天湖着水
「そういえば、今の天君さまが教主になられたのは、最近のことですかな?」
「はい。去年の今頃、先代の天君さまから相承を受けられたと」
「なるほど、教主になって一年ほどか」
公孫真はうなずき、何かを思いついたようだ。
「己の教主としての地位を確固たるものにするため、それまでなかった人身御供をはじめたのでは。自分のもとに、命を惜しまぬ信徒がいるというのは、絶大な呼びかけになる」
「つまりは、下心あってのことだな」
源龍が簡単にまとめると、朱麗はいったん収まった涙をまた流し出した。今度はぽろぽろではない、ぼろぼろと滝のように涙を流し、
「う、う、う、うわあー」
と号泣した。
「源龍、ずばりと言いすぎよ」
「そうかな?」
羅彩女がたしなめるが、源龍の反応は鈍い。
そばの香澄と劉開華が肩に手を添えてなだめるが。いっこうに泣き止む気配はない。
心根のよくない世子に目をつけられ、家も濡れ衣を着せられ、いたたまれずに逃げ出した先の宗教ではそそのかされて人身御供に。
踏んだり蹴ったり、泣き面に蜂、という心境であった。
「ここは、女性たちに任せ、我ら男どもは離れた方がいいでしょうな」
公孫真にうながされて、源龍と貴志に子どもたちは船室から出て、別室に移った。
それぞれ思い思いに壁も背をもたれ掛けさせて座る。源龍は足を投げ出し腕を組んで、ちっ、と舌打ちする。
「暁星も辰に負けず劣らずの腐敗があるようだな」
「そうだね。話には聞いていたけど」
貴志は部屋の隅で座禅を組むように、胡坐をかいて座っているが背筋はのばし、瞳を閉じて物思いにふける。
しかし、麗が逃げたことで朱家も危ないのではないか。そうなってもよいと思うほどに、彼女は捨て鉢になっていたということか。
子どもふたりは適当にごろんと寝転がり、やがて寝息を立てた。
「……翼虎は」
公孫真はなにかもやもやするものを覚える。天頭山は翼虎伝説がある、となれば天頭山教は翼虎も崇めているはずだが。その話は聞けなかった。
(うーん)
貴志も無言ながら、朱麗が翼虎の話をしなかったのが気になる。教義には翼虎のことはないのだろうか。
源龍と言えば、頭を垂れて、子ども同様にいつのまにか寝息を立てていた。
「すいません、僕も天頭山教の教義に疎くて」
「あなたにも知らぬものがあるのですな」
皮肉でない笑顔を向け公孫真は頷く。
天頭山はそこそこでも信徒はいるが、大勢力というわけでもなく。貴志も留学のための旅で信徒が旅団の案内を託され、その役目はちゃんと果たしたのを見たが。それ以上に意識をすることはなく、やがて記憶の片隅からも消えていた。




