秋水長天
「まあ、世界樹が導いてくれるさ。何か聞こえなかったかい?」
「そう言えば……」
脳裏に声が閃いたが。
「それは世界樹の声だよ。従うも従わないも、源龍さんの自由だ」
「ふん、従わなけりゃ、虎炎石みてえになるんだろう。自由じゃねえよ」
と言いつつ、あれこれと男児と話をしても、結局は全然わからなかった。
世界樹とは、世界樹の子どもたちとは。
「そんなことはどうでもいいじゃないか」
源龍の迷いを察して、男児はいたずらっぽく言う。
「それより、香澄が待っているよ」
「香澄!?」
「じゃあね」
子どもたちは泣きべそをかく虎炎石をともなって、源龍から遠ざかり。霧の中に溶け込むように姿を消していった。
源龍は打龍鞭を担いで追おうとしたが。突然足元の感触がなくなって、何か大きな穴の中へと落ちゆくような落下感に襲われた。
「……うーん」
固く閉ざされた目を開けようと、瞼に力を入れて開けば。
秋の空と海とが交わるような秋水長天が眺められた。
(オレもあれと同じ……)
ふと、そんなことを考えた。
はるかかなたの水平線、空と海とがまじわり一緒になるかのような。そのように、己の生も死も、夢も現も、一つの線としてまじわったような、不思議な感触。
源龍はゆっくりと上半身を起こし、胸に触れたが。あるはずの傷がない。
(馬鹿な、オレは香澄の七星剣に刺されて)
「私はなにもしていないわ」
「何ッ?」
香澄の声を聞き、源龍は素早く起き上がった。ふと、足元には打龍鞭があって。素早く拾い上げる。
その姿が少し滑稽に見えて、香澄はいたずらっぽく微笑んだ。
「少し強いところを見せたら、刺されたと思い込んでしまうんですもの」
「何? じゃあ、世界樹は? この打龍鞭は?」
「すべては世界樹のお導き。私ごときがわかる話ではないわ」
「世界樹。お前も知っているのか」
「そんなことは、どうでもいいじゃない」
香澄はあの男児のようなことを言う。
「でも私とあなたが出会ったのも、世界樹のお導き」
「……」
源龍は打龍鞭を肩に担いで、無言のまま。もはや声を出す気も失せた。
「ゆきましょう」
「ゆく、って。どこへ」
「とりあえず、最寄りの町まで。そこで休んで。明日の事は明日考えましょう」
「……。よくわからねえが、どうせ逃げられねえんだろう、ついていってやるよ」
「ありがとう」
香澄は愛嬌のある笑みを見せて、歩き出し。その少し後ろ、源龍は打龍鞭を肩に担いでついてゆく。
とりあえず、明日の事を明日考えるための宿まで、ともに歩いた。
秋水長天 終わり