嵐将携帯
嵐は夜のうちに通り過ぎた。
海は落ち着きを取り戻して波も落ち着き、船の揺れもだいぶおさまった。
船室内で雑魚寝していた面々も揺れがおさまったのを知って、まず源龍が起き上がって外に出て。貴志もそれに続いて。
「……むッ!」
船縁で並んで凪の海を眺めて。こみ上げるものを禁じえず、盛大にやらかして海にぶちまけてしまった。
「うええ、気持悪い」
「水、水……」
水瓶のあるところに行けば。水瓶は壁に括り付けられていた。中は雨水がたっぷりたまっている。
「……あ。たしか外したはずだ」
「香澄か。帆を切ったついでにやったんだな」
「そうか。阿澄さまさまだなあ」
ふたりは香澄にいたく感謝をしながら手で水をすくい口をゆすぎ。喉も潤して。生の実感、水の美味さ、ありがたさをしみじみと感じた。
同時に、嵐の中でも沈まなかった船にも感謝した。
「嵐将携帯(嵐に運ばれた)」
源龍はぽそっとつぶやき、
「さあ、これからどうすっかな……」
帆のない柱を見上げた。
「ああー、太陽の光が眩しいー」
「もうだめかと思ったけど、助かってよかったねー」
そう話しながら外に出てきたのは子どもとリオンだった。そのあとに他の面々も続く。
で、それぞれ顔を見合わせて苦笑し、それぞれ距離を取って船縁にゆき、船縁越しにぶちまけた。
源龍と貴志はわかるわかると頷き、水瓶の水で口を漱ぐように言って。皆そうした。
香澄ひとりだけ平気そうだった。
不思議に思うが、香澄の功績大なりで、いぶかしむのもはばかられたので。何も問わないことにした。
海は凪、船の揺れは乳母車のようなゆるやかさになった。
周囲を見渡せば、船の左舷から陸地が見える。だが、ここはどこで船の先はどの方角を向いているのか。
公孫真と劉開華が目に手をかざしながら、太陽の位置を測る。まだそんなに高い位置になく、顔も挙げる必要なく太陽を眺められる。
「そうか、太陽は東から昇りますからね」
貴志ははっと気付いて笑顔で頷く。
「私たちは、朝星半島の南側にいるわ」
朝星半島は昇る太陽を指さすように、東に延びている。左手に陸地を眺め、船の先は昇る太陽を向いている。ということは、船は東に向き。位置は半島の南側、ということになる。
「南岸か……」
「貴志オッパ、南岸といえば」
貴志の顔が青ざめ。麗がそれを心配する。
「南岸にまつわる身内でもいるのかい?」
羅彩女は何か察して言えば、貴志は力なくうなずく。
「南岸の警備をする水軍の将軍は、兄なんだ」




