嵐将携帯
もちろん貴志は一見お人好しそうでも、武術の素質あることは兄だから知っている。
「兄さん、これには訳が」
と貴志が口を開こうとしたら。
「おい!」
と源龍は威嚇をはじめ、公孫真と劉開華に香澄がなだめる。
それに弾かれるように、瞬志は右手を素早く伸ばし、貴志の胸倉をつかむ。
「これはどういうことだ!」
兄に胸倉をつかまれ、貴志は石のように固まる。もちろんその会話は暁星の言葉だ。
(貴志さんが簡単につかまるなんて!)
劉開華は息を呑んだ。重い鎧をまといながら、貴志が逃げられないほどの素早い動きを見せ、胸倉をつかんだのである。そう、わざと貴志が捕まったのではない、純粋に相手の動きに負けてつかまったのだ。
(下手な抵抗をしても、全滅するだけだ)
公孫真も息を呑む。
船の上には十名ほど乗り込んでいるが、亀甲船にはまだ数十名と控えているようだった。
甲羅から出て、こちらに向けて鋭い眼光を放っている。
「兄さん、僕の話を聞いてください」
「瞬志オッパ、お願い、助けて。これには訳があるの」
麗は瞬志にすがりつき、おいおいと泣き始めた。
それを見て何も思わぬではないが、
「言われるまではない、話は聞いてやる。しかし、いかなる訳があろうとお前たちが不審者なのは変わらぬぞ」
麗にも鋭いまなざしを向ける。
(あのお優しい瞬志オッパが、こんな怖い顔をされるなんて)
麗は衝撃のあまり腰を抜かしてよろけ、たおれそうになるが。香澄が素早く駆け寄り、
「しっかりして」
と支えて、静かに座らせる。
「――!!」
瞬志の背筋に電撃が走る。
(気配がわからなかった)
誰がどのような動きを見せようと、それを見切る自信はあったのだが。なぜかこの少女の動きは察せられず。気が付けば麗のそばだった。
(不本意だが、下手に刺激をするのもまずいか)
もし戦いになっても数の力で勝てるかもしれないが、痛手も大きいだろう。下手に血気に逸り、王より預かった兵士を犬死にさせるのは忍びなかった。
「おい、こっちを見ろ!」
打龍鞭を携え、今にも飛びかからんがばかりに源龍は吠えた。
「仲間にかすり傷ひとつでもつけてみやがれ、お前らを血祭にしてやるぜ!」
(なんという楽しそうな顔をしているのか)
吠える源龍と視線をかわせば、両者の間に火花が散るようであった。
一見して玄人の戦士であることを察した。ちなみに瞬志も高貴の家の出であり、教養として辰の言葉を学んでいるから、源龍が何を言っているのかわかる。
(下品な言葉遣いだ)
そう軽蔑しながらも、この男は、戦いを無上の喜びとして生きているようだ。らんらんと輝く目がそれを物語っている。




