憤怒的鬼
しかし実際のところは。
(たまらん。おかしい。ああおかしい。ほんとうにこれはたまらん)
と、爆笑をごまかすための演技であった。
(心を病んでいたとはいえ、暗殺をせねばならぬとは。賢よ、不肖の父と母を許してくれ)
康宗と靖皇后は暗殺に後ろめたさを覚えている。それに対しても、
(悪に染まり切れぬとは、甘い)
とすら思っていたが。その方が都合よく利用できるので、これからも中途半端な人格でいてほしいと、強く強く願っていた。
集められた位高き僧侶や道士の冥福を願う祈りの儀式が執り行われて。祈りの声は、棺の中の劉賢にささげられる。
これで劉賢は成仏するであろうと、多くの人々は思った。康宗と靖皇后、鄭拓も、これだけやってやれば成仏するであろうと思った。
高位の僧侶や道士の冥福の祈りの儀式が終わり。
「皆の者、大儀であった」
という言葉で国葬はしめられた。
そんな国葬を眺める目があった。
その目は怨嗟の炎が燃え上がって、見下ろす地上の光景すべてが憎いと睨み据えていた。
それは宙に浮いていた。かと言って、鳥でもない。では何かといえば、人であったが。ただ、その姿は誰も見ることができない。
いわゆる鬼(幽霊)であった。
実体を持たず、魂だけの存在となって宙をさまよう鬼であった。その魂は、怨みや憎しみ、そして欲望に彩られており。
もし見えるとすれば、青白い炎が人形になって宙を漂っている。
「私はなぜ死なねばならなかったのだ!」
己の肉体の収められた棺を見て、鬼は叫んだ。が、その叫びも実体を伴わず、誰にも聞こえなかった。
そう、その鬼は劉賢であった。
父と母、そして鄭拓によって毒殺をされて、死んだ。しかし死んでも死にきれず、こうして鬼として現世に魂だけが残ったのだった。
「ん?」
ふと、視界に入る、薄い鬼があった。どこかで見たことがあると思ったが、思い出した。自分の見張り番をしていた鄭弓ではないか。
「ああもう人の世なんかまっぴらだよ。もう生まれ変わるのも御免だ。……え? また人に生まれ変わるって? 勘弁してくれ転生なんかいやだ……」
そんなことをつぶやきながら、半透明な薄い様で天に昇ってゆき。やがて見えなくなった。
なぜかは知らぬが、鄭弓も不本意な死を遂げたようだ。しかしなぜかうんざりしていて、不承不承成仏していっているようだ。
「ふん、たわいもない。これだから下賎の出の者は」
あからさまに侮蔑の念を込めて吐き捨てる。
「さてどうしようか、父上と母上と、鄭拓をどうしてくれようか」
鬼となった自分になにができるのかわからないが、内からこれでもかと恨みや憎しみといった怨念が湧き起こり。劉賢はまさに怨霊となっていた。




