天湖着水
「僕たちは、神さまじゃない。わけあって、成り行きで、ここにいるんだ。それより早く着替えなさい!」
貴志は暁星の言葉で話をし。若い娘は一気に力が抜けたような腑抜けた顔になって。香澄と劉開華、羅彩女に導かれて船室に入っていった。
しばらくして、劉開華たちに伴われて若い娘が出てきた。
香澄と同じ辰の女性用の服を着て、濡れそぼり乱れた髪も水気を落として整えられて、首の後ろで紐でまとめられていた。香澄も同じように水気を取って、着替えている。
とは言え、外は冷える。せっかく出てきたのだが。
「中に入りましょう」
と公孫真に促されて、皆船室に入って行った。
船室の中で円座になり、若い娘は劉開華と香澄に挟まれて座る。羅彩女は源龍の横。
(それにしても)
貴志はもちろん源龍、羅彩女に劉開華と公孫真は娘の顔立ちを見て。身分卑しからぬものを感じ。もしかしたら、良家のお嬢様ではと。
娘は緊張の面持ちで下を向いていた。
(俗世から離れて、神さまの世界に行けると思っていたのに。どうして人が)
そんなことを考える。
「君の名は?」
「……」
貴志に暁星の言葉で名を問われても、娘は応えない。
が、娘の顔を見て、ふっと何かを閃いて、貴志は青ざめた顔をしていた
「君は、まさか、漢星の五大家のひとつ、朱家の……」
漢星の五大家とは、暁星王家に仕える重臣の中で代表的な五つの家柄のことで。貴志の李家もそのひとつである。
五大家は国祖が暁星を建国する際に功績の大きかった五人の重臣の家柄として、国中から畏れと慕いを受けていた。
「私をご存知で?」
「はい。僕は李家の李貴志です。すいません、今思い出しました」
「……まあ。オッパ、貴志オッパ(貴志お兄さん)ではありませんか!」
貴志の顔をまじまじと見やって、みるみるうちにその表情は変わり、娘も驚きを隠せない。
「おいおい。何を話しているのか、オレたちにもわかるように」
「大丈夫です。辰の言葉もわかります」
娘は辰の言葉で源龍に言う。しかし、その目つきは険しい。
だが良家も良家の朱家に生まれ、辰の言葉を習得していると貴志は語る。
「皆様方にわかるよう、辰の言葉で話をしたらよいでしょうか?」
「うん、まあ、そうした方がいいと思います……」
と、貴志と娘は辰の言葉で話し、まわりをぽかんとさせる。
(私は外国の言葉を覚えていないわ……)
自己紹介の機会をうかがいながら、劉開華はそんなことを考えた。周辺諸国の宗主国の公主として、外国語を習得させてもらえなかった。辰の皇族にとって外国語は通訳や翻訳を通して知ればよい言葉であった。




