嵐将携帯
単純に人身御供であるという発想だった。それも現実逃避のために。
「朝星半島の人たちにとって天頭山は象徴の山でもあり、なぜでしょう」
「ぶつぶつうるせーなー」
「おや、起こしてしまいましたか」
寝ていた源龍はぶつぶつ文句を言って、睡眠妨害に抗議する。その一方で、子どもたちはすやすや寝ている。
「ったく、たいしたもんだぜ」
「良い大人になりそうですな」
源龍は苦笑するが、子どもの寝顔を見て貴志と公孫真は微笑む。公孫真はかつて結婚し妻がいたが、病により先立たれてしまった。子どももいない。再婚もしないので、独り身のままだった。
(彼女が死ななかったら、私はどんな父親になっていたのだろうか)
ふとふと、そんなことを考える時もあった。
「ん?」
屋根を叩く音。雨だ。雨が降ってきて、屋根が音を立てる。
「水瓶を!」
男たちは立ち上がって、水瓶の水を補充しようとする。水瓶は船室の外、倒れないように壁に縄で括り付けられている。異物混入を防ぐために蓋もされている。その縄を解き、蓋を外すのだ。
「こりゃ土砂降りだ!」
滝のような雨であった。あっという間にずぶ濡れになりながらも縄を解き、蓋を外し、すぐに船室に入った。
水瓶は三つ、大人の男の胸まで届くような大きなもので、それに水を湛えていたが。それも辰の宮殿を出てから少なくなっていた。なるだけ我慢して飲まないようにしていたが、それでもである。
「これでしばらくしのげますかな」
船室に戻って、服を脱ぎ身体をぬぐい、新しい服に着替える。言うまでもなく辰の服である。
「リオンに言われて生活用品一式を載せていて正解でしたな」
最初完全に疑っていたが、今はリオンを認め感謝せざるを得ない。
「とは言え、いつまでここにいなきゃいけねえんだ?」
「うーむ、そうですな……」
「まあ、世界樹のお導きがあるんじゃないかな?」
人知を超えた世界樹のお導きは、自分たちに何をもたらすのか。予想もつかない。とかなんとか語り合っていると。
「ん、船が?」
「揺れてんのか?」
「雨で天湖が増水して、ですかな?」
にわかに船がゆらゆらと揺れ出す。普段は静かな湖面の天湖だったが、大雨が降って湖面が叩きつけられたことにより、浮かぶ船を揺らしているのだろうか。
「きゃあああ!」
けたたましい女の悲鳴が壁ごしに響く。麗の声だった。
「こ、怖い!」
一番年上で頼りになりそうな羅彩女に抱き着き、ぶるぶる震えていた。
「大丈夫だよ、雨で船が揺れているだけさ」
羅彩女は苦笑しながら抱き着かれているが、無理に押しのけようとはしなかった。劉開華と香澄は顔を見合わせて、微笑み合った。




