憤怒的鬼
しかしそれでも、引っ掛かるものがあった。自分を監禁して冷遇した両親と宰相への憎しみよりもそれは大きく重い。
「開華!」
弾かれるように妹の名を叫ぶと、突然に、なぜが彼女が暁星の漢星にいるという確信が芽生えた。
「ああ、憎い、妹をたぶらかす暁流も憎い」
監禁されて、世の中のことなどなにも知らされず飼い殺しにされており、妹の失踪も知らされていなかったのだが。闊達で行動力のある妹のことだ、どうにかして暁星に旅に出たとて不思議ではない。
「開華、お前には血を分けた兄の愛こそが、いや、兄の愛だけで十分なのだ」
青白い炎の姿で、怨念の鬼と化した劉賢は方角を見定めて、暁星の朝星半島向けて鳥のように飛んだ。
さて、亀甲船に拿捕された一行である。
貴志は兄に嘘をつかず、それまでのいきさつを洗いざらい話した。麗も同じように洗いざらい話した。
麗の話はともかく、貴志の話はにわかには信じがたい事である。
「お前は、こんなときに人をからかうのか!」
と烈火のごとく怒ったのは言うまでもないが。なぜか貴志も強情で、話した通りだと言い張る。
「この者たちは、正気ではない」
瞬志は開華らの船に移り、話を聞けば。貴志と同じことを言うから、尋問する側ながら面食らった。
それでも、劉開華の辰国公主の璽のこともある。それが偽物で騙りならば、いかにあどけない少女であろうが容赦はせぬ。しかし、もし、本当ならば……。
辰より派遣され漢星に滞在する大使の諸葛湘に会わせてくれと言う。さてどうしようか、と考え。思い切って会わせることにした。しかし他の者たちはどうしようか。
「私たちに害意はありません。疑わしいはやむをえませんが、辰国公主として、この人たちにひどい扱いをせぬようお願いいたします」
と、頭を下げて言う。
その様子をうかがえば、たしかに気品はある。下賎の者がにわかに演技をしたとしても、できることではない。
ともあれ、自分も一緒に漢星にゆくかと、肚を決めていた。
港に着き、接岸されて。船から降りる。
一行は港の賑やかさを見て、ほう、と感心する。
港はよく整備されて、たくさんの船が接岸して。たくさんの人や物で賑わいを見せていた。
交わされる言語から、やはり外国人は辰人が一番多いが。他に、彫が深く目の碧い西方の人や褐色の肌の東南方面の人も多く見受けられて、多様なさまを見ることができる。
「港か……。考えてみりゃあ、海の港に足を踏み入れたのは初めてだな」
と、源龍は言う。




