憤怒的鬼
規模では大京にかなわぬものの、決して見劣りすることなく。城塞都市として城壁そびえる中の市街地はよく整備・整理されて。道も広く、大所帯の旅の一行も苦も無く並んで王宮を目指せる。
「わあ」
馬車の窓から顔を出し、劉開華たち女子どもも漢星の賑やかさに目を見張る。
男たちと言えば、公孫真はともかく、貴志は引き篭もって緊張し、源龍は興味ないと座って目を閉じ腕を組んでふて寝をしている。
暁星は大陸からの影響を強く受け、風俗や文化も似通ったものが多い。しかし細かなところは独自の様相のものもあり、その相違点を見つけるのも案外面白いと公孫真は思った。
(どこに行っているんだろう)
貴志は気が気でない。窓から外を見ることもないので、自分がどこにいるかもわからない。ただ馬車の進む方角から、
(ああ、家に行っているのか)
と察した。そしてその通り、
「降りろ」
と兄の瞬志自ら馬車の扉を開けて、外に出てみれば。李家の邸宅内。
高い壁に囲まれた広い邸宅の、門をくぐってすぐの庭に一行は入っていた。
見慣れた光景である。この庭を駆けまわって遊んだ幼少期が思い出される。が、感傷に浸ることはできなかった。
目の前には、血相を変えた父と呆気にとられる家来たち。
そう、この父こそが暁星宰相の李太定だった。老境に達しながらも、背筋を伸ばし。ひげを蓄えた威厳ある風貌は、気弱な者なら姿を見ただけで頭を下げたくなるであろう。
母の文星連は驚きのあまり失神して寝込んでいるという。
貴志は縮こまる。他の兄弟がいないのは、まだ秘密にして呼んでいないからだ。この邸宅にも早馬が来て、重大にして内密の事と事の次第を告げて、太定はたいそう驚き、夫人は驚いて寝込んだ。
で、実際にその姿を見て、どうしようもない気持ちが湧き起こる。
「お前、これはどういうことだ!」
貴志に詰め寄る太定。瞬志は止めることはしなかった。しかし、劉開華が間に入った。
「これには訳がありまして。どうかお話をお聞きください」
「そなたは?」
「私は辰国公主、劉開華です」
「……おお、あなたが公主さまか!」
璽を見せられて、太定は態度をあらためる。しかし、疑問や不可思議さは治まらない。
「お、おひいさま! おひいさまですね。諸葛湘です!」
三十代半ばと思われる辰の装いの役人が劉開華のもとまで来て跪く。
「諸葛湘、お久しぶりです」
跪く大使に向かい、背筋を伸ばし威厳を示す劉開華に、源龍たちは改めて彼女が公主であることを感じ取った。




