憤怒的鬼
その一方で、公主さまは評判はよかった。しかし公主さまは参列していない。
「公主さまは悲しみのあまり心を病まれてしまい、国葬に参列せぬこと、どうかご了承を願いたい」
と言われて。これにも驚いた。
あんな性悪でも、やはり兄は兄として慕っていたのかと、にわかに公主に同情を覚えたが。兄の死で心を病んで臥せっているのが嘘であり、実は失踪していることは秘密にされているのは言うまでもない。これには厳しい緘口令が敷かれて、もし巷や市井で噂になっていることを康宗と靖皇后が知れば、鄭拓以下臣下たちを厳しく罰すると厳命していた。
(我ながらよくやる)
鄭拓自画自賛。ここでの肝は、秘密がばれたときの処罰を鄭拓も受けることであった。これにより、信頼を得るのだ。
ともあれ、劉賢を弔う国葬は厳かに、しめやかに執り行われた。
他方、宮殿を尻目に、せいせいしたと身軽な格好の鄭弓。
「オレはオレの人生を生きるんだ」
やることをやって、兄から褒美と手切れ金をもらい。新たな人生の出発と、歩き出して、しばらくしたとき。
「ねえそこのお兄さん、わたしと遊ばない?」
日も高いというのに、娼婦がさりげに鄭弓に近づいてきた。見れば相当の美人だ。
気分のいい鄭弓は、金もあるし、幸先の良いことだと娼婦と遊ぶことにした。
腕を組んで路地裏にまわり、ぼろ屋の娼婦の部屋に入り。ふたり抱き合おうとした時、身体に衝撃が走った。
左胸に匕首が刺さっている。娼婦は匕首を隠し持ち、鄭弓の左胸を刺したのだ。
刃先は心臓にまで達し、いかに身体が強くともこれではひとたまりもない。
「お、お前……!」
「ふふ、引っ掛かったね」
たまらず倒れこむ鄭弓に向けて放たれる無慈悲な冷笑。
なすすべなく、鄭弓はただ死にゆくしかなかった。
(どうしてこんなことに)
理不尽さや無念さを覚えながら、鄭弓は息絶えた。
その死を確かめて、娼婦は「ふふ」と笑えば。連れ合いか仲間の男数名が部屋に入ってきて、
「うまくやったな」
「これで鄭拓さまから褒美がもらえるぞ」
と話しながら、屍を運び出し。どこかへと捨て去ってしまった。
その暗殺者たちを雇った鄭拓といえば、劉賢を弔う国葬に参列し、嘘泣きをして表面を取り繕い。皇帝皇后の弔いのお言葉、
「心を病む我が子を見て、我らも心を病みそうであった」
というお言葉を聞いて、爆笑したい気持ちをこらえるのに必死で。
「うおおお!」
とあからさまに声を出して突っ伏して、号泣する様を見せた。
他の臣下ら参列者は、
「宰相は皇太子を強く慕っていたのか」
と囁いた。




