嵐将携帯
「将軍のあなたのお兄さんに私の素性を打ち明けて、許してもらうよう話してみるわ」
もちろん話だけで信じてもらえると思ってはいない。公主としての証が必要だ。
「そもそもこの船。この船は宮殿の飾りとは言え、ちゃんと辰の船として造っているのよ。それに……」
懐に手を入れて、袋包みを取り出し。口を開けて、中のものを取り出せば。それは整った長方形に削り出された銀の璽。
璽には、「辰国公主」と刻まれており。公主としての公務においてこの璽をを押すことで、公主公式の書類であり命令あることを証明するものだった。
「ほんとは置いていこうと思っていたんだけどね」
ぺろっといたずらっ子のように舌を出して言う。
兄をはじめいろいろあって逃避願望を抱えていた彼女は、公主の身分を捨てたいとまで考えていた。だから、公主の証である璽もいらないと思っていたが。公孫真はお守り役を果たした。
曰く、それは心まで捨てることになりかねぬ、と。
捨てたい気持ちもわかる。しかし、あれもこれもすべて捨てることで、自分の心まで捨ててしまう捨て癖がついてしまえば、行き詰まり、路頭に迷ってしまうと。
「言われた通り持っててよかった」
美しい長方形の面はなめらかに、陽光に輝き。その精巧なつくりの璽に、一同感心する。
「でも、国に帰らされるんじゃないのかい?」
羅彩女が心配するが、それも覚悟の上だと返される。
源龍も彼女のことを世間知らずのお姫さまとどこかで侮っていたが、見直した。
麗はその様子を見て、改めてどうしてと驚かされるとともに、貴志に、
「下手に嘘をついたりせず、なにもかも洗いざらい瞬志オッパに話してみましょう。きっとわかってくださるわ」
と言う。
顔を青ざめさせて戸惑っていた貴志も、観念して頷いて。
亀甲船が来るのを待った。
一見武骨な亀甲船だが、その丸みを帯びた造形はよくよく見れば技巧を凝らし、壮麗さすら感じさせる。
同時に、軍船としての強さ、迫力も。さらに翼虎の旗が引き締める。
(兄さんは翼虎伝説の光善女王を国母と慕っているからな)
そんな兄だから、世子にも疎まれ……。
その兄、南岸警備の水軍の将軍、李瞬志をはじめとする亀甲船の乗員は鉄甲の鎧に身を包み、臨戦態勢をとっていた。
さすがの亀甲船も嵐の中、航海はできず。港に停泊し、乗員は陸地で待機していたが。夜明けとともに嵐も過ぎて、警備の航海に出た次第。
亀甲船が近づくにつれ、麗の顔は赤みが増し。その秀麗な顔つきを思い起こす。
文武両道に優れた美丈夫。皆の憧れの的だった。




