憤怒的鬼
その時の、妹の手の感触や匂やかさ。身も心もとろけそうな心地よさだった。
皇帝皇后や臣下や衛兵らは微笑ましい光景に笑顔になった。が、劉賢の中では、目覚めがあった。
目覚めたとて、妹を相手に、と戸惑い抑えてきたが。ついに抑えきれなくなって……。
劉賢はうつろに開華の名をくりかえしつぶやいていたが、喉が渇いて、茶碗を手にとり茶をすすった。
「……開華……、うッ!」
しばらくして、突然目まいがしたかと思うと。身体から力が抜けて、寝台に横たわった。
「おお、開華、開華!」
「お兄さま、愛おしい私のお兄さま」
目まいがして、身体も力なく横たわっているしかない有様ながら、そばには愛しい妹がいてくれているのが見えた。
「おお、やっと私の気持ちを受け入れてくれるか」
「はい。今までは照れくさくて。ごめんなさい」
「なんの。花も恥じらう乙女ならば、当然のこと」
そういう会話をしていると劉賢は思い込んでいたが。実際には、
「ついに幻と話をするようになったか」
扉の向こうの見張りの衛兵は、げんなりするばかり。
「ああ、私の開華、愛しい開華よ……」
それから声がしなくなった。衛兵は寝たと思った。
しばらくして、あまりにも静かすぎるために。怪訝に思った衛兵が部屋に入れば。寝台に横たわって、劉賢は息絶えているではないか。
皇族の突然の死となれば騒がれそうなものだが、劉賢の死は誰も悲しまなかった。死因は何であれ、面倒ごとがなくなったという安堵の方が大きかった。
皇帝も皇后も、そうだった。
「それでも我が子だ。せめてねんごろに弔ってやろうではないか」
それがせいぜいの親心だった。皇太子の死は公表されて、国葬が営まれて。表面上は、国は喪に服した。暁星の留学生や派遣された暁星の大使や役人も国葬の列に加わった。
高位の僧侶や道士も集められて。
宮殿の中の広い中庭で、中央の高台に祭壇が設けられ、その上に棺が乗せられて。その棺の中は言うまでもなく劉賢。
その南側に康宗と靖皇后が立ち。その後ろに鄭拓をはじめとする高官や臣下たちがずらりと並んで、身分が下がるにつれて遠ざけられて、高台を囲んで控える。
万が一のために屈強な兵士も凛々しくたたずんでいる。
貴志の学友たちは遥か後ろで、国葬の様子はよくわからなかった。ただ皇太子の急死には驚かされた。
いい話を聞かなかったからだ。
暁星から派遣された使節団、また歌舞団への嫌がらせなど、悪い権力者そのままの振る舞いであったと聞いた。
しかし、ここしばらくは病に臥せっていると聞いて、内心ほっとしていた。とはいえ、それでも急死は驚きであり。
「改心すれば将来は名君になっただろうに」
と、合掌し、さすがに冥福を祈った。




