嵐将携帯
光善女王はため息をつき。
「わかりました」
観念して受け入れた。
「女王様! どうかお考え直しを」
侍女や衛兵は引き留めようとしたが、女王の決意かたく、己の無力さに涙した。
臣下らはすでに尼僧を連れてきていたが、そのやけににやけた顔から、悪徳の破戒尼僧であることはすぐにわかった。
光善女王は自室にもどり、尼僧の手により長く美しい髪をおろし。僧衣に着替え。
「あとのことを。王様のことを、よろしくお願いいたします」
合掌し、礼拝するように侍女や衛兵に後を託して。出家した女王は臣下や尼僧にともなわれて宮殿から出ていった。
そして武徳王がそれを知ったのは、だいぶあとのことだった。
主なき大奥で侍女や衛兵はひたすらに涙し、武徳王に詫びるしかなかった。中には責任を感じたり衝撃のあまり自殺をした侍女もいたほどだった。
「なんと!」
武徳王の驚きは大きかった。そこまでするのかと。しかし。
「いつか、女王をこの手に取り戻すのだ。辛抱するのだ」
と、自分に言い聞かせた。
牛車に乗せられて、出家した光善女王は郊外の寺に引き取られ。
が、後になって、なぜか寺から女王は忽然と姿を消したことが伝えられた。
女王は出家し、その身分を捨て、一尼僧にすぎず。その扱いはひどく、仏の教えも教えてもらえず。小僧と一緒にいじめられていたという。
「天はどれだけ我らを虐げれば気が済むのか!」
武徳王の嘆きは、それはそれは大きかった。
いつか女王を取り戻すことを心の拠り所としていただけに。
天への怨みを叫んだあと、ぷっつりと糸が切れたようにその場に倒れこんでしまった。
ついにその心労が身体を圧迫してしまったのだった。
世子や他の王子、王女もこれを憂うも、どうしようもなく。自室に引き篭もり、滅びの時を待つしかなかった。自決用の刃を携えて。
「もはやこれまで、潔く玉砕をしようぞ!」
「いいや、恥を忍んででも和睦をするのだ!」
空いた王座にそっぽを向いて、臣下たちは相も変らず終わりのない言い合いばかり。
情報の収集につとめていた巍軍の将軍は、そのような白羅の惨状を知り。
「ゆくぞ」
と漢星に向け進軍を開始した。
武徳王はもはや王としての威厳なく、一病人として伏すしかない有様。
そのとき、夢を見た。
「ここは」
雲海を貫く山の上。眼前に広がる湖。そこが、なぜか天頭山の天湖であると確信した。
天湖のほとりで、尼僧がひとり。顔も手も足も傷だらけのひどい有様だったが。その目だけはくっきりと見開かれ、光り輝いていた。
「あれは――」
愕然とした、光善女王である。




