天湖着水
すると、香澄は何を思ったか。帯から七星剣を外して、足元に置いて。船べりを飛び越えて天湖に飛び込んだではないか。服もそのままに。
「何考えてやがる!」
源龍も驚きを禁じ得なかったが、香澄は平然と上手く泳いで。それなりの速度ですぐに娘のもとまで来て、手を回し、その状態でまた上手く泳いだ。
劉開華は縄を持ってきて、先端を球状にして力の限り投げれば。うまくふたりのもとまで飛び。香澄は縄を掴んだ。
「それ、引っ張れ!」
源龍と貴志、公孫真は縄を懸命に引っ張り。香澄と若い娘を船の上まで引き上げた。
香澄も若い娘もずぶ濡れで、しずくがぽたぽた落ちて船の床を跳ねて。水が浸み広がる模様を描いた。
若い娘は両手をついてぜえぜえ言っていたが。すぐに気を取り直して。
「神さま!」
と膝立ちで合掌礼拝する。
「私たちはは神さまじゃないわ」
そばの香澄は立ち上がって肩に手を置き。暁星の言葉で、落ち着いて、ゆっくり息をして、となだめる。
貴志は香澄が暁星の言葉を喋れるのが、やはり不思議だった。江湖の少女剣客というだけでない、なにか得体のしれない雰囲気を感じる。源龍は考えるのを放棄してしまっているが、貴志にはそれはできなかった。
「無茶なことを……」
さすがに子どももリオンも若い娘の所業に驚きを禁じ得なかった。天湖はよく透き通り、一見きれいな水だが。火山の毒も含まれて、飲むのに適さないというのに。それでも泳いでいる最中に、いくらか飲んでしまったかもしれない。
子どもらは出しゃばらず、黙って大人に任せて成り行きを見守ることにした。
一行はぽかんとし、言葉も咄嗟に出なかったが。香澄は、
「大丈夫?」
と気にかけて、声をかける。が、若い娘はきょとんとした顔を見せた。
香澄と同年代だろうか。まだあどけなさが残り、どんなに年を上に見ようとしても、はたち前後のように見える。人身御供に選ばれるだけあって、容姿も端麗だが。特にくっきりとした目元が印象的だった。
男たちと子どもは目をそらす。
若い娘は薄着で白い肌が透けて見える。羅彩女はすぐにふたりに布をかけた。
「寒いでしょう。まず船室に入って。替えの服があるわ」
劉開華が声をかけ、ふたりを立たせるが。若い娘はやはりきょとんとしている。
「……言葉がわからないの?」
それを聞いて、貴志はハッとして。劉開華の言ったことを暁星の言葉に訳して語った。
「あ、あなた方は、神さまではないのですか?」
やっぱり、貴志は彼女の言葉を聞いて苦笑した。天湖に船が浮かんでいるのを見て、それを神の降臨と思ったのだろう。人身御供として来た彼女は、その神のもとにゆくために、危険な天湖を泳いだのだ。




