は吸血鬼、これでは死にはしない。

「後は任せたわよ、ニック!」

「心得たクルス」

 青いチュニックの美女クルスの呼応を受け、いつの間にか立っていた赤いコートの長身の男ニックが背負ったバスターソードを引き抜き、起き上がったばかりの吸血鬼の頭を跳ねる、一振りで全員同時に。



「ありがとうごぜえますだ」

 代表して村長がお金の詰まった袋をニックとクルスに渡す。差し出す手は震えていた。

 家の窓や物陰には遠巻きにニックとアンを見つめている村人たちの姿、みんな無言。

 村はずれの森林に住みついた4体の吸血鬼、獲物は村人たち。実際、幾人かの村人が仲間にされた。

 このままではいずれ全員が吸血鬼にされてしまう。

 大半が農民の村人たちでは成す術はない。そこで話し合い、お金を出し合い、プロフェッショナルを雇うことにした。

 そしてやってきたのがニック&クルス。

 お金の入った袋を受け取るクルス、びくっと村長は身をすくませる。

「行くわよ」

「ああ」

 それ以上は何も語らず、村から去って行く2人を見て、張りつめていた村人たちの緊張がほぐれ、みんな肩の荷を下ろす。

 助けてくれた相手とはいえ、怖いのだ。

 人を襲い生き血を吸う吸血鬼も怖いが、それを倒してしまったニックとクルスも恐怖の対象。



 赤いコートを着たニックと青いチュニックを着たクルス、2人は吸血鬼仕置人コンビ。

 あの程度の対応では腹を立てることなどはない、いつものこと。人畜無害な、ごく普通の人たちなのだ。そんな人たちは異質なものを恐れる、吸血鬼やそれを狩る者たちを。




      ☆



 都心部の外れにある寂れた酒場を訪れたニックとクルス。ここが次の依頼者との待ち合わせ場所。


 外見と同じく、店内も寂れ客も疎ら、従ってニックとクルスは、労せず依頼者を見つけることが出来た。

 酒の満たされたコップを両手で持った顔色の悪い頬のこけた男、目印は保安官服、この男が依頼者。

「クルスよ」

「俺がニックだ」

 向かいの席に腰を下ろす。

「依頼の内容を聞かせてくれるかしら」

 依頼者はニックとクルスを恐れではない、どうやら人畜無害な村人とは違うタイプ。

「私は、この町で保安官をやっていた。先日のことだ、隣の町の連絡が途絶えたので、同僚の2人が調べに行って、そのまま消息を絶ってしまった」

 保安官服はコスプレではなかった、本職の保安官。並の人たちよりは心身を鍛えている。なのに顔色の悪さに目の下のクマ。

「次の日、別の保安官が隣町へ行き、そいつらも帰ってこなかった。次に向かった奴も、またその次に向かった奴も、さらに向かった奴……、隣町へ向かった保安官は誰一人として帰っては来ない。そして相棒が向かおうとしたが、俺は怖くて怖くて――着いて行けなかった。俺は止めたよ、止めたのにあいつは保安官の義務だとか言って、1人で行っちまった、俺は1人で行かせちまったんだ」

 ポケットからスマホを取り出し、

「これが相棒の最後のメッセージだ」

 ポチっと再生。

『町の屋敷だ、そこに吸血鬼が住みついている、そいつが町民も同僚も、みんな殺したんだ。このままじゃ、俺も――ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ』

 悲鳴音で声は途絶えた。

「あいつはこんなジョークを言う奴じゃない、あいつやみんなの仇を取りたいが、でも俺じゃ吸血鬼は相手にならないだろう、俺はあくまで保安官なんだからよ」

 保安官が相手にするのは犯罪を犯した人間、吸血鬼は畑違い、戦ったところで仲間と同じ末路を辿るのは確実。

 持っていた酒を一気に飲み干す。

「噂であんたたちのことを聞いた、仕事を頼みたい、頼む、あいつとみんなの……」

 相棒を1人で行かせてしまった罪悪感、かなり罪悪感に苦しめられている、顔色の悪さと目の下のクマは恐怖感よりも、罪悪感と後悔が主な原因。

「解りました、この仕事受けます」

 というと依頼者はクルスの両手を掴んだ、眼からは涙。

「ありがとうありがとうありがとうありがとう」

 別に同情して依頼を受けたわけては無い、これが吸血鬼仕置人の仕事。と言っても怖がられよりも感謝されるのは嬉しい。



「オイ、クルス、気が付いているか?」

 寂れた酒場を出た2人。

「ええ、手口からして“影無し”の仕業と考えて、間違いないわね」

 “影無し”の異名を持つ、吸血鬼。

 本来、吸血鬼は下僕を増やしていき、勢力を拡大していく。

 しかし“影無し”は下僕を増やそうとはせず、捕食相手を殺してしまう、完全に。

 そうやって痕跡を残さず、捕食を続け、存在に吸血鬼仕置人が気付いたころには別の町へと移っている。

 今までこれを繰り返し、吸血鬼仕置人の追撃を免れてきた。

 本名、年齢、性別、容姿は一切不明、痕跡を残さず、姿を隠して行動することから付けられた異名が“影無し”。

 長年、吸血鬼仕置人たちが追いかけている相手で、高額の賞金も懸けられている。

 僅かに手に入った情報ではかなり狡猾で卑怯、見た目は若いとのこと。

「どうやら、私たちが尻尾を掴んだ様ね」

「だが、安心はしていられないぞ」

 保安官の話から推察すると、そろそろ“影無し”は、別の町に移動する時期に来ているだろう。

 急がなければならない、依頼料だけでなく、高額の賞金をゲットできるチャンス、無駄にしてなるものか。



 車を飛ばし、日が暮れるころには隣町に到着。

 どの建物にも明かりが灯ってはおらず、すでにこの町は無人であることを教えてくれた。

 正し、一軒だけ明かりの灯っている家があった。スマホの音声に入っていた屋敷、一番奥にある屋敷にだけ灯る明かり。

 高性能の双眼鏡を取り出したニック、おもむろに屋敷を見る。

 屋敷の前に止められているワゴン車一台、誰も住んでいない無人の町に一軒だけ明かりの灯っている屋敷、一台だけ止められているワゴン車、ずぶの素人が見ても違和感ありまくり。

 ワゴン車もただのワゴン車じゃない、全ての窓が遮光になっている。

「ビンゴ」

 と言い双眼鏡をクルスに渡す。

 クルスも屋敷を見てみる、すると屋敷の中から、1人の少年が出てきた。

 黒髪で高レベルの美少年ではあるが、表情が無く、どことなく冷たい感じを漂わせていた。

「どうやら、あいつが“影無し”の様ね」

 無人の町で1人だけで確認できた人物、“影無し”の情報にもある見た目は若いとも一致。

 あのワゴン車、町からとんずらする準備だろうか。

 ゆらりと少年は、屋敷へと戻っていく。

「今夜中に片方を付けるわよ」

 夜は吸血鬼のフィールド、正直な気持ち夜明けを待ちたいが、あの様子だと、今夜中に町を去ってしまいそう。

 時間が無い、早く始末しないと逃げられる、敵は狡猾で卑怯と評判の“影無し”なのだ。

「行こう」

 そのことはニックも承知。

 敵に気づかれないよう、ニックとクルスは屋敷へ向かう



 屋敷の敷地に入り、ニックはワゴン車の中を確認、案の定、棺桶が入れてあった。

 霊柩車ならともかく、普通、ワゴン車に棺桶は乗せはしない。

 遮光された窓に棺桶、これで吸血鬼が屋敷いるとは確定。そのことをアイサインでクルスに伝達。

 すぐさま理解したクルス、二手に別れ、挟み撃ちすることをジェスチャーで提案。

 OKのサインを出したニックは表へ、クルスは裏手に回る。



 裏口のドアは単純な作りで、簡単に鍵を外せた。

 音を立てないよう、注意を払いクルスは屋敷の内部へ侵入。

 獲物のモスバーグ500を何時でも撃てるように構え、“影無し”の姿を探し部屋をチェックしていく。

 キッチン居ない、食堂居ない、居間居ない、遊戯室居ない、客間居ない――大広間を覗く。居た、あの黒髪の美少年が立っていた。

 見つけたとニックに連絡を取ろうとした途端、クルスは目を大きく見開く。

 大広間の片隅にニックが倒れていた。片手にバスターソードを握り締め、背中からは血が流れている。

 佇んでいる少年の表情に変化なし、ボーと眺めているだけ。

「貴様!」

 怒り心頭、大広間に飛び込み、モスバーグ500をぶっ放そうとした。

 大広間の壁に付けられた鏡は少年の姿を映し出していた、はっきりと。

「えっ?」

 吸血鬼は鏡には映らない、今にも引き金を引こうとしていた指を止めてしまう。

 吸血鬼仕置人人生の中で作ってしまった隙、一生に一度あるか無いかの失態、文字通りの一生の不覚。

 ポトリと天井から、真っ赤な蜘蛛が首元に落ちてきた。

 慌てて振り落とそうとしたが、素早く真っ赤な蜘蛛は首筋に噛みつく。

「がっ」

 体が痺れて動かなくなり、倒れる。

 かさかさとクルスから離れた赤い蜘蛛、瞬く間に赤毛の女性に姿を変えた。少年よりも年上ではあるが、確かに若い、見た目は……。

「こんばんは吸血鬼仕置人ちゃん」

 今までクルスはコウモリや狼に変身する吸血鬼とは何度も出会ったことはあったが、蜘蛛に変身する吸血鬼を見たのは初めて。

「あの子を吸血鬼と思ったでしょう、でもそれは大間違い」

 嫌味たらっしい笑みを浮かべる女性、コイツが“影無し”。

「あの子はこの屋敷の息子、目の前でパパとママを殺されて心が壊れちゃったの。で折角だからぁ囮に使わせてもらちゃったわ。あんたたちのような身の程知らずの愚か者対策として」

 勝ちを誇り、ベラベラ喋る。

 ニックも少年を“影無し”と勘違いしたところを背後からやられた。

 “影無し”はモスバーグ500を奪い取り、銃口をクルスの頭に向ける。抵抗しようにも真面に体が動かない。

「さようなら、負け犬ちゃん」

 屋敷轟く銃声。



「あなたのことは気に入ってたんだけどぉ、こんな連中に嗅ぎつけられちゃったんだからぁ、ここも潮時ね」

 ポイとモスバーグ500を投げ捨て、黒髪の少年に近づいてくる。

「私は好物を最後まで取っておく主義なのよ」

 美少年は彼女の大好物。瞳を真っ赤に輝かせ、鋭く伸ばした犬歯を少年の首筋に突き刺そうとした。

 ドスッ、何かが突き刺さった音がした。

 驚愕を表情に浮かび上がらせる“影無し”、心臓に突き立てられた白木の杭。屋敷の中で残っているのは2人、“影無し”と黒髪の少年。

「僕は待っていたんだ、ずっと待っていたんだ。お前が僕の血を吸おうと近づいて来るのを」

 両親が殺された時、“影無し”が吸血する際、無防備になることに気が付いていた。

「ま、まさか……お前、心が壊れたのは芝居だったの……」

 後ずさる“影無し”。

 両親の仇を討つ、たった一度のチャンス、一瞬だけのチャンス。そのため、吸血鬼仕置人も見殺しにした。

 完全に白木の杭は突き刺さっている、確実な致命傷。それでも“影無し”は最後の力を振り縛って襲い襲い掛かる、死力を尽くし。

 大量出血のため、その動きは鈍重でふらふら。

 恐怖に飲み込まれ、縮こまっていなければカウンター出来る動き。少年は心臓に刺さっていた白木の杭を思いっきり押し込む。

 そこから血が噴き出した、まだこれだけの血が残っていたかという程の量の血が。

 倒れる“影無し”、全身に返り血を浴びた少年を真っ赤に染め上げて。

 絶命した“影無し”は笑っていた、確かに笑っていた。何故笑っているのか黒髪の少年には解らない。



 バスルームに入った黒髪の少年、シャワーのコックを捻り、温水を頭から浴び、全身に付いた返り血を洗い流す。



 全ての返り血を荒らし流し、服を着て荷物をまとめ、屋敷を出て行く準備を始めた。

 両親とともに過ごした思い出深い場所だけど、もうここには住めない。

 ふと、本当に“影無し”が死んでいるのか気になってしまう。

 どうしてその気持ちを払拭できず、大広間へ行って確認してみると、倒れている“影無し”には、全く動く気配すら無く、間違いなく死んでいる。

 ホッとした黒髪の少年、ふと2人の吸血鬼仕置人が視界に入った。

 この人たちには悪いことをしてしまった。そんな思いがこみ上げてきても、もう過去には戻せない。

 それぞれ一礼を送り、足早に屋敷を出て行った。


 最後に残された力を使い果たし、“影無し”は黒髪の少年に呪いをかけていた、復讐として永遠に消えない呪いを。

 大広間の鏡には黒髪の少年の姿は映っていなかった……。




 ニックとクルスはヴァンパイアハンターのクルースニクから命名しました。

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