天湖着水
とりあえず、風向きは変わり、臭いもやみ、灰も降りやんだ。しかし、ずっとここにいたら、いずれは……。
船は天湖の真ん中にあり、なぜか流れることなく定位置で浮かぶのみ。
「世界樹はなにをさせたいの?」
香澄はぽつりとつぶやく。この生い立ちも知れない、感情表現の薄い、謎の多い少女でも、世界樹は不思議に思うようだ。
「天頭山には朝星半島の民族発祥の伝説と、翼虎の伝説もあるんだけど。ここで翼虎に出会うってことなのかな?」
貴志は周囲を見渡す。
自分たちは火口の内側の湖にいる。水は一杯上までたまっているので、船上から山々を眺めることはできた。
空は白い雲が青い空をゆったり泳ぐ。
天頭山周辺は高い木は生えておらず、草が多く地を覆い草原地帯を形成していた。これらの景色を見れば、多くの人々が称えるように美しい自然風景を満喫できるのだが。
閉じ込められて逃げること能わずとなれば、それは美しい景色の自然の牢獄であった。
東の火口から上がる噴煙は、風によって東の方角へと流れていた。が、また風向きが変わって、ここまで運ばれてきて。ずっとそれが続けば、いずれ喉や肺を患い、さらに命の危険にも及ぶこと、想像に難くなかった。
「どうすんだよ、これ」
源龍は子どもとリオンを睨み付ける。羅彩女も睨む。貴志もふたりほどではないが、戸惑いは禁じ得ない。
「さ、さあ。すべては、世界樹のお導き」
と子どもらは笑いながら言って誤魔化すが。
「また、死ぬのはごめんだ」
と、源龍と貴志、羅彩女はぼやかざるを得なかった。
「ここで恐慌をきたせば、さらに己心の迷宮に迷うだけ。ひとまず落ち着きましょう」
うながされて一行は円座になってすわり。劉開華は気を利かせて船室にゆき、香澄も続き。
劉開華は饅頭を、香澄は盆にのせた茶碗を持ってきた。
「姫さま(公主)にこんなことをさせて、かたじけない」
「いいのいいの」
劉開華は饅頭を配り、香澄は円座の真ん中に盆を置いた。茶碗の中は、茶でなく水だった。
「水瓶の水も限りがあるから、大事に飲んでね。……湖の水は、飲めないんでしょう?」
貴志に訊ねてみれば、そうだと頷かれる。
「火山の湖には、火山の毒も含まれているからね。だから魚もいないんだ」
臭いも火山の毒によるものだという。
それを聞いて、皆の顔がこわばる。その一方で、貴志の博識に感心する。
「学問ってなあ、すげえなあ」
源龍は素直に感心し、貴志ははにかんだ。
そこから緊張がほぐれて、とりあえずでも落ち着こうと、周囲の景色を眺めながら饅頭をくわえながら一服した。




