我画願望
「あッ!」
リオンとコヒョとマリーが同時に声を上げた。三人顔を寄せ合い青銅鏡を見入ってから、見て見てと、一同に鏡面を向けた。
何が映っているのかと目を向ければ、稽古に励む劉開華と公孫真、政に勤しむ雄王の姿が交互に映し出される。
「もう大丈夫だね」
と言えば、他の面々は素早く集まり、目を凝らし鏡面を見やる。
さきほど映った、劉開華が武術の師である公孫真と手合わせをしているところから、雄王が王の璽を押すところに鏡面は変った。さらに、辰の都・大京や暁星の都・漢星の賑やかな光景が映し出された。
なるほど謀反は収まり世に平穏が訪れた、ということか。
「……でも」
何か引っ掛かる貴志。
「まるで鄭拓がいなかったような」
「ねえねえ、あのいけすかない世子も、変態皇太子もいないみたいじゃない?」
なかなかにひどいことをさらりと交えながら羅彩女も、何かに気付いて言えば。龍玉も同意と頷く。
リオンとコヒョは鏡面を見ながら、ふと、察することがあったようで、
「うーん、これは」
「変えられちゃったのかな、あんまりにもやりすぎちゃったから」
などと言う。
貴志は不審そうに、
「変えられたって?」
と問えば。
「その、悪い事をした鄭拓とかが、いないことにされた世界に変えられちゃったんだね」
「そんなことが……」
リオンの答えに貴志は思わず絶句したが、コヒョは頷く。
「まあでも、仕方がないね。こうでもしなきゃいけないくらい、やばかったってことなんだろうし」
聖智は内心ため息をつく思いで、コヒョの意見に同意した。
「世界樹はそんなことまで出来るのかよ」
源龍は苦笑しながら視線を世界樹に移した。
「まったく恐ろしいもんだぜ」
「でも、源龍さんや貴志さんをはじめ、みんなが戦ってくれたから、出来たことですよ。そうでなければ……」
マリーのその言葉に、源龍と貴志らは安堵と納得をしつつも、苦笑を禁じ得ない。
世界樹はそよ風を受けながら、心地よさそうに佇んでいるのみ。
「ともあれ……」
龍玉は耳と九つの尾を世界樹の枝葉と同じようにそよ風と遊ばせつつ、
「平和になった、ってこと?」
と言えば、香澄は笑顔で頷く。
「……やっと、終わった。と、思っていいのね」
虎碧は安堵のあまりへたりこんでしまい、あらあらと龍玉は優しく肩に触れ、母親のマリーが苦笑しながら寄り添う。
その雰囲気の変わりように心が着いていけないのも無理はない。さきほどまで死闘を繰り広げていたのだから。
「……。そうだね、馬鹿正直に突っ立つこともないんだよね」
羅彩女はどっかと腰を下ろして、仰向けに、大の字に手足を伸ばし。草原に背を預けた。
それから源龍も、ふうやれやれと言いつつ腰を下ろして、貴志も、聖智も、龍玉は虎碧のそばで、マリーも娘のそばで、香澄とリオン、コヒョも腰を下ろして、ひと息ついて、安堵した。
その様子を世界樹が優しく見守る。
鳳凰と鵰は静かに佇み。そよ風に撫でられるに任せている。と思えば、途端に翼を広げ、空へと飛翔するではないか。
何事かと見上げれば、空には翼のある白虎、翼虎が空を悠々と泳いでいるではないか。
鳳凰と鵰はその翼虎と交わり、友に遊ぶように空を泳いでいた。
源龍はその聖獣の空で遊ぶさまを見上げながら言う。
「なあ、世界樹ってなあ、結局なんなんだ?」
「世界樹は、魂の止まり木。所詮魂は渡り鳥のように、ひとつのところに留まれないもの。合間の休みに止まって休む止まり木」
「魂の止まり木か……」
まあ確かに自分はひとっところにいられない人生ではあったが、香澄の答えが難しそうなので考えるのをやめた。
ふと、貴志は筆の天下を手にし、
「安」
と書けば、宙に安の字が浮かんだ。
「書けた」
と、書けたことに驚きつつ、貴志は安の字を見つめ。他の面々も思い思いに安の字を見つめる。
それは虹色に光ったと思えば、蝶のようにそよ風とたわむれるようにして、流されてゆく。
その様子を香澄は見つめて、
「我画願望」(ウォファユェンワン)
と、微笑んでつぶやいた。
第一部 完
あとがき
「幻想小説 流幻夢」をお読みいただき、まことにありがとうございます。
この物語は、ここで一旦お休みにさせてもらいたいと思います。
続編の第二部は、それから、少なくとも今年の大晦日までに始めたいと思います。
そんなに続けるのかよ! というツッコミが聞こえてきそうですが。これは割り切って、作者の赤城康彦が空想で遊ぶのが目的で書いている物語です。
辻褄もへったくれもなく、空想最優先なので、文学作品とはとても呼べる代物ではありません。
よく書けたと、自分でも思います。
そんな作品が思ったよりお読みいただけたのは、嬉しい以上に、とても驚いていますし、恐縮する思いです。
改めて、当作品をお読みいただき、またご評価もいただき、ありがとうございます。
世の中心を痛めることが多いですが。この作品が少しでも慰めになれば幸いです。




