憤怒的鬼
もちろん、太定と諸葛湘は戸惑い顔だ。しかし下手に騒ぐこともできない。なにより、
(宮中はどうなっていることか)
と、それを思うと胸が騒ぐ。化け物の話はにわかに信じがたいが、公主失踪となれば上から下への大騒ぎ、国難にも等しい。しかし事の次第を告げる使者がまだ来てない。それともよこさないか。さてこれは、本国に使者を送るべきか、それとも……。
「公主さまは、辰にお帰りをする気持ちはあるのですか?」
思い切って聞いてみれば、劉開華は、
「はい」
と頷く。
「父上と母上にお詫びをし、またこの人たちに寛大な処置をお願いするつもりです」
「ふうむ。失礼ながら、お覚悟を決められているのですな」
「……はい」
諸葛湘もうやうやしくも探りを入れるように訊ねる。お忍びで国を出て自分の赴任先の暁星に来た公主が重荷になってのしかかるように感じるのは禁じ得ないが。そこは生き馬の目を抜くような政治の世界に身を置く者として、今までの経験を活用するところだ。
「帰る気持ちがあれば、お帰りいただく方がよいのでは」
太定が言うが、諸葛湘は首を振る。
「いいえ、まずは人を遣って本国の様子を探り。そのうえで改めて公主に決めていただいてもよいのではと」
「というと?」
「宮中において公主がいなくなったことでどうなっているのか。皇帝皇后両陛下のご様子はどうか。事の次第では、帰国は危険かもしれませぬ」
「なるほど、一理ありますな」
太定は諸葛湘の話を聞き頷く。瞬志も同じように頷き。他の面々はじっと成り行きを見守っている。
迂闊に口には出せないが、もし康宗と靖皇后のご勘気をこうむり、思い余って国を出たなら帰国しない方がよい。逆に失踪に心を痛め、帰還を願っているなら、帰った方がいい。
まずはそれからである。
(しかし、たった一人の人間のことで、ここまで国を憂うことになるとは。皇族であるというのは、まこと大きい)
権謀策術渦巻く世界である。ことに鄭拓なる者、宰相ながら油断ならぬ人物である。それから離れたいがゆえに、国外に赴任する大使の任を自ら買って出て、暁星に派遣されたのである。
それはともかく、鄭拓がどうしているのか、それが気になった。
(あやつのことだ。きっとよからぬことを企んでおるに違いない)
落ち着かぬ康宗と靖皇后に対してどのように付け込んでいるのか。
(あやつも貧しい暮らしから逃れるために必死であったのだろう。真面目に務めを果たせば、後世に名を残す名宰相になれたものを。己心の卑屈さに負けて、国を危うくするなど。なんともかんとも)




