憤怒的鬼
(まあまあ、阿澄も上手く演技しちゃって)
武芸の腕前ならば、香澄も相当なものだが。気配を殺し、ただの少女然として。羅彩女は内心苦笑する。
「では、わしは行くよ。それでは」
太定は大広間を出てゆく。途中で家来にあれこれと指図をする。
諸葛湘も、本国を探るための人選のために、それではと大広間を出て、持ち場に戻ってゆく。
太定と入れ替わりに家来が来て、部屋の用意をするので、呼びに来るまで大広間にいてほしいと言い。一同はそれに従う。
貴志と麗も一緒にいる。
「お前の親父さん、いい人だな」
唐突に源龍はそんなことを言うから、貴志は意表を突かれて、茶をすすっていたのを吹いてしまった。それを聞いた劉開華は、
「……ぷっ。あはは、あはは。もうだめ、あはは」
と、口を手で押さえながら大笑いする。
「なんだなんだ、なんで笑うんだ」
「ごめんなさい。源龍さんがかしこまって人を褒めるなんて思わなかったから」
「なんだそりゃ、オレをなんだと思ってるんだ」
「うふふ」
香澄までが笑いだす。羅彩女も笑いをこらえて、
「まあまあ、愛嬌で笑ってんだよ」
と肩を叩いてなだめる。
近くの召使いも笑いをこらえて、貴志に布巾をわたす。
「もう、しょうがないなあ」
貴志も一本取られたと苦笑しつつ素直に認める。公孫真も子どもたちも、笑顔で成り行きを見守っている。
(おかしなことを言う人たちだけど、この雰囲気の良さはなに?)
麗は不思議そうに一同を見る。何がこの人たちをそうさせるのだろうか。同時に、なにか羨ましい思いにも駆られた。
世子に迫られ、逃避し、天頭山教に入信するも教主にそそのかされて生け贄になった。そこでこの人たちがいなかったら、自分はいまごろは天湖の藻屑だ。
「そうそう、このお茶おいしいけど、どんなお茶なの?」
劉開華は茶のおいしさに感心して、召使いに茶について聞き出す。
そこから雑談のきっかけがはじまり、話は途切れることはなかった。それからしばらくして、召使いが、部屋の用意ができたと来たが。話に夢中な一同は、礼を述べたうえで、しばらくここで話をさせてほしいと、特に劉開華が言い。
公主が言うならと、召使いの上に立つ家来も承諾した。
(あとどのくらい、このように皆さんと話ができるのだろうか)
宮中から逃げて自由を求めた公主だったが、危機的な展開により覚悟を決めて公主として振る舞い、皆を助けようとする姿に、公孫真は内心涙する。
もし彼女が政の中心に立てば、善政を布くであろう。しかしそれを阻害するものが宮中には、あまりにも多すぎる。




